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緑翼のアリア  作者: 四分儀有為
第二章 戦火に燃ゆ
16/44

9.

 塔の一階に戻ると、アリアたちが訪れたときには見えなかった地下への階段があった。塔の中心に螺旋を描いて、階段が降りている。どうやら、階段の上にある床がスライドして開閉できるようだ。夜間は閉じ、礼拝の時間になると開かれているのかもしれない。

 塔の出入りを見張る体格のいい男に、涼が軽く声を掛けた。


「すみません、地下へは降りても大丈夫ですか?」


 振り返った男は、疲れた顔に笑みを浮かべた。


「ああ、もちろん。女神様にお祈りをしてくるといい」

「ありがとうございます」


 涼も笑みを浮かべて答えると、男が小さく頷く。そして、ふと気づいたかのように、アリアたちの顔を見た。


「もしかして、昨日、ジェシカが連れて来た子たちかい?」


 何故、この男がアリアたちを知っているのだろう。外見的特徴で目立ってしまったのかもしれない。それでも一夜にして噂が広がるものだろうか。相手を訝しむアリアに代わり、涼が応対を続けた。


「はい、昨夜はジェシカさんとジーナさんにお世話になりました」


 涼が簡単に名乗ると、男は更に破顔する。男の全身に纏った筋肉は隆々と張り、いかにも肉体労働者のような恵まれた体躯をしていた。だが、その顔にある無垢な人懐っこさに、アリアは既視感を抱く。


「そうだったのか。いや、私も先程、ジーナに聞いたばかりだったんだが。もう家を出てしまうそうだね」

「あの、失礼ですが……?」

「ああ、すまない。私はダインという。ジェシカの父親だ」


 にこにこと笑みを浮かべる表情は、気付けば確かにジェシカに似ていた。この場合は、ダインにジェシカが似ていると言うべきだろうか。頑固そうな茶色の固い髪も、娘に引き継がれた遺伝に思える。


「それは、ご挨拶が遅れてすみません。昨夜は、ジーナさんにもジェシカさんにもとても親切にしていただきました」


 涼が頭を下げて礼を述べると、男は豪快に笑った。疲れを滲ませていた顔が見る間の内に活力を取り戻し、涼の肩を叩く。


「なに、気にすることはない。困ったことがあったら、いつでも家に来るんだよ」


 頼られることが嬉しいと言わんばかりの笑みだ。アリアは悪感情ではなく、一家揃って世話を焼くのが好きな血筋なのだろうなと、純粋に感想を抱いた。


「ダインさんは、こちらで見張りをされているんですか?」

「ああ、不寝番の日でね。持ち回り制で担当しているんだ。家に居れば私も君たちを歓迎出来たんだが、残念だよ」

「僕たちも暫く、この街に滞在することになると思いますので……何かお仕事があれば、お手伝いさせてください」


 涼が言葉を添えると、ダインはもう一度豪快に笑った。特に涼に笑みを向けて、大きく頷く。その目には憧憬に似た色が浮かんでいた。


「それは頼もしい! 男手が足りていないから、落ち着いたら是非声を掛けてくれ」


 アリアたちは丁寧にダインに頭を下げ、階段に足を掛ける。


「――なんだか、ジェシカのお父さんそのもの! っていう印象だったわね」


 こっそりと囁くと、涼が笑った。


「気持ちのよさそうな人だったね。ご挨拶ができて良かったよ」

「涼くん、さっき話してたけど、本当に働くの?」

「ただ配給を貰うだけというわけにもいかないから……僕にやれることがあるなら、やるつもりだよ」


 ヴィアードの横顔を見上げると、彼は何も言わずに頷いた。言葉にしていないが、ヴィアードも涼と同じく、何かの仕事を手伝うつもりではいるのだろう。アリアは無意識に、ジーナに括ってもらったリボンを指でいじる。アリアも働いた経験はないが、そうも言っていられない事態になりそうだ。


 アリアたちは会話をしながら階段を降り、やがて地下に辿り着いた。

 地下は短い廊下が一本と、奥に小さな空間がある。肺に空気を取り込むと、外とは全く違う香りがした。時が止まったかのような静寂が、地下全体を包んでいる。石の壁には古代の文字が刻まれ、光源もないのに不思議な翠の光を帯びて浮かび上がっていた。


「……前に見た遺跡と似てるね」


 涼の抑えた小さな声にアリアは頷く。


「ええ、多分、同じ古代の遺跡よ。この街は地下にあったのね。星には数か所、こういう遺跡があるって教えられたわ」


 そして、と、アリアは小さな空間を示した。


「遺跡があるのは、古代兵器を引き継ぐ為。此処にも、あるはずよ」


 アリアたちの目の前に、背丈の高い女性を象った美しい像が現れる。その後ろには、天を仰いで聳える大筒の姿があった。砲はかなり大きく、経口は二人分の両腕を輪にした程度はある。また、大筒には操縦席のような、人が座れる部分があった。そこに乗り込み、砲を発射する兵器である。

 物言わぬ黒い兵器は凄まじい重厚感を放ち、地下を支配していた。


「――これが、古代兵器?」

「そうよ。土地によって、引き継がれている兵器は形が違うの。ネルドラドは、大砲みたいね」


 対空装備を備えているとジェシカが話していたが、もともとこの古代兵器があることにより、ネルドラドの土地の文明として砲の技術が残っているとも考えられる。


「その砲射撃は天を穿ち、翆玉の光で敵を殲滅せん」


 壁の一部の文字を読んだヴィアードが端的に告げる。


「起動すれば、天高くまで射程が届く射撃兵器だ」

「……あの艇にも届くということですか?」


 ヴィアードは無言で頷く。涼は眉を寄せて、考え込んだようだった。今の危機に合致する兵器だからこそ、アリアも思うところはある。


「涼くん、村を出た夜に、夜空に翠の光が広がっていたのは覚えてる?」


 眩い緑の一閃となって大地から夜空へと突き抜け、飛翔する翼となった翆玉たち。涼は記憶を辿るようにして、ややあって首肯する。


「ああ、そういえば、見たような覚えがあるかも」

「あれが、生き残った《春の目覚めの少女》の最期の一撃よ。私以外の誰かが、何処かの遺跡にあった兵器を起動させたんだわ」


 辺り一面の艇を焼き尽くした威力を思い出し、涼が息を飲む。この星が有する手段で、確実に有効打を与えられるのは、古代兵器による攻撃しかなかった。その攻撃の終わりには、共通して飛翔する翼が残る為、判別もしやすい。

——その翼、人々の希望を天へと運ばん。


「天を貫いた兵器だったから、あれも大砲か、弓か、その辺りだったのかもしれないわ。私たちも、教育を終えると、危機分散の為に星の各地に配置されるから、誰が起動したかまでは分からないんだけど」

「……どうして」


 涼が呟いた言葉に、アリアは首を傾げる。ヴィアードが代わりに、涼の目線を壁に向けさせた。文字を淡々と読むようにして、ヴィアードは教義を語る。


「人間が死した際、人魂が肉体を離れる。人魂は、人間の最期の思いを抱いている。古代兵器は、人魂を動力として起動する。人魂には人間が残した最後の力が込められていて、常人には扱えないが、視界に映らぬ莫大な力を秘めている。しかし、それを扱うのも又、強大な器を必要とする」


 万物において、強大な力には強大な反動があると、彼は言葉を続ける。


「《春の目覚めの少女》は、古代から続く兵器の起動を担う血統だ。古代兵器と人魂を繋ぎ、媒介者として導線となる。その血を継ぐ者だけが、兵器の起動に人魂を利用でき、敵を殲滅するまでの間、自らの身を苛む力に耐えられる」


 絶句した涼を見て、アリアはそっと言葉を添えた。


「……まぁ、簡単に言うと、他の人に比べてちょっと身体が丈夫なの。人魂が自分の中を通るのって、たくさんの人の思いの塊が肉体を通る……というような感覚だから、強烈なのよね。他の人たちは起動までとても肉体が保たないけど、私たちは少なくとも起動から発射までの間くらいは、保つのよ。でも、私たちも無理をしているのに変わりはないから、最後は反動に耐えきれずに死ぬ。起動した以上、何の攻撃も出来ずに死ぬなんて嫌だから、何とか成功させたいと我慢比べをするようなものね」

「アリア」


 蒼白な顔で名を呼んだ涼に、アリアは笑んでみせる。口にしなくていいと涼が告げているのは分かっているが、ここまで知られた以上は、自分の言葉で説明したかった。涼がアリアたちの死に際を聞いて苦しむのは明白だったから伝えたくなかったのになと、アリアは自嘲する。


「大丈夫よ——血統も、今はかなり血が薄れてしまって、子であっても必ず素質があるわけじゃないし、起動できても保たない子もたくさんいるらしいわ。実際、今まで古代兵器を起動させた歴史はあまりないから、今回やってみて実際は……という結果も、多かったかもしれないわね」


 アリアとて、例外ではない。昔、《聖堂》で小型の道具や兵器を使い、起動のテストをされたことはあるが、古代兵器を相手に必ず成功するとは誰も言い切れなかった。

 少しの間、地下には沈黙が落ちる。やがて、低い声が響いた。


「……おかしいよ、そんなの」


 視線を上げた涼が、強く眉根を寄せて、強い口調で呟く。


「何かの成果を得る為に、誰かが犠牲になるのを、どうして誰もおかしいと思わないんだ? 少し耐えられるからとか、そんなことで教義になって、何の疑問も持たないなんて……そんなのは、おかしいだろう。他に道はたくさんあったはずだ。どうして、思考を閉ざして、そんなものに従い続けてるんだ?」


 何処にも向けられない怒りが燻り、涼にしては珍しく口調が乱れている。アリアが驚いて声を掛けようとすれば、ヴィアードが先に答えていた。これもまた珍しく、ヴィアードから明確に涼に尋ねたい意思があるのだと感じる。


「お前がそう考える方が、私には興味深い」

「そう、なんですか?」

「この星に生き、生まれ落ちた時から教義が真であると教えられれば、疑念を持つ者は少ないはずだ。歴史が証明した《春の目覚めの少女》が戦うという、絶対の真理を疑う理由がない」


 もしくはと、アリアは考える。もし、教義に異を唱える者がいたとしても、流れる歴史の中で密やかに排除されてきた可能性はある。臭い物には蓋を。都合の悪い真実は隠蔽を。そうしてアリアが古代兵器を有さない僻村に配置されたのは、他の者たちに比べれば圧倒的に扱いにくく、ネルドラドのような大都市で教えを乱されれば問題になるからだと、今のアリアは理解していた。


「——お前は記憶がない。故に、先入観もない。お前をお前たらしめているのは、その要素もあるのだろう」


 しかし、と、ヴィアードの銀の瞳が、涼の黒い目を覗きこむ。深淵に引きずられるかのような、相手の網膜まで覗き込む視線だった。


「お前の思考の根源が、何処で、何により培われたのか。故に、何を是とするかが、興味深い」


 息を飲んだ涼との間に、アリアはゆっくりと割って入った。


「はい、そこまで。別に涼くんが、何処で育とうとも、何を教えられてきたのかも、私にとってはどうでもいいの。涼くんは涼くんよ。それに、涼くんがおかしいって言ってくれるなら……」


 ふわりと、アリアの周囲に翠の光が浮かび上がる。はっと目を見開くと、地下の空間には次々と人魂が漂い始めていた。

 やがて、光たちは女神像を取り囲み、彼女の姿が照らされる。動かぬ石像だったそれが、幻像となりアリアたちの前に現れた。


『——アリア、よくこの地を訪れてくれました。これも神のお導きでしょう』


 アリアは小さく舌打ちをしたい気分だった。


「神なんかの導きじゃなくて、ただの偶然! 私は来たくて来たわけじゃないわよ。あんたは——ご先祖様、というところかしら」


 一歩前に踏み出し、女性に相対する。いかにも物柔らかそうな相貌を持った女性は、懇願するかのようにアリアに語る。


『長らく、私たちはこの地と星を守ってきました。人魂となっても、その思いが尽きることはありません。けれど、私たちにはもう、彼らを起動するだけの肉体がありません』

「そうでしょうね。死んでるんですもの。残念ね」

『あなたがどう思おうとも、それが私たちの役目なのです、アリア。誰も定められた使命からは逃れられないのです』


 アリアは奥歯を噛み締めて、女性を睨みつけた。


「どうかしらね。私は、逃げるわ。逃げて逃げて——そんな使命なんて、絶対に果たしてなんかやらない」

『アリア、お願いです』


 女性はアリアを見つめ、


『お願い、アリア。この街を守って。私たちが守ろうとした、この星と星に生きる者たちを守ってください。残っているのは、貴方だけなのです』

「……嫌よ」

『何故、使命を放棄しようとするの? 《春の目覚めの少女》はその為にいるのよ』

「違うわ。私はアリアよ。そして、私は、使命の為に生きているんじゃない。私は……私は、世界でたったひとり、涼くんの為なら死ねる。けれど、世界とか、星の住民とか、そんなものの為に死んでやれる命なんかない!」


 おかしいと涼が言った。その言葉をよすがにアリアは声高らかに叫べる。すると、女性は深く失望した目に変わった。


『アリア……』


 翆玉の集まりが霧散し、地下の空間に消えていく。かつん、と靴音が響いたのはその時だった。


「なに、今の……」


 聞き覚えのある少女の声。一瞬目を見開いたアリアは、相手を予想してゆっくりと振り返った。

 肩のあたりで揺れる茶色の髪、いつもは明るい表情。昨夜語った相手を前に、アリアは心を鉄鋼で固めて相対する。

——何があっても、傷つかない。

 そう覚悟を決めて、名を呼んだ。


「――ジェシカ」


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