表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

その無敗のヒーローは水の刃を使う

作者: フリードリヒ・ハラヘルム・タダノバカ

 無敗のヒーローがいる。


 その名を『ウォーターマン』。由緒ある万年筆メーカーに同名のものがあるらしい。が、ヒーローでは意外にも彼が初めてで、名前かぶりはしていないのだという。ちなみに本名は知らん。


 彼はヴィランに対して負けたことがないという。それでいて、彼が闘った敵はすべて命を取られることなく、生きている。改心したとかいう話もチラホラ聞いたことがある。


 相手を傷つけずに、しかし必ず勝つ。そんな素晴らしげなヒーローなのだ。


 俺も無敵のヒーローを掲げている。名前は『カンピシ』だ。是非ウォーターマンと闘ってみたいという願望がある。ちなみに本名は『山本おさむ』である。


 ヴィランと闘うためにヒーロー同士で模擬戦を行うのはよくあることだ。ウォーターマンと拳を合わせたヒーローも、もちろん何人もいるはずだ。


 しかし不思議なことに、ウォーターマンがどんな技を使うのか、誰も知らない。


 いや知らないわけはないだろうと思うのだが、誰も口にしないのである。


 その謎に包まれた技を確かめたい思いもあって、遂に俺はウォーターマンとの模擬戦を取りつけた。




「私がウォーターマンだ」


 そう言って俺の前に立ちはだかったのは、どこにでもいるようなオッサンだった。白ワイシャツにスラックス姿で、ふつうのサラリーマンと形容しても過言ではない。


「あなたが無敗の……」

 見た目に騙されないよう、俺は油断を抑え、言った。

「なるほど……。およそヒーローらしくない格好でまずは相手の油断を誘っているのですね」


「そんなつもりはないぞ」

 ウォーターマンは豪快に笑った。

「ただ、ヒーローとは派手な格好をするものだという常識が私にはないだけだ。はっは!」


 そんなまさか……。こんないかにも社会常識にうるさそうなオッサンが……? と思ったが、黙っていた。


「キミはいかにもヒーローといった格好をしているね」


 ウォーターマンが言う通り、俺は中国の戦国武将を模したヒーロースーツを着ている。左腕には盾を装着している。

 この盾こそが俺の最大の武器だ。コイツはどんな攻撃でも吸収し、それをそのまま相手にお返しする。

 おまけに一度吸収した技は自分のものとして使える、我ながらチート級の武器である。


 模擬戦場は人里離れた山の中。観客などは一人もいない。

 ヒーローは己の技をそう易々と人目にさらすものではない。ゆえに、むしろ模擬戦場の周囲には誰も入らないよう、電撃の柵が張り巡らされている。


 ウォーターマンが言った。

「さぁ、それでは始めようか。いつでもいいよ?」


 俺は挑発した。

「こちらこそ。いつでもいいですよ? あなたが得意とする『水の刃』をどうぞ」


 そう、ウォーターマンの必殺技の名前だけは知れ渡っていた。


『水の刃』──おそらくは水を自由自在に操る類いのヒーローなのだろう。しかし水をどのように使えば敗北を知らぬヒーローとなれるのか、そこに俺の興味はあった。


「いいのかい?」

 ウォーターマンが笑う。

「私に攻撃させて、ほんとうにいいのかい?」


 ウォーターマンの手が、ゆっくりと動く。


 俺は生唾を呑み込んだ。


 どんな攻撃が来ようと、俺にはこの盾がある。

 無敗のヒーローの『水の刃』を吸収し、俺のものにしてやる。


 そして俺は無敵かつ無敗のヒーローを名乗るのだ!


「技を見せる前に、ひとつ言っておこう」

 ウォーターマンが既に勝利したような笑いを浮かべ、俺に向かって言う。

「私は負けたことがないが、相手を傷つけたこともない。自分のことをとても平和な戦士だと思っているよ」

 ウォーターマンの手の動きが、少し早くなった。

「たわいのない、まるで小学生が考えつくような技こそ、もっとも強く、そしてもっとも平和的なのだ」


 ウォーターマンの手が、スラックスの前のチャックに触った。

 いや、待て……。そこをなぜ開く?

 開いたズボンの前のチャックの中から、神々しいほどの光が溢れだした。……これは!?


 ウォーターマンが、そこから自分のちんちんを取り出した。そして、唱える。


「水の刃!」


 めっちゃ黄色い水が、刃となって──








 意識を取り戻すと医務室のベッドの上だった。


 記憶が飛んでいる。確か、俺はウォーターマンの『水の刃』を見たはずだ。しかし、どんな技だったかを思い出すことができない。よほど恐ろしい技だったのか、心が記憶から追い出そうとしているように──


 盾で吸収したかもしれない。しかし確認すると、吸収していなかった。よほど吸い込みたくないものだったのだろうか──


 体には傷ひとつなかった。俺は何をされたかもわからぬままに、負けたのだ。


 しかし、確実に俺の体が覚えていることが、ただひとつだけあった。



 あれは、ホラーだった。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
恐ろしい……ホラーでした。 これは、夜一人でトイレ行けなくなる奴ですね
ずっと、、、 新着短編ホラーを読んできて…ついにここへ辿り着きました。 うん。 一味違うホラーにびっくりしただよ。
ぶははははははははっ、変態だ!変態がいる! 水の刃!じゃないよ!? ウォータースピアかスプラッシュニードルだ! まあ、横凪ぎにしたらカッターかも知れないけど。 とりあえず、ウォーターマンと一対一はダ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ