1.
――いい気味って、こういうことかしら。
村が燃えている。赤黒く燃え立つ炎が家屋を飲み、煙と灰に塗れる村の姿を、アリアは山から見下ろしていた。
オイル臭い風が、肩で二つに結んだ髪を叩く。焼けた樹々の臭いも生き物の脂の臭いも混じり、妙にべたつく感触を残して吹き抜けていく。渦巻いた炎は風に煽られ、夜空に立ち上った。
風の行き先を追い見上げた夜空には、紫がかった黒色のガスが幕を張り、鉄鋼の艇が汚い空を覆いつくさんばかりに蔓延っていた。どす黒い雲と艇に支配された空には、月も星も輝きはしない。
艇からは、今も次々と投げ捨てられる機械の物体、《魔弾》があった。この惑星の大地へと吸い込まれていく《魔弾》は、人ひとりほどの大きさをしており、地に着く前に空中で破裂する。周囲の大地に油に似た濁った液体を撒き散らすと、次いで、閃光のような白い炎を放った。事前に撒かれた液体は炎の勢いを高め、瞬時に広範囲に火炎を生む。この不可思議な液体で発火した火炎は水で消化が出来ず、放たれた炎が燃え尽きるまで、人々は逃げ惑うしか道はない。
だが、残された手段を用いて、抗おうとする者はいた。
村の更に南に位置する大地から、炎とは対極的な翠の球体の光が見える。道に迷うように宙を漂う翆玉は、何かに導かれるように一点に集結し始めた。翠の光は山の上からでも見える、大きな一つの円形に広がる。
やがて集まった翆玉たちは、眩い緑の一閃となって大地から夜空へと突き抜けた。一瞬の明滅の後、天へ到達した一点は、光を放射して円状に拡げる。光の円に飲み込まれた途端に、鉄鋼の艇たちは爆発して黒い炎を上げた。連鎖するように破壊される艇は拡がり、次々と爆炎を上げると、夜空にあった艇の光は消失していく。
アリアは細めた目で空を見つめる。凄まじい高温で全てを焼き払い、空域を支配した緑の光は、まるで翼を広げた飛翔する鳥の姿となり、艇の消えた空を陣取った。雲が晴れ、刹那の時だけ、かつての美しかった青の空を思い出させる。まるで最初から艇など存在しなかったかのように。
しかし、次の瞬間には再び鉄鋼の艇が次々と現れて、金の光を放つ。光彩の強い金の光に追いやられ、翠の翼は明滅した後に夜空から霧散して消えて行った。
――うまくいくわけないのよね。
アリアは酷薄な気持ちで、内心で吐き捨てた。どんな兵器だって、うまくいかないに決まっている。船を数十隻撃滅させたところで、こうしてすぐに補充が行われてしまう。被害が増える一方で、彼らが惑星の空を陣取る未来は変わりはしないのだから。
惑星の大都市を燃やし尽くし、とうとう鉄鋼の艇で乗り込んできた彼らは、こんなに小さな山間の村にさえ、標的として狙いを定め始めている。
アリアが見下ろす間にも、山間の村はあっという間に黒煙に包まれて、灰と化していった。
「ざまぁみろ! とも言えるわね」
アリアは呟いて、乱れた髪を耳に掛けた。唇が変に乾燥する。けれど、舌で舐める気にはなれなかった。
艇からは、また《魔弾》が投擲される。
——徹底的に燃やし尽くすつもりなのかしら。
アリアは予想したが、それらは破裂することなく大地に到着し、土の抉れる凄まじい音が山間に響いた。
——燃えないの?
目を凝らしてみても、闇の中に落ちた《魔弾》の姿は、アリアには捉えられない。不発弾かしらと思考を巡らせた時。
「アリア!」
アリアの背後で、草を踏む足音と、青年が自らの名を呼ぶ声が聞こえてくる。低く、優しく、鼓膜を撫でるように響く声だ。アリアは彼の声ならば、いつ何時でも聞き分けられる自信があった。
振り返れば、青い光を帯びた黒髪を揺らした青年、涼の姿がそこにある。十八歳の青年は二人分の荷袋を背負い、アリアに手を差し伸べた。
「行こう」
鍬を握り、畑を耕し、アリアと共に本を捲ってきた、細く筋張った男の手であった。青年の掌を見つめ、アリアも自分の掌を重ねる。
「ええ」
アリアの日に焼けていない肌を、涼の手が包む。暖かく心地が良い。ぎゅっと強く手を握った二人は、燃え盛る村の景色から逃げるように、薄暗い森の中へと走り出していった。