十六 鳥使いの森
初めはモズだった。一週間で数百もの巣が壊されているのが見つかったのである。幸いなことに雛の巣立ちは数日前に済んでいたので、死んでしまうようなことはなかったが。
宿る家を失くしたモズたちを屋敷に避難させて一段落したと思えば、次は鳥使いの森が狙われた。私と父上の住む屋敷が建っている森である。その森でここ数日ボヤ騒ぎが起きているのだ。鳥たちとメイドさんと私で森中を駆け回り火消しに勤しむ毎日だ。
国外には鳥使いへの復讐をもくろむ人間が、そして国内には鳥使いの厚遇に嫉妬している人間がそれぞれ存在している。森での放火もそういった手合いの仕業だろう。
しかしあの人達は王家に睨まれるリスクを取らずにきた。ここにきて大々的に鳥使いに手出しをしてきたのはなぜだろう。大きな違和感を覚えたが、考えるよりまず火消しに走らなければならない。時間はかかるかもしれないが、賢いカラスたちが犯人をあぶり出してくれるだろう。そこを捕まえればいい。そう考えていたのだが、
「父上! 治療を!」
カラスが大怪我を負った。
血まみれのカラスを拾ったのはボヤから少し離れたところだった。消火の確認に訪れた私を、仲間のカラスたちが追い立てて案内したのである。周囲の木々には刀傷と血が付いていて、その根元では一羽のカラスが、翼を広げた状態で伏していたのであった。
連れ帰って手当てをするとカラスはどうにか一命をとりとめたが、可哀想にもう飛ぶことはできない。生き物として弱くなったことを悟ったのか父上か私にべったりで離れなくなった。今も、ソファーに座る父上の膝の上でくつろいでいる。
安心しきったカラスを正面の席から眺めながら私は紅茶を飲んだ。父上は膝の上のカラスにクッキーを食べさせてやっている。談話室のローテーブルに並べられたお菓子は、父上が特別に作ったカラスのためのおやつである。メイドさんはカラスが屋敷に運び込まれてすぐに暇を出し、一旦故郷に帰ってもらっている。こんな危ない所に人様の娘さんを置いておけないと父上が大騒ぎをして、カラスが運び込まれた二時間後には、メイドさんは旅の支度を終えて馬車に乗り実家へ帰っていったのだった。
「もはや単なる嫌がらせでは済まないところまできています」
ぽつりと呟き、私は自分で淹れた紅茶をもう一口飲む。カラスの容体が安定し、ようやく落ち着けたのは夜も遅くのことだ。親子共々夕食を用意する元気も食べる元気もなく、甘ったれるカラスをただぼーっと眺めている。が、そんな場合ではないのである。
カラスの傷口の綺麗さや木々の刀傷から、カラスを襲った犯人の持っていたのは斧でも鉈でもナイフでもない手入れのされた刃物、それもサーベルであることが判明したのだ。
「ああ。まったくだ。ただいたずらをするような人物ではないだろう。カラスの胸を一突きで殺そうとして仕損じ、翼を刺している。即時殺し方を改め、胴を斬って殺そうとサーベルを……こうだ」
父上は無傷で済んだ方のカラスの翼を優しく伸ばした。その翼の中ほどに人差し指を突き立てるとそのまま翼の付け根へスライドさせる。カラスはクッキーをついばむのを止めて自分の羽にいたずらをする父上の指を甘噛みし始めた。
「襲ってくる生き物に対して冷静な判断を下すことができ、サーベルの携帯を許可されている人物といえば限られそうなものですが」
父上は苦々しい顔で首を横に振った。
「戦後の混乱に乗じて行方の知れない武器も多々あるそうだ」
「ああ……」
「シトリン。父はしばし城に詰める。私的に武器を扱う人間を野放しにすることはできない。陛下ならびに殿下の御身をお守りし、延いては国を守護せねば」
「はい。父上。屋敷はお任せください」
父上はその日のうちに陛下に手紙を書いてフクロウに届けさせた。今回の一件についてと、王城と城下の警備および王族の身辺警護の強化についてと、ついでに娘が、つまり私がしばらく王城に伺えなくなることについての以上三つをしたためていた。
それから数時間の仮眠を取り迎えた翌日。夜明け前に父上と私は森の出口にいた。父上は栗毛の馬を引いていて、私は怪我を負ったカラスを抱いている。メイドさんを送り届けるために馬車を使っているので、今回父上は馬に乗って城へ参上するのだ。カラスは父上が行ってしまうのを察しているのか私の腕の中で情けなく鳴いている。
「猛禽たちには容赦無用と伝えている」
「心強いですが人の味を覚えては困ります」
「ぬかりない。食うなと伝えている」
「あの子たちが斬られた際はお呼びしても?」
「ああ。すぐに父を呼びなさい」
「……それでも心配です」
「安心なさい。上空から物を落として弱らせてから襲うよう言ってある」
「繊細な指示ですね。さすがです」
「彼らとは付き合いが長いからな。……では父はそろそろ出かけるが、くれぐれも用心するように」
「はい。父上。いってらっしゃいませ」
父上は馬にまたがると駆け足で森を後にした。それを見えなくなるまで見送ってから私はカラスと屋敷に戻る。まずは着替えだ。
カラスをつれて自室に戻り、クローゼットを開ける。メイドさんが不在の今は一人でも簡単に着替えられるドレスを……と、探しかけ、やめた。しばらくは動きやすい格好がいいだろう。
父上の私室に行ってシャツとズボンを借りた。ズボンはウエストが合わなかったので、適当なリボンをベルト代わりにしてとめる。髪は全ての飾りを外し後ろでお団子にしてまとめた。靴はブーツに履き替える。
着替えが済むと、大人しく待っていたカラスを抱っこして納屋へ向かった。猛禽類たちが上から落とすものを作るのだ。
「お。あったあった」
屋敷の隣にある巨大な納屋には色々な物がため込んである。鳥たちが巣材に困らないように父上が捨てずにおきたがるのだ。私は麻袋を何枚か引きずり出して抱える。不満そうなカラスを宥めてその上にのってもらい、私は屋敷に戻った。
自室の机は狭いので床に座り込んで麻袋を裁断する。ハンカチくらいの大きさの麻布を何枚か作っていく。あぐらをかいて作業する私の隣でクッションに座っていたカラスが不満をこぼした。
「ギャギャ」
「うんうん」
手元を見たまま適当に相槌をうつと膝をつつかれた。やっと人間の膝でゆっくりできると思ったらクッションに移動させられて、寂しいやら悔しいやら心細いやらの鬱憤が溜まっているのだ。仕方なく手を止めて顔を向けてもカラスの文句は止まらなかった。
「ンガァ、アァ、アァ、ア! アァ! ギャアァ!」
「分かった分かった」
相槌をうってから手元に目線を戻すとまた膝を突かれた。作業が進まない。仕方なくカラスに顔を向けた。
「ギャア! ギャア!」
「おりこうで待ってたら膝にのせてあげるから」
文句を言うカラスに膝をぽんぽんしながら言う。カラスは黙った。そんなに膝がよかったのか。ひと言断ってからクッションに乗せてあげればよかったな。
「ごめんね。ありがとうね」
手元に目線を戻してもカラスはちゃんと静かにしている。私は麻袋を全て切り終えると約束通りカラスを膝にのせてやった。
「はい、お待ち遠様」
「アァ……カァ……」
私はゆっくりとカラスの羽を撫でる。すると安心したのか、膝が温かかったのか、カラスはほどなくして眠った。私はカラスをそっとクッションに下ろし、ナイフと加工した麻布を持って外へ出る。
森の中は普段とは比べ物にならないくらいひっそりとしていた。普段であれば鳥たちの鳴き声や羽ばたきなどが聞こえてくるのだが、そういったものは一切ない。父上の言いつけ通り、屋敷の近くで身を寄せ合っているのだろう。普段と違う様子の森に心がざわつく。駄目だしっかりしなくちゃ。私は丈夫な蔦を何本か見繕い、ナイフで適当な長さに切って持っていった。
次にやってきたのは流れの穏やかな広い川である。私は麻布で小石を包み、蔦で縛って小包を作った。小さいがそれなりの高さから落ちれば重い一撃を入れることができるだろう。学校で習った物理の知識が役に立った瞬間である。
できあがった小包を見晴らしのいい河原に置いて小型の猛禽類たちに話を通した。単なる嫌がらせではない以上こちらも取れる手段は取る。私は猛禽類たちに見回りに戻ってもらい、今度は消火用の水汲みをするためバケツを取りに向かった。通常であれば使い終わったバケツは河原に集めておくが、昨日の消火後はカラスを父上のもとに運んだり手当をしたりで、それどころではなかったのだ。
カラスを見つけた現場に戻ると、バケツが一つといくつか重ねられたバケツが昨日のまま転がっている。周囲の木々にはカラスの血と刃傷が生々しく残っていた。背中がぞくりとする。私は手早く全てのバケツを拾い上げ、帰ろうときびすを返した。そこでようやく、焦げ臭さに気が付いたのである。
私は弾かれたように走り出し河原へ向かう。それと入れ違いになるようにして、頭上を小型の猛禽類たちが飛んでいく。彼らは先ほど話した通り小石入りの小包を持って猛スピードで飛んでいった。
河原には大型の猛禽類たちが勢ぞろいして待っていて、私は大急ぎでバケツに水を汲んで一羽につき一つずつ持たせる。彼らは軽々とバケツを運んでいった。
最後の一つを渡してオオタカが飛び立つのと同時に私も火元へ急ぐ。とはいえ足場の悪い森の中を走り回った疲れが回復しているわけではない。へろへろになりながら森の中を走り、




