二十 王城 誓いの間
旅立ちの前日、荷造りを終えて王族へのご挨拶に伺う。正直全員の時間が合うとは思っていなかったので陛下のご都合のみ伺って予定を立てた。のだが。王子も全員来た。陛下は気まずそうにしている。
私と父上は扉の横で控えてお迎えをし、室内に全員が入り使用人が扉を閉めたところで扉を背にして立つ。そのまま陛下や殿下たちがそれぞれソファーに座るのを待った。
まず陛下が二人がけのソファーに座ると、サペンタリ様はその隣の一人掛けソファーに座った。身じろぎひとつ瞬きひとつせずに私を見てくる。圧がすごい。ガルレス殿下はそんなサペンタリ様の様子を見て困った顔をしながらワーブル様をちらりと見る。ワーブル様は俯き加減のまま陛下の隣に行ってちょこんと座った。ガルレス殿下は心配そうにワーブル様を見送ってから、サペンタリ様とは反対隣の一人掛けソファーに所在なさげに座る。私と父上はその御前に並び立ち、父上は頭を下げ、私はカーテシーをする。
「御多忙の中、貴重なお時間を賜り誠にありがたく存じます。先般拝謁の折に申し上げました通り、娘はこの度、修行の旅へ出立いたします」
「ただ今父が申し上げました通り、私はこれより旅立ちの途につきます。国王陛下におかれましては、長きにわたり並々ならぬご厚情を賜りましたこと、心より御礼申し上げます。また王子殿下におかれましても、ご厚遇を賜りましたこと、重ねて御礼申し上げます。陛下並びに殿下のため、そして国のため、必ずや力に磨きをかけ、この地へ帰り参る所存にございます。その日まで、しばしの御暇を頂戴したく存じます」
王族方と私たち親子しかいないが一応は公式の場なので、いつもより多少固めの言葉選びである。頑張って練習してきたのが陛下にも通じたのか、陛下はちょっとだけ微笑ましそうに「分かった」と言った。
「旅路の途上、困難に見舞われることもあろう。しかしあなたならば乗り越えられよう。後ほど王家の紋章を授ける。いざという時はそれを兵に示し、助けを得るがいい」
「恐悦至極に存じます」
陛下はそこから少しの間黙った。その間も私はずっとカーテシーを続けている。ちょっと辛くなってきた。足が震えそうである。若干冷や汗をかき始めたあたりで、陛下はようやく口を開いた。
「その、婚約の件についてだが……一度白紙とする。今は余計な憂いを抱かず、己が力を鍛え、心を磨くことに専念せよ。あなたの行く末、王として、そして一人の者として、心より見守ろう」
「勿体なきお言葉。ありがとう存じます。陛下」
「よい。面を上げよ」
「はい。失礼いたします」
私と父上はようやく顔を上げられる。カーテシーから解放された私は晴れ晴れとした気持ちで陛下を見た。陛下は気まずそうな顔をしていた。
「えー、では、出立の報告はここまで」
陛下が言うと使用人さんたちが入ってきて私と父上の後ろに二人掛けのソファーを用意する。
「鳥使い。シトリン嬢。ここからは全く別の話だ。腰を据えて話そう」
「はい。陛下」
私と父上は言われるままソファーに座る。陛下と殿下たちと向き合って座ると、主にサペンタリ様の視線が突き刺さってきた。うちに招くという約束を果たしていないことについて、言いたいことがあるのかもしれない。あるいは告白した自分に対して個別の挨拶もなく勝手に旅立ちを決めたことについて言いたいことがあるのかもしれない。申し訳ないが、美人の真顔は迫力があるなと他人事のように思うことでなんとかしのぐ。……しのげてるかなぁ。
使用人さんたちが退室すると、陛下は再び気まずそうな顔に戻った。
「婚約についてだが、白紙にした後をどうするかという話が出ていてだな。元は鳥使いへの褒美であったがゆえな」
「私は娘をガルレス殿下にお救いいただきました。王子殿下御自らお救いくださったのです。何よりの褒美。いえ、恩義を覚えるほどに存じます。このご恩は親子共々終生王国にお仕えすることでお返しいたす所存にございます」
「私共の命は王国と共にございます」
国と父上との繋がりを強めることはすでにできている。命の恩人を裏切るようなことはしない。婚約の必要はなくなった。結果として鳥使いを引き入れるために王子を一人も使わずに済んだのだから、陛下としては万々歳なはずなのだが。そのお顔は曇ったままで晴れる兆しは一切ない。
「鳥使い、お前がそれでよいのであれば我が息子がお前の娘を救ったことを褒美としよう。しかしな、シトリン嬢。あなたはどうだ? 婚約せずによいと、そのように考えているのか」
「はい。陛下。今はただ、務めを果たせるだけの力を付けることに没頭する必要があるとそのように思います」
「そうか。……お前たち」
陛下は王子たちを見渡す。そこでサペンタリ様とワーブル様はようやく陛下を見た。ガルレス殿下は固い表情で陛下を見ている。
「聞いた通りだ。シトリン嬢の心は決まっている。話していた通り婚約の任は解く」
「はい。父上……」
ワーブル様がしょぼくれながら返事をした。サペンタリ様は少し考えてから口を開く。
「では父上。私は個人的にシトリン嬢へ結婚を申し込みます。どうかお認めください」
「兄上。シトリンは修行に集中したいのですよ。婚約者を放っておくことになるからと気を遣ってくれてもいるのですよ。それを無碍にするのはいかがなものでしょうか」
すかさずワーブル様が口を出す。私はというと驚いてしまって何も言えなかったので、ワーブル様の代弁がありがたい。しかしサペンタリ様は首を横に振った。
「私はシトリンを愛している。たとえ放っておかれたとしても、私の元へ帰ってきてくれるなら構わない。私と結ばれてくれるならいくらでも待とう」
「シトリンのプレッシャーになってしまうとはお気付きになりませんか? 彼女の優しさをご存知でしょう」
「ああ、知っている。優しいとも。しかし私の想いを知っていてなお私から遠ざかる残酷な面を持つことも知っている」
ああ。やっぱり何も言わなかったこと怒ってる。私は陛下と一緒に気まずい顔をしながら、できる限り気配を消そうと努めた。
「だからこそ私は婚約を申し込み、彼女の指に指輪をはめたいのだ。指輪を見る度に自分を待つのは誰かを思い出させたい。そうでもしなければ、シトリンはまたどこかへ行ってしまう。愛する人が遠ざかる苦しみを味わいたくはない」
ワーブル様は難しい顔をしながらも小さく頷いた。思い当たる節があるのか何も言わない。サペンタリ様に共感してしまったのだろう。
「兄上は、シトリンちゃんを手元に置くことしか考えてないよ」
嫌な沈黙が満ちかけたところで唐突にガルレス殿下が口を開いた。固い表情でサペンタリ様を真っ直ぐに見つめている。サペンタリ様も真剣な面持ちで見つめ返した。
「愛する人と共にいたい。ただそれだけだ。私の想いを忘れられないように、目に見える形で彼女の傍に残しておきたい。優しく残酷なシトリンと結ばれるにはこうする他ないのだ」
「俺は兄上の不安を否定しないよ。でもシトリンちゃんの立場も考えなきゃ。王族に逆らえないシトリンちゃんは兄上のプロポーズを受け入れるしかないでしょ?」
サペンタリ様は沈痛な面持ちで頷いた。
「……分かっている。それでも私はシトリンと結ばれたい。こんな風に人を愛したのは初めてなんだ」
「結婚の申し込みはやめないんだね」
「やめない」
ガルレス殿下は少し考え、どんどん顔を真っ赤にさせていった。殿下はしばらくそうしていたがようやく決心がついたのか、気まずさの極みに至っている陛下を見る。
「父上、あの……お、俺も、俺もシトリンちゃんに結婚申し込みます」
「えっ」
思わず声が出た。ガルレス殿下は私を見て苦笑し、再び陛下を見る。
「ガルレス。お前はたった今、シトリン嬢の立場を考えるよう申したばかりであろうが」
陛下はさすがに目を丸くしている。ガルレス殿下は咳ばらいを一つしてごくりと喉を鳴らしてから口を開いた。
「お、俺も、シトリンちゃんが、す、う、すっ、すき、好きだから……!」
ガルレス殿下が一生懸命に絞り出した言葉に、当人である私が反応する前に、ずっと黙っていたワーブル様が噛みついた。
「好き? ガルレスお兄様。シトリンのどこを好きになったと仰るのですか? 初めて庭で会った時から口説いていらっしゃいましたよね? 本心から好きなのですか?」
ワーブル様の頬には赤みがさしている。いつかのように苛立ちで熱を出していなければいいが。父上も心配になったのかアイコンタクトをとってきた。結果とりあえず今は見守ることになり、いつでも動けるような心づもりだけはしておく。
「兄上は女性と親しくなることが身近であるがゆえに、軽い気持ちで好きと口にしているのではありませんか? シトリンは軽い気持ちで好意を伝えていい女性ではありません」
軽い気持ちは言い過ぎだ。しかしワーブル様はそう言い張ってやめない。完全に蚊帳の外に置いていかれた私は傍らに座る父上をそっと見た。困ったように殿下たちのやりとりを眺めている。時折陛下とアイコンタクトをとっては小さくため息をついていた。
「シトリンちゃんは俺の駄目な所受け入れてくれたから、俺のこと分かってくれたから、傍が心地よくて、惹かれて、俺がシトリンちゃんの支えになれたらいいなって、ずっと思ってた。重荷になるから諦めるつもりだったけど、兄上がどうしてもプロポーズするなら俺我慢できない。シトリンちゃんの選択肢として手を上げたい。これは軽い気持じゃないよ。本気だよ」
ガルレス殿下は泣きそうになりながら一生懸命に言った。私は少しびっくりしながら聞いていた。そんな風に思ってくれていたなんて。本当に気にしていないというだけで大層なことをしたつもりはないのだが。
「……そうやって二人して憐れっぽくして、シトリンの優しさに漬け込んで気を引いて、なんなんですか?」
あまりに刺々しい物言いにぎょっとして私はワーブル様を見る。その頬はより一層赤みを増している。心配する私をよそにワーブル様はまずサペンタリ様を睨んだ。
「愛しているという言葉を盾にして強引にシトリンに迫って、挙句の果てにはシトリンの気持ちなど考えずにプロポーズをするなどとのたまって。恥を知りなさい」
サペンタリ様が言い返す間も与えず、ワーブル様はガルレス殿下を睨む。
「情けなくしていればシトリンは放っておけませんからね。弱くても情けなくても駄々をこねても思いやってくれるような人なのです。そこに漬け込むなんて計算高いといったらありません」
「つ、漬け込む気なんてない。俺は本当に、心からシトリンちゃんが好きだよ。大好きだよ。ちゃ、ちゃんと、告白したくて、言ってるだけ」
ガルレス殿下は真っ赤になって私をちらちら気にしながらワーブル様に言い返す。それがまた気に入らなかったのかワーブル様の頬に赤みがさす。頬どころか顔全体が赤い。それをはらはらしながら見ていると父上に肘で突かれた。見れば目線で陛下を見るよう促される。私は言われるまま陛下を見た。陛下は気まずそうな顔でちらちらとワーブル様に視線をやっては私を見つめる。隣から父上がほんの小さな声で「頼む」と呟いた。私ですか? とよっぽど言いたくなったが、陛下がお困りなのだ。やるしかない。
「いいえ、漬け込んでいます。シトリンは優しさと思いやりを持ち、自らを犠牲にして相手を大切にする人なのです。サペンタリお兄様は自らの大きな愛情を、ガルレスお兄様はシトリンに対して必死になる自己の姿を、それぞれ人質にしてシトリンに迫っているではありませんか。シトリンに優しくされて甘やかされて、シトリンの温かさを独占したいがために結婚などと仰るのではありませんか?」
「そのようなことはない。私は純粋に、」
「何が純粋ですか‼」
ワーブル様はとうとう爆発した。首まで真っ赤になっている。
「わ、ワーブル様」
父上と国王陛下のために、私は勇気を出してワーブル様に声をかけてみた。当然鋭く睨まれる。
「なんですか? まさか兄上たちを庇うおつもりですか」
「い、いえ。……僭越ながら申し上げます。ワーブル様が私のためにお話しくださっていること、そのお気持ちが大変嬉しくございました。ありがとう存じます。しかしながら、陛下の御前でございます」
さすがにワーブル様は我に返ったようだった。真っ赤な顔を俯かせて両手を固く握り、膝の上に置く。
「失礼いたしました。父上」
「気にするな。お前の訴えも聞くに十分に価した。……さて。ワーブルの主張はこのようなものだが、異論はあるか?」
「ございます。ワーブルからどのように見えていたとしても、例えシトリンに愛されていなくとも、私は純粋に、心からシトリンを愛しています。他の誰よりもシトリンのためを思い、守り、尽くします。この愛情をシトリンに注ぎ続ける権利欲しさに結婚を申し出ました。もし私以外の男性がシトリンの伴侶になったなら、この愛情を注ぐわけにはいかなくなります。耐えられません」
サペンタリ様は冷静に言った。しかし金色の瞳は妙にぎらついている。
「俺もです。父上。シトリンちゃんを支えたいし、笑顔にしたいです。俺は兄上とワーブルみたいにできないけど、シトリンちゃんを大切にすることだけは誰にも負けないです」
ガルレス殿下も一生懸命に言い募る。陛下は「うむ」と頷いた。
「ワーブル。お前がシトリン嬢を心配する気持ちも分かる。しかし兄たちはこのように申しているぞ。そうさな。……修行の旅が終わりシトリン嬢が戻り次第、改めて結婚の意思を確認すればよいのではないか」
ワーブル様は陛下が自分を諭し始めたと分かるや否や、絶望した顔で陛下を見た。陛下は気まずそうに口をつぐむ。
「し、かし、兄上は次期国王になるのですよ。他国の姫君か、辺境のご令嬢か、いずれかの血筋の者と婚礼をするのがしきたりで」
「では私は王にはならない」
動揺しながらもどうにか兄たちを止めようとするワーブル様の言葉を、サペンタリ様は容赦なく返す。ワーブル様は目を見開き、私と父上と陛下の三人はさすがに顔を見合わせアイコンタクトを交わした。本気でしょうか。本気で仰っているだろう。初耳だがな。
「俺もならないかな。もともと俺たち三人の中で一番王に近いのはワーブルだと思ってたし。こんなこと言うのほんと情けないけど、兄ちゃんたちよりお前の方が国のことよく知ってるよ。だからシトリンちゃんと出会ってなくても、俺は辞退するつもりだった」
ガルレス殿下は気まずそうに言った。思わぬ暴露である。話しの流れが変わってきた。私と父上はほぼ同時に陛下を見た。陛下は困り顔で殿下たちのやりとりを聞いている。
「私はもとより表に出られないからな。こうなってしまったからには死ぬまで人目に触れず生きる他道はないと考えている。国も玉座も王家のしきたりも、全てお前が適任だ」
「ぼ、僕……」
ワーブル様は泣きそうになっていた。突然全て任される流れになってしまって重圧に押しつぶされそうになっているのだろう。
「お前はずっと国のために努力をしてきた。それは兄たちも知っている。無論城中でも知られている。国中に広まるのも時間の問題だろう。兄として弟に全て任せるのは不甲斐ないが」
私はサペンタリ様を半ば睨むようにして見た。さっき好き勝手言われたのをやり返すにしては重すぎる。さすがに兄弟のじゃれあいの範囲を超えているのでは? 大人げないのでは? サペンタリ様と目があう。サペンタリ様は嬉し気に微笑んだ。
「シトリンを愛せるのだと思えばその不名誉も甘んじて飲もう」
「も、もちろん俺も兄上もちゃんと相談にのるよ。大丈夫だよ、ワーブル」
ガルレス殿下がフォローする。私もそちらにのる形をとった。サペンタリ様から目を逸らしワーブル様を見る。
「ワーブル様」
「シトリン……」
ワーブル様は今にも泣き出しそうな顔で私を見つめた。傍へ行って手を握り涙を拭ってあげたい気持ちを堪え、微笑みかける。
「今はまだ未熟ですが、私も必ずやお支えいたします。お一人で全てをお任せするなどいたしません。鳥使いとしてワーブル様のお力になることをお誓いいたします」
ワーブル様の目から涙がこぼれた。とめどなく流れ続けている。ワーブル様は何も言わず、ただ目を見開いて私を凝視している。な、なんかまずいこと言った?
「わ、ワーブル様……?」
「ど、どしたの。ワーブル? 大丈夫?」
ガルレス殿下が声をかけるもワーブル様はぼろぼろと涙を流しているだけだ。サペンタリ様もさすがにやりすぎたと思ったのか席を立ち、ワーブル様の前に膝をついて顔を覗き込む。
「ワーブル。すまなかった。兄は勝手なことを言ってしまった。決して一人にはしないと約束する。兄弟三人でやっていこう。シトリンも支えてくれると言っている。大丈夫だ」
「はい。サペンタリ様のおっしゃる通りです。ワーブル様が立派な国王様におなりになるまで、必ずや私も立派な鳥使いになり、ワーブル様のお役に立ちましょう。むろん、これらはずっと先のお話です。今すぐという訳ではございません。どうかご安心を」
陛下と父上がおどおどと見守る中で慰めていると、ワーブル様は唇をぴくりと震わせて口を開いた。
「違います。不安に思っているわけではありません。僕はシトリンが好きなのです」
「え」
思ってもみなかったことに声を漏らす。ワーブル様は王家と鳥使いの家を繋ぐ名誉な役割として婚約者の立場を大切にしていたのではなかったのか。王家の血を絶やさないために働いていたのではないのか。婚約者として正しくあることにこだわっていたのではなかったのか。
「僕はずっとシトリンが好きでした。共に過ごす中でシトリンの優しさを知りました。手紙のやりとりでシトリンの人となりを知りました。気が付けば僕はシトリンに恋をしていました」
ワーブル様は苦し気にぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「自由意志による婚約ではないと分かっていました。好意などないと理解していました。両家のために行動しているシトリンに僕の好意を伝えたところで困らせてしまうだけだと考え、言えませんでした。……それなのに」
ワーブル様はサペンタリ様とガルレス殿下を睨みつけた。
「後から出てきて婚約者に名乗り出て、愛してるだの、罪滅ぼしだの、シトリンに思いを押し付けて、誘惑して、僕とシトリンの間に入り込んで、一緒に過ごす時間も奪って!」
「そ、そんなつもりないんだよ」
ガルレス殿下が宥めようと咄嗟に口を挟むと、ワーブル様はガルレス殿下を凄まじい目で睨みつけた。
「僕の方がシトリンを愛してる‼ 僕の方がシトリンのことを支えられる‼ 僕の方がシトリンと過ごした時間も交わした言葉も多い‼ ずっと、ずっとずっと好きだった‼ シトリンは渡さない‼ 誰にも渡さない‼ シトリンと結婚するのは僕だ‼ 兄上たちに渡してなるものか‼ シトリンは僕の妻になるんだ‼ シトリンは僕の大切な、愛しい、僕のシトリンは、僕が結婚するんだ‼ そのためなら僕だって継承権を蹴る‼ シトリンと結婚して二人きりで二人だけで誰にも邪魔されず生きて死ぬこと以上のことはないんだ‼‼」
首まで真っ赤にして叫び終えたワーブル様は、ぐらりと揺れてソファーの背もたれに体を預けた。
まずいことになった。私は陛下を見る。陛下はさっと目を逸らした。薄々思っていたけれど、陛下はどうも情緒的なことが苦手らしい。この辺りは女王陛下が担当していたのだろうなと思いながら立ち上がる。全員の視線を集めたところで私は口を開いた。
「恐れながら申し上げます。今日のところは、私はお三方のうちのどなたとも婚約いたしません。たとえ小さくとも諍いが起きることは、国の今後に影響してしまうのではと憂慮いたします。争いのない形で終えられるよう、私は1度御三方より距離を置き、対話の邪魔にならずにおります」
ワーブル様の顔が歪み、ガルレス殿下の顔が強張り、サペンタリ様の顔から表情が抜け落ちる。三人からの愛憎を一身に浴びた私は腰が抜け、話し終えた所で尻餅をつきそうになった。
「大丈夫か? シトリン」
父上に支えられそのまま抱えられる。父上は私に優しく笑いかけた。ほっとして目に涙を滲ませ、私は父上の肩に顔を押し付けた。
「お前たち。シトリン嬢に謝罪を」
焦ったような陛下の声に殿下たちが反応する前に、父上が私を抱っこしなおした。
「とんでもございません。このような痴態を御前に晒しましたことを申し訳なく存じます。陛下」
「う、うん。そっか……ああ、いや、そう謝るな。こうも睨まれては恐ろしかっただろう。お前たち、シトリン嬢に謝罪の手紙を」
「お手を煩わせては」
「謝罪は当然のことだ。非礼を詫びずして何が王族か。言うに及ばずのことだが、シトリン嬢には日頃心より感謝している。そうだな? お前たち」
「はい。その、いつでも、感謝を」
「も、もち、もちろん、です」
「ええ。いつも、お世話になっております」
「ねっ、そうであろう?」
王族にこんなん言わせていいの? 動揺している様子のサペンタリ様、口が上手く回らないガルレス殿下、少し上ずった声のワーブル様……。なんだか申し訳なくなってきた。今なら対話に戻れるかもしれない。みっともない所を見せちゃったけど、しっかりお話をしなければ。と、顔をあげようとしたところで父上が私の頭を撫で、私の頭をそっと自分の肩口に押し当てる。えっ、私このまま?
「ありがとう存じます。皆様のお言葉を頂戴できましたこと、誉にございます。娘に代わり御礼申し上げます」
「あ、ああ、伝わったのなら何よりだ……」
陛下の声があからさまにほっとしている。
「ありがとう存じます。……娘の具合が悪いようなので連れ帰ります。本日はお時間を賜り誠にあり
がとうございました」
「あ、う、うん、……出立に響いてはならぬ。疾く帰り、休ませてやるといい」
「ありがとう存じます」
陛下の気遣う声に父上はにこやかに返して応接間を出る。その間も殿下たちは不思議なほど静かにしていた。




