表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥使いの娘  作者: つんざき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/21

十九 鳥屋敷 居間

 あれから一週間経った。私は城へ行かずモズたちと共に屋敷で静養、且つ功労者のカラスを甘やかしている。あの日私の救助が間に合ったのはカラスがたった一羽で城まで行ったからだ。

 甘ったれのカラスがたった一羽で何時間もかけて城へやってきたことで、私に何かあったのだと父上はすぐに分かったという。そこからすぐ陛下に許可を貰った父上が王都内外の鳥たちに私の捜索をさせ、騒ぎを聞きつけた王子達の中で外出慣れしているガルレス殿下が心当たりを探しに城を抜け出し、とあらゆることが早い段階で始められていたのだ。

 カラスからしてみれば『寝て起きたらひとりぼっちで心細かったから』と探しに出たのだろう。そして『人間がよく僕を呼んだ場所だから』と城へ行くことにしたのだろう。誰のためでもない自分のためだったのだろうが……この子がいなければ私はあのまま大した抵抗もできず、下手をしたら死んでいたのかもしれない。

 膝の上でクッキーを齧るカラスの背を撫で、私はソファーの背もたれに体を預ける。本来守るべきは私の方なのに……そう。本来私が守るべきこの子とガルレス殿下、そして森と屋敷を任せてくれた父上に私は救われ保護された。全ては私の認識の甘さのせいだと言ってもいいようなやらかしだ。

 私はため息をついて目をつむる。そもそも実家とはいえ不審なことが続いていた森の中を一人で歩くべきではなかった。護衛の鳥たちに付いていてもらう判断をすべきだった。消火に集中していたとはいえ……いや、消火に集中すべきは鳥たちであって、私は全体を見ていなければならない立場なのだからそこから間違えている。そうすれば攫われることも、あんなことをされることも、周りに迷惑をかけることもなかった。……父上は何も言わないけど。もし今回のことで父上の名誉に傷が付いていたら、父上は馬鹿にされたりしているかもしれない。閣下! 閣下! と慕ってきていたあの人たちは父上の実力を慕って来ていたわけだから、娘一人まともに育てられないのかみたいな風に思ったら手のひらを反すかもしれない。本当に申し訳ない。

「失礼いたします。お嬢様」

 ドアがノックされ、落ち着いた声が聞こえてきた。メイドさんだ。解決した翌日に事が済んだのでいつでも戻ってきてほしいと手紙を出すと、ありがたいことに彼女はすぐに戻ってきてくれた。ばたばたさせて本当に申し訳なかったが、彼女がいなければこの家は回らないのである。私は顔を上げたカラスを撫でながら返事をした。

「はい」

「旦那様がお戻りでございます」

 もうそんな時間か。私はメイドさんにお茶の準備をお願いしてカラスを抱きかかえると居間へ移った。ソファーでカラスと寛ぎながらティーセットと父上を待つ。十五分ほどして再びドアがノックされた。

「シトリン」

「父上」

 私はカラスを抱えていきドアを開けた。父上はすでに部屋着に着替えていて、気の抜けたシャツとズボンに適当なガウンを羽織っている。

「ただいま、シトリン」

「おかえりなさいませ」

「途中で貰ってきたのだ。お茶にしよう」

 父上は持っていたお盆を上げて見せる。温かそうなカップとポット、たっぷり入ったクリームとジャムの瓶、焼き立ての薫り高いスコーン。途中でメイドさんから預かってきたのだろう。屋敷の主としてはあるまじきなのかもしれないが、メイドさんも私も慣れたものである。メイドさんは普通に父上に預けるし、私も特に何も言わない。

「はい。父上。おいしそうですね」

 父上は部屋に入るとソファーの前のローテーブルに運んできた物を並べてソファーに座った。私はカラスと一緒に父上の隣に座る。カラスは少し考えてから私の膝から父上の膝に飛び移った。どこからともなくモズたちが集まってきて興味深そうにティーセットを眺めている。父上が食べちゃダメと伝えると適当なところで寛ぎ始めた。この子たちも随分ここに慣れたらしい。

「どうだ、具合は」

 父上がカップに紅茶を注ぎながら尋ねてきた。父上はあの日から毎晩必ずお茶会を開催して必ずこうして問うてくる。父上もあの夜がショックだったのだ。私を気遣う心には少なからず傷がついていると思う。

「ありがとうございます。お陰様で落ち着いてまいりました」

 私は差し出されたカップを受け取りながら答えた。温かい紅茶をひと口飲んでふっとひと息つきながら父上を見る。父上はスコーンにクリームとジャムをたっぷり塗って小皿に乗せて私の前に置いた。夜も遅い時刻なこともあって今から食べるとカロリーが、と心の中にいる現代人の私が気をもむ。私はそんな自分を押しやって父上がくれたスコーンを食べた。こうすることで父上の気持ちが報われて、心を少しでも癒せればと思う。そもそも私がもう少ししっかりしていれば父上を傷付けずに済んだのだから、カロリーの塊の一つや二つ甘んじて受け入れようではないか。

「そうか。それはよかった。しかし大事をとってあと一週間、いや、ひと月ほどは休みなさい。殿下には父が伝えておく」

 父上は優し気に微笑んで言った。私は頬張っていたスコーンを吹き出しそうになる。さすがに過保護では。ひと月の休暇なんて夏休みじゃあるまいし。

「それは、……」

 行き過ぎですと続けようと思ったがふと考えが頭をよぎる。

「ありがとうございます。父上」

「ああ。無理は禁物だ。屋敷でゆっくりしていなさい。見張りの鳥は大勢つけてある」

「……屋敷にいる間に、特訓していても構いませんか?」

「特訓?」

「はい。……今回のことで己の無力さを痛感いたしました。認識の甘さも知りました。鳥使いの娘としての意識を自分では持っていたつもりでしたが、違いました。悪意を持つ相手とも戦わなければならないということがどういうことかが欠けていて、考えも能力も不十分で、鳥たちの能力にほとんど寄りかかるような形で、私、弱かったのです」

 父上は目を丸くして聞いていたが私が話し終えると何か考え込み、持っていた紅茶をテーブルに置いて私に向き直った。私も持っていたスコーンを置いて父上に向き直る。

「不甲斐なく思ったか」

「はい。鳥使いとはただ鳥を操るだけでなく、鳥と共に戦い共に勝ち王国に勝利と平和をもたらす者のことです。私は守られ助けられただけでした。私はただ呼ぶことしかできませんでした。私はまともに戦うことすらできませんでした」

「……父は、お前はよくやったと考えている。お前はできることを精一杯しただろう。確かにお前はあの男に捕まりいいように支配されたようだが、それは経験不足によるものだ。お前はどうすべきか知らなかったのだ。知っていれば森の時点で十分対処できたと、そして勝てたと父は見込んでいるぞ」

「……贔屓目です」

 父上ほどの人がそこまで言ってくれるなら、と思う反面私にそこまでの能力はないとも思う。父上は首を小さく横に振った。

「シトリン。お前は無力なわけではない。経験というどうにも抗い難い差であの男に負けたのだ。お前には考えるための経験が無かった。ただその一点で劣っていた。父だって、自分よりも経験豊富な相手では苦戦するだろうし負けるだろう。戦うとはそういうことだ。経験が最も物を言う」

 父上の真意を探ろうとじっとその顔を見つめる。父上は見つめ返してきた。その目に動揺は見られない。優しさもない。本心から言ってくれている。そう判断して、私は途方にくれた。それでも小さく頷く私に、父上は小首を傾げて言葉を促す。

「……父上にそう仰っていただけるほどの能力を持っているのは分かりました。足りないのは経験なのだということも。その上で、ここからどのようにすればよいか全く見えずにいるのです」

 戦いの経験を積むということは戦いのさなかに行かなければならないのではないか。父上はそんな私の心を読み取ったのかゆっくりと私の頭を撫でた。不安を取り除こうとしてくれているのかもしれない。そんな風に感じられる手つきで、私は少し泣きそうになった。

「案ずるな。お前は常より経験を積んでいる」

「……心当たりがございません」

「よいか、シトリン。お前は戯れるだけのために鳥を呼んできたか?」

「いいえ」

「そうだろう。課題の中で経て来た思考の一つ一つがお前の経験となる」

「はい」

「人を守り助けられないことこそ鳥使いの敗北であると知りなさい。そうすればお前はやがて強くなる。父のしたように、争いを終えることもできるだろう」

「……私に、できるでしょうか」

「できる」

 父上は大きく頷いてくれた。単純なようだけど本当にできる気がしてきて少しだけ気持ちが前向きになる。私の表情が若干明るくなったのに気が付いたのか、父上はもう一度大きく頷いた。私は父上に笑いかける。

「今まで以上に精進いたします。人々を救って身に付けた力を、より多くの人々を救う力にできますように」

「ああ。よくぞ言った。父はお前の進む道を信じ、力を貸そう」

「はい。……とはいえ、それを実現するための具体的な案が浮かんでいるわけではないのですが」

 人を救うと言っても、そんな大それたこと、まだ緻密な指示を出せない私の手には余るだろう。そもそも父上一人で問題は解決できているし、困りごと自体も少ない。鳥というコストゼロで設置できる監視カメラのおかげで、治安のよさが群を抜いているからだ。

 実際今まで私が鳥を飛ばしたのは、父上からの課題への取り組みがほとんどである。実践とか実務とか、そういうものはない。体験とかお手伝いとかすらもない。その辺りは父上も思い至ったのか、私を撫でる手を止めて腕組みをして少し考え込んだ。

「ああ……」

 父上は何かを思いついたように小さく呻き、自分が声を出したことにはっとして私を見て、酷く寂しそうな顔をした。

「父上?」

「遠くへ……遠方へ行くのはどうだ。鳥使いの手助けを必要としている人は多いと聞く」

 父上は重たい口を開いてぼそぼそと語り始めた。遠方ということは旅の必要があるのだろう。思えば産まれてからずっと王都の外へ出たことはなかった。箱入りで育てられてきたのだなと改めて思う。

「父は遠方の人を危機から守るが、困りごとの解決までは手が至っていない。……そこをお前に……しかし遠方というと厳しい旅になるであろうな。気が進まぬのであれば別の方法を講じよう。別というと仔細が浮かんでいるわけではないが、まあ父に任せておけばよい」

「ありがとうございます。父上。私は平気です。遠方へ向かわせていただきたく存じます」

 父上の寂しさを取り除くことができないことには心が痛むが、私は頭を下げてはっきりと言った。守り助けることが役目である私が、実力不足の半人前でい続けることは許されないことだ。もし今回のことで父上の名誉に傷を付けてしまっているのなら、その傷を埋められるだけの活躍をしたいと思う。父上の寂しそうな「分かった」という言葉に私は頭を上げて父上を窺った。やっぱりものすごく寂しそうだった。

「陛下には父から話を通しておく。婚約についても心配はいらない。……紅茶を飲もう。温かいうちに」

 父上は座りなおして紅茶を飲んだ。ソファーの背もたれに寄りかかって深いため息を吐く。私も座りなおし、父上の肩に頭を預けた。

「父上のお傍から離れるのは初めてのことですね」

「……そうだな。ずっと父の傍にいるものだと思っていた」

「寂しくなります」

「ああ……寂しいな。父も寂しく思う」

 父上は紅茶を置いてぎゅっと私を抱き締めた。鳥と石鹸とお日様の香りがする。口では平気なんて言ったけど、目が熱くなって、潤んで、私は父上のくたびれたガウンに顔を埋めて泣いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ