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鳥使いの娘  作者: つんざき


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17/21

十七 地下

 目が覚めると見知らぬ場所にいた。粗末な木製のドア1枚を除けば、壁も天井も全面石造り。私が横になっているベッドと重そうなランプが二つある他には何もない。どこなんだここは……。

「あ痛っ」

 起き上がると頭に鋭い痛みがはしる。触るとたんこぶが出来ていた。せっかくこの間のが治ったのに……そうだ私森の中で。寝起きでぼけぼけしていた頭が急に覚醒する。状況から見て私は襲われ攫われている。犯人はきっと放火犯だろう。屋敷は大丈夫だろうか。鳥たちは賢いけれど、それでも限界はある。私が殴られ連れ去られたのを見て犯人を襲うことはできるだろうが、父上に助けを求めればなんとかしてくれるだろうから知らせに行こう、なんて複雑な思考はできないはずだ。

「くそ……」

 痛みに負けそうな自分を叱咤しながら立ち上がり、どこかに穴などあいていないか部屋を調べる。抵抗や脱走を阻むためかブーツは脱がされソックスだけになっていたが、気にしている場合ではない。家をなくしたモズたちが身を寄せる屋敷も多くの鳥たちが暮らす森も、父上から任されたのだ。それにあのカラスが心配だ。今頃きっと心細い思いをして、一生懸命鳴きながら人を探し回っているかもしれない。

 しかし焦る私の気持ちを嘲笑うように部屋には何もなかった。たぶん地下だなということしか分からない。ここでようやく私は、屋敷や森がどうとか以前に自分の命が危険に晒されていることを察した。急に怖くなって、力が入らなくなった足でよろよろと歩き、ベッドに座り込む。今までは、常に父上が守ってくれているという余裕があった。それでなんだかんだ乗り越えてきた。でも、地下では、父上の鳥たちは飛んできてくれない。私は胸をぎゅうと押さえた。心臓がどくどくとうるさい。息が苦しいのは、ここが地下だからというだけではない。

 ドアがノックされた。自分でも驚くくらい勢いよく顔を上げてドアを見る。いつの間にか冷や汗で体が冷えていた。

「失礼」

 粗末なドアから入ってきたのは体格のいい青年だった。その右手には酒瓶が握られ、薄汚れたシャツのボタンは二つあけられて胸元がだらしなくさらされており、スラックスは所々汚れている。

「ああ、起きたね」

 青年はにんまりとして酒瓶に直接口をつけてあおった。雑にまくり上げられた袖から覗く腕は太く、うっすらと血管が浮いている。酒瓶を握る手は大きくて分厚い。

「ぷは……あはは」

 青年は私と目があうと嬉しそうに笑って空いている手で自身の髪を撫でつけた。

「あ、あなた、なぜ、こんな」

 上ずった声で聞く私に青年はわざとらしく首を傾げる。

「覚えてない? まあその後が大変だったからな。無理もないか」

「どこかでお会いしていましたか」

「ああ。兵舎の裏手で。あの時は僕の妹が世話になったね」

 私は青年の顔を凝視して、心臓が縮み上がった。ガルレス殿下を庇っていた若い兵隊さんだ。陛下の話を思い出して身構える。兵隊さんは小首を傾げた。

「緊張してるね。大丈夫だよ。すぐに済むから楽にして」

「……家に帰していただけるのでしたら」

 兵隊さんはけらけら笑った。

「さすがは鳥使いの娘さん。気が強いな」

 兵隊さんは後ろ手にドアを閉めると酒をあおりながらこちらへ歩み寄ってきた。私は咄嗟に立ち上がり壁際に寄る。後ずさりする私を兵隊さんは面白そうに見るだけだ。

「どうしてここにいるか分かる?」

「い、妹さんやあなたの人生がめちゃくちゃになるきっかけが、私だったから」

「ああー、ははは。うーん。惜しいな~」

 兵隊さんは酒を飲みながらぐっと距離を詰めてきた。私はあっという間に部屋の隅に追い詰められる。私は背中を壁に押し当てて兵隊さんを見上げる。兵隊さんはずっと笑顔だった。

「ほら、空になってしまった」

 兵隊さんは空き瓶をゆらゆら揺らして見せ、突然瓶を床に叩きつけた。すぐ側でがちゃんと酷い音がして、兵隊さんを喜ばせると分かっていても、私の肩はびくりと跳ねる。

「ごめん、ごめん。手が滑った」

「いえ……大丈夫です」

 声が震えた。兵隊さんはゆっくりと手を伸ばし私の両肩を優しく掴む。ぞわりと背筋が粟立った。心なしか頭のてっぺんもぞわぞわして鳥肌になっていそうな気がする。

「強がらなくてもいいのに。可愛いね」

 呼吸の震えも体の震えも止まらない。涙が滲む。兵隊さんは笑った。

「ああ、震えてる。今から僕に何をされるんだろうって不安になってるんだ。どうしたって僕に勝てないものね。いくら鳥を操れたって、うふふ。鳥がいないんじゃな。ただの女の子だ。ほら、君の体は柔らかい肉と細い骨でできているよ」

 兵隊さんは右手をゆっくりと私の二の腕に移動させた。武骨な手が私の二の腕を簡単に握りこみ、親指で皮膚を確かめるように撫でる。

「君の体の自由を簡単に奪えちゃいそう」

 兵隊さんの楽し気な囁きと共に大きな手に少しだけ力が入った。五本の指が私の腕に食い込む。

「さっきの答え合わせしようか。自由に動き回っている君が許せないからだよ」

「そ、そんなこと言われても……妹さんが幽閉されているからって、」

「幽閉? そんなものはされていないよ」

 兵隊さんは苛立ちと嘲りの入り混じった声で遮った。私は訳が分からず口を閉ざす。でも陛下は幽閉されているって、そう手紙に書いてあるって、それに幽閉されていないならどうして私を。

「何も知らないんだ。あの子はベッドから出られなくなったのに……ああ分かった。父上と母上だ。あの人たちは陛下への手紙に君のために書き添えたんだろう。ふふふ……あの子がショックを受けないように優しく優しくお話しくださいって‼」

 兵隊さんは大声で怒鳴った。唇に笑みを浮かべたまま、しかしその目は見開かれ、真っ直ぐ私を見ている。

「あの子は帰ってきてから何度も何度も言ったんだ! 恐ろしい嘘を吐いたって、お腹に子どもはいないって、自分は純潔だって。そう、言い続けていたのに、あいつら、あいつら! あの子は目を腫らして必死に訴えていたのに、僕に縋りついて、僕もあの子を抱き締めて、あの時逃げきれていれば、あの子は

あんなに小さくて、怯えて、か弱くて、……ああ! 守れなかった!」

 兵隊さんは涙を流していた。私は見つめることしかできない。

「あの子はずっと泣き叫んでいたんだよ。その悲痛さが分かるか? 何度も謝り許しを乞うて僕を呼んで助けてと……僕はそれを聞いていることしかできなかった。僕こそが幽閉されていたからね。……そうして始めから終わりまで、あ、あの子の体が暴かれていくのを、同じ屋敷内にいたのに。僕は、助けてあげられなかった」

 兵隊さんはそこで口をつぐんだ。沈黙の中、その顔から少しずつ笑顔が抜けていく。そして完全な真顔になった時、突然私を抱き上げてベッドに投げた。

「いっ」

 スプリングに体が受け止められると同時に兵隊さんが馬乗りになってくる。太ももの上にしっかりと腰を下ろされ、抜け出そうとあがいてもびくともしない。その間にも兵隊さんは私の腰に手を伸ばし、ベルト代わりに結んでいたリボンを解く。血の気が引いた。

「な、何、何を……」

「妹は腹の中を一時間引っかきまわされた。王家の子種が残っていてはことだからと。腹に子を宿せないようにしなければと」

 兵隊さんは淡々と語りながら私の腹に手を置いてぐっと体重をかけた。

「げほっ、ぉえっ」

「父も母も国王陛下の顔色をうかがって、生かしていただいているだけでありがたいなんてほざいて」

 咳き込む隙に兵隊さんは私の腹に座りなおして後ろ手に私のズボンを膝まで下ろした。私は咄嗟に両手を伸ばしたがあえなく捕まり、両手ともベッドに押し付けられる。

「あの子は肖像画を見た瞬間から全てサペンタリ殿下のために、あの方といつか結ばれるために、それだけのために生きて、その絶望は分かるよね?」

「そ、れは……」

 動揺して言葉に詰まると兵隊さんが顔をぐっと近付けてきた。すさまじい酒の臭いに顔を背けそうになったが、あまりに切実な表情に動けなくなってしまう。私は兵隊さんの涙にぬれた目を見つめ返さざるを得なかった。が、

「少しでも妹を痛ましく思うなら大人しく僕に犯されてくれ」

 とんでもない言葉にすぐに我に返った。雰囲気にのまれてる場合じゃない。顔が引きつったのが自分でも分かる。それでも兵隊さんは縋るのをやめない。

「僕の子を孕んで堕胎してくれ。腹の中をぐちゃぐちゃにされてくれ。あの子の心を救うにはそれしかない。自らを貶めた君が同等の、いやそれ以上の目にあえば生きる希望を取り戻してくれる。君だって自分のせいで誰かが死ぬのは嫌だろう?」

「し、死ぬなんて」

「死ぬんだよ。このままじゃ死ぬ。手紙に書いてあったんだ。あの子はずっと部屋に閉じこもって何も口にしない。気絶しない限り眠ろうとしない。三人がかりであの子の唇をこじ開けて、そこへ漏斗を差し込んでスープを流し込む。それでどうにか命を繋いでる。あの子は生きようとしていない」

 絶句する私の顔に兵隊さんの涙が落ちてくる。

「あの子の心に明かりをともさなければならない。君が犯され死ねばあの子は生きられる。妹は君のせいで死んでしまうんだ。可哀想に思うなら抵抗をやめて。ね?」

 兵隊さんはさらに顔を近付けてくる。

「そ、れより、妹さん、お、お兄さん来てくれるの、ま、待ってるんじゃ……ゆ、唯一、1人だけ分かってくれてるお兄ちゃんに、味方してほしいはず、です」

「守ってあげられなかった僕が行ったところで何になる? 愚かだね、君は」

 兵隊さんは泣き笑いをしながら私の両手を片手でまとめてベッドに押し付ける。それから空いた手で私のシャツのボタンを外し始めた。

「やっ、嫌! 嫌だ! 嫌だぁ!」

 必死に暴れる。しかし兵隊さんはびくともしない。絶望して体から力が抜けた私を見て兵隊さんは笑みを深め、さらされた私の胸元を撫でた。かさついた指先が舐めるように肌をなぞり、生理的な嫌悪感で私は涙を流す。

「王族を裏切った君を鳥使いはどうする? 鳥に食い殺させるかな。あの猛禽類たち……でもどうだろう。彼ら、僕たちを追いかけて飛んできたけど、僕が君を背負ったら石を落とせないでいたよ。ただうろうろしているだけだった。慈悲深いね。人よりよっぽど心を持っている。美しい生き物だ。それでもきっと、鳥使いの命令なら聞くんだろうなぁ。君のこの肌も、目も、髪も、唇も、幼く柔らかい君の全てを、綺麗にたいらげてくれるんだろうなぁ」

「ち、父上は、そんなことさせない……!」

 私は何度も首を横に振る。兵隊さんは再び私のシャツのボタンをはずし始めた。

「実の娘であっても裏切るさ。なんせ国王陛下のためなんだから。それに子どもはもう一度作ればいいだろ? 君じゃなきゃ駄目なわけじゃない。そうだ。鳥使いの子どもはいればいるほどいい。君がいなくなれば鳥使いも次のお嫁さんを取りやすくなる。違うかな。国王陛下のために戦力を補充しないかな? 何人も何人も子をもうけさせてさ。本人にそのつもりがなくても君がいなくなればそれがかなうんじゃない?」

「ち、父上は、私のこと大事だから、そ、そんなの、しない……!」

 兵隊さんはくすくす笑いながら最後のボタンをはずした。胸から腹にかけて空気にさらされる。その感覚が、今からされることが現実であることを突き付けてくる。

「可愛いね。ああ、本当に可愛い。馬鹿な子」

「嫌だ! い、嫌! 嫌! 父上! 助けて! 父上ぇ!」

 泣き叫ぶ私を嘲笑いながら、兵隊さんは私の下着に手をかけ、



「よっ、よ~う! ポリーノ! 元気してる⁈」



 どもりながら部屋に飛び込んできたガルレス殿下に驚愕を滲ませた。


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