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緑翼のアリア  作者: 四分儀有為
第二章 戦火に燃ゆ
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2.

 ヴィアードがきん、という音と共に刀を鞘に納めると、街道の近くに聳えていた木の後ろに隠れていたアリアは顔を出した。


「もういなくなったのね?」

「ああ」


 短く答えたヴィアードは街道と、そこに転がる黒衣の者を見下ろす。ヴィアードの刀で簡単に斬り伏せられた者たちは、もう動きそうになかった。


「結構、しつこいわね。涼くんが水を探しに行ってる時でよかったけど——ずっと沸いて出てくるじゃない。私を追っているのかしら」

「可能性はある。無差別の可能性も、ある」


 遺跡で遭遇した黒衣の者たちは、あの夜以来、頻繁にアリアたちの前に現れるようになった。


「……そういえば、あんた、知ってる? あの、《魔弾》から出てきた黒衣の者たちのこと」

「正体は知らぬ。状況から予想するに、外敵だろう。ここに倒れている襲撃者と同じだ。どちらも、この星と同じ気配はしない」

「やっぱり、あの艇から降りて来た別の星の生き物……ということかしら」


 アリアは重苦しい艇を見上げた。あの艇から、直接何かが乗り込んでくるようになった。その考えは、改めてぞっと背筋が冷える。空の襲撃のみならず、地上に進出するようになれば、それは侵略の最後の一手に近いのではないだろうか。

 別の星の生き物かもしれないと思うと、その想像は身を持って迫ってくる。


「目的が殲滅なら……私たちにはあんたがいるけど、生き残っている人たちのところにこいつらが現れたら、結構おおごとよね。簡単に倒されちゃうんじゃない?」


 アリアは空を見上げて呟いた。空からの襲撃だけではなく、地上にも危機が迫っていると、果たして何人が知っているか。情報が行き交わない今は、何も分からない。


「心配しているのか?」


 ヴィアードの少しだけ感情の乗った声に、アリアは憮然とした。


「別に。心配なんてしないわ。思ったことを言っただけよ」


 駆けてくる足音が聞こえ、アリアは少し歩いてこの場から離れる。倒れている黒衣の者たちが見えないことを確認して、アリアに向かって手を振る涼に振り返した。


「涼くん、お水あった?」


 街道にまで戻った涼は、アリアとヴィアードに向かって、二つの水筒を示す。


「うん、近くに井戸があったよ。汲めるだけ汲んできた——アリアたちは何もなかった?」

「よかった。こちらは、あの黒衣の者たちが現れたけど、ヴィアードがいるから問題なかったわよ」


 短く答えて、アリアは歩き出す。涼はヴィアードを見上げて、怪我がなくてよかったと笑んだ。ヴィアードの方も涼を一度見つめ、歩き出す。

 自然とアリアに並んだ涼と、先行するヴィアードの背を眺めつつ、アリアは周囲を見渡した。


「行けども行けども瓦礫ばかりね」


 呆れるような気持ちで零したアリアに、涼も視線を周りに向けて同意した。


「幸い、川とか井戸はたまに見つかるけど、街や村は殆ど残っていないみたいだね」


 三人に増えたアリアたちは、街道に戻り、村から離れるように南に下っている。アリアが仮で決めた目的地も、星の何処に存在するのかアリアにも涼にも分かっていない。とりあえず大きな街や、人が集まっている場所で情報収集をしようと歩き出したのだった。

 三日三晩を歩いてきたアリアたちは、今日の野営の場所を探して、歩みを止めて辺りを見渡す。街道の両脇は山で覆われた地域だった。さわさわと風で凪ぐ森の木が、木の葉を擦らせて音を立てている。故郷の山とはまた違う、背の高い樹木たちが多かった。アリアの腰の辺りまで伸びた数々の草を検分し、食べられそうなものはその場で抜いていく。野草の知識が多いわけではない。多くは勘だ。

 街道を見失わない位置まで山の中に足を踏み入れ、大きな木の近くに荷袋を置いた。枝や葉が落ちているここは、火を焚くには問題ない。始末だけは気を付けなければならないが。

 山に差し込んでいる陽は、そろそろ黄昏色に変わりそうだった。


「ずっと飲み水だけってわけにもいかないしね。涼くん、ご飯はどれくらい残ってる?」


 同じように荷袋を置いた涼は、中を覗いて答えた。


「あと三日くらいかなぁ。切り詰めたら、もう少し伸ばせる」

「切実な問題ね……」


 元々、小屋での生活で旅に必要な分の貯蔵をするのは難しかったのも要因となり、食料は常に心許ない。アリアも涼も決して大食感ではなく、むしろ摂取する量は少ないが、何処かで調達をしなければいずれ飢えてしまうのは確実だった。

 ちちち、と、名も知らない鳥が鳴く。それを聞いてアリアは、ふと木の幹に背を預けているヴィアードを見た。


「ねぇ、あんたなら、この森に居る獣でも狩れるんじゃない?」


 森に獣がどれほど残っているか。だが、この山は《魔弾》による被害があるようには見えない。鳥もいるのなら、獣もいるかもしれない。期待をしたアリアに、瞼を下ろしたままのヴィアードはにべもなかった。


「私は獣は狩らない」

「もう! 役立たずね! こんな時くらい、融通利かせなさいよ!」


 詰ったアリアに、涼が宥めるようにして笑う。


「大丈夫だよ、アリア。僕が行ってくる。簡易的に弓も作れそうだし」

「えぇ? 涼くんが? さっきもお水を汲みに行ってくれたじゃない」


 驚いて問い返せば、荷袋から短いナイフを取り出した涼は近くにある木の枝を払う。枝が半円状になるように、力を込めて強度を確かめた。そして丈夫そうな蔓を抜き、枝に巻き付ける。慣れた手つきにアリアには見えた。


「ヴィアードさんも少し、休んでいてください。ずっと先行してくださっているから、お疲れでしょう」


 ヴィアードはちらりと涼を見て、何かを言いたげにしたが、結局何も言わなかった。


「ちょっと涼くん……」


 涼と離れるのは不安だ。山の中は、簡単に方位を見失うし、最悪の場合、合流できなくなるのが怖い。アリアは不満を込めて名を呼んだが、涼は安心させるように笑むだけだった。


「アリア、火だけ起こしておいてくれる? 火が見える範囲まで行って、探してみるよ」


 涼に微笑まれると、アリアは弱い。ぐうぅと押し黙った隙に、涼はヴィアードに後を任せ、身軽にこの場を去ってしまっていた。


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