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緑翼のアリア  作者: 四分儀有為
第一章 世界の観測者
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3.


 一度場所を離れれば、もう同じ場所へ戻れるかは分からない。いつ何時、襲撃にあってもいいように、アリアと涼は身支度を整えて祠から出た。

 翠の光の道のお陰で、他の光源がなくとも足を進められる。導かれるように歩き続けて、二十分程度。隣で歩く涼の後ろには、野原から姿が代わり、荒涼とした廃墟が広がっていた。廃墟と化したかつて家屋たちであっただろう建物たちは破壊されてはいるものの、整備された水場の痕跡や打ち捨てられたラジオの姿もあり、この辺りはアリアたちの暮らしていた村よりも文明が進んでいたようだと分かる。規模も、村よりは大きかったに違いない。アリアは目を凝らしたが、備蓄は見つけられなかった。他の生存者に持ち出されたか、アリアたちのように通りすがった誰かが持ち去ったのかもしれない。

 やがて、廃墟の奥に石造りの建物が蔓延る一帯が見え、涼が目を瞬かせた。


「あそこに何かあるね」


 明らかに他の家屋と比べ、趣が異なっている。アリアの目には半壊した遺跡のようにも見えた。

 やや乱れた呼吸を整えて、アリアは答える。


「遺跡かしら……? 人魂もあそこで途絶えているみたいね」


 ここまで来て行かないという選択肢もない。再び歩き出した二人は、野ざらしに佇む遺跡の入口——破壊されている為、四方八方どこからでも入れるのだが、どうやら正式な入口らしきところへ辿り着いた。アリアたちの背後で人魂の翠はふわっと道を解き、アリアの周囲に集まってくる。アリアはその姿を少々鬱陶し気に見やり、首を振る。

 人魂が導いたのは、白い石を積み上げて造られた遺跡だった。一階建ての構造は半ば崩れ、爆風に横殴りにされたのか、壁の輪郭も歪んでいる。ぽかりと口を開けている入口の中を覗き込むと、内部は思いのほか整っていて、足を踏み入れられそうであった。時間の流れを頑なに拒んでいるかのような静謐な空気は、アリアを招くように入口から吹き込んだ風で揺れている。


 隣には庭園が広がり、遺跡と同じ白い石で床が敷き詰められていた。その上に、人が両腕を回してようやく抱えきれるほどの太さの柱が、等間隔に静かに立っている。石はすべて火に晒されたのか、純白とはいかず、黒く灰がかっていた。庭園の面積は広く、ざっと見積もっても百人は集まれそうに見えた。庭の広さからして、ここはかつて人々が集い、声を交わし、何かを共にした場所なのだろう。今はただ、白い石たちだけが在りし日の記憶を抱いて沈黙している。


「遺跡を見るのは初めてだ」


 涼の素朴な感想にアリアは笑んだ。


「私も、小さな頃に見せられたくらいよ。本では何度も見たけれど」


 涼はふと真剣にアリアを見やる。


「――入らないでおく?」

「ううん、大丈夫。折角だし、入りましょ。今、見ておかないと多分永遠に見られないわ。涼くんとたくさん、初めての体験をしておきたいの」


 受ける風の香りも、見たことのない世界の姿も、外で生きるすべてのものも。一度通りすがれば二度と戻れる保証はない。それならば、悔いの残らぬように見つめて行きたい。あの日、あの時、ああしておけばよかったなどと、くだらない後悔をしたくないから。

 首肯した涼の手を握り、アリアは遺跡の入口から足を踏み入れる。途端に変わった空気に、深く呼吸をする。アリアと涼の周囲を漂う人魂に照らされ、塵と埃が浮かび上がっている空気は、それでも非常に清浄だった。


 空気ごと時が止まった場所。破られた時をアリアたちごと、遺跡は受け入れてくれたように感じた。入ってすぐに位置している地下へと続く階段は、白い石がすり減り、ところどころ罅割れている。地下の壁一面に刻まれた文様が、かすかな翠の燐光を帯びて脈動していた。まるで、地下自体が誰にも悟られないくらいの小さな呼吸をしているように。

 アリアたちは強い力が込められれば崩れてしまいそうな階段の一段一段を慎重に下りながら、地下に広がる空間を目指す。足元の石を踏むたびに、小さな音が闇に吸い込まれていく。


 やがて辿り着いたそこは、天井が高く、古代の建築とは思えぬほど整った幾何学的な構造をしていた。アリアの記憶の底にこびり付いた模様と、酷似している。


「――昔に見たものと、同じみたい」


 アリアが呟くと、涼も天井を見上げて唇を引き結ぶ。そして、二人は同時に地下の中央に佇む存在に目を向けた。

 地下の空間の中心に祀られているそれは、一見して、人の形をしていた。しかし、それは明らかに「人」ではない。

 身の丈は二メートルに近く、まるで神像のように静かに佇んでいる。肌のように滑らかな装甲は、無機質に白銀に輝いていた。顔は人形の如く美麗で、瞼を下ろしたまま眠っているようにも見える。腰には見事な刀が下げられ、今にも鞘から零れんばかりに刀身が煌めている。

 雪崩れる長い銀の髪は今にも動き出しそうで、どこか懐かしい気配を感じさせるその姿に、アリアは言葉を失った。

 立ち止まったアリアたちから人魂がふわりと離れる。翆玉たちはふわふわと漂い、神像の後ろに聳える壁に刻まれた古い文字を照らし始める。


——選ばれし乙女よ。春の目覚めを告げよ。


「……あんたたちも、私に戦えと言うのね」


 もう死んでいるのに。アリアを此処に導いてまで、戦えという。


「好戦的で、ご結構なことね。行こっか、涼くん」


 アリアは興味なさげに手を払い、人魂たちに別れを告げる。彼らは物悲しそうに揺れ、しおしおと地下の床を這った。翆玉が神像ににじり寄っていく姿を、アリアは背を向けてもう目にしていない。


「本当に伝承みたいなものなんだね」


 アリアの言葉に逆らわず、涼もすぐに階段に足を掛けた。涼に続いて降りてきた分だけ階段を上りながら、アリアは息を吐く。


「そ、そうね、街、とかには、遺跡っ……から、切り取った、石板、とかが、飾られてる、みたい、よ。何百年も、前から、あるらしいわ」


 降りるのはまだしも、上りは太腿も脹脛もきつい。肺が弾んでそのまま言葉に乗ると、こちらは余裕そうな涼がアリアを振り返って笑った。


「アリア、後ででいいよ」



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