その無敗のヒーローは水の刃を使う
無敗のヒーローがいる。
その名を『ウォーターマン』。由緒ある万年筆メーカーに同名のものがあるらしい。が、ヒーローでは意外にも彼が初めてで、名前かぶりはしていないのだという。ちなみに本名は知らん。
彼はヴィランに対して負けたことがないという。それでいて、彼が闘った敵はすべて命を取られることなく、生きている。改心したとかいう話もチラホラ聞いたことがある。
相手を傷つけずに、しかし必ず勝つ。そんな素晴らしげなヒーローなのだ。
俺も無敵のヒーローを掲げている。名前は『カンピシ』だ。是非ウォーターマンと闘ってみたいという願望がある。ちなみに本名は『山本おさむ』である。
ヴィランと闘うためにヒーロー同士で模擬戦を行うのはよくあることだ。ウォーターマンと拳を合わせたヒーローも、もちろん何人もいるはずだ。
しかし不思議なことに、ウォーターマンがどんな技を使うのか、誰も知らない。
いや知らないわけはないだろうと思うのだが、誰も口にしないのである。
その謎に包まれた技を確かめたい思いもあって、遂に俺はウォーターマンとの模擬戦を取りつけた。
「私がウォーターマンだ」
そう言って俺の前に立ちはだかったのは、どこにでもいるようなオッサンだった。白ワイシャツにスラックス姿で、ふつうのサラリーマンと形容しても過言ではない。
「あなたが無敗の……」
見た目に騙されないよう、俺は油断を抑え、言った。
「なるほど……。およそヒーローらしくない格好でまずは相手の油断を誘っているのですね」
「そんなつもりはないぞ」
ウォーターマンは豪快に笑った。
「ただ、ヒーローとは派手な格好をするものだという常識が私にはないだけだ。はっは!」
そんなまさか……。こんないかにも社会常識にうるさそうなオッサンが……? と思ったが、黙っていた。
「キミはいかにもヒーローといった格好をしているね」
ウォーターマンが言う通り、俺は中国の戦国武将を模したヒーロースーツを着ている。左腕には盾を装着している。
この盾こそが俺の最大の武器だ。コイツはどんな攻撃でも吸収し、それをそのまま相手にお返しする。
おまけに一度吸収した技は自分のものとして使える、我ながらチート級の武器である。
模擬戦場は人里離れた山の中。観客などは一人もいない。
ヒーローは己の技をそう易々と人目にさらすものではない。ゆえに、むしろ模擬戦場の周囲には誰も入らないよう、電撃の柵が張り巡らされている。
ウォーターマンが言った。
「さぁ、それでは始めようか。いつでもいいよ?」
俺は挑発した。
「こちらこそ。いつでもいいですよ? あなたが得意とする『水の刃』をどうぞ」
そう、ウォーターマンの必殺技の名前だけは知れ渡っていた。
『水の刃』──おそらくは水を自由自在に操る類いのヒーローなのだろう。しかし水をどのように使えば敗北を知らぬヒーローとなれるのか、そこに俺の興味はあった。
「いいのかい?」
ウォーターマンが笑う。
「私に攻撃させて、ほんとうにいいのかい?」
ウォーターマンの手が、ゆっくりと動く。
俺は生唾を呑み込んだ。
どんな攻撃が来ようと、俺にはこの盾がある。
無敗のヒーローの『水の刃』を吸収し、俺のものにしてやる。
そして俺は無敵かつ無敗のヒーローを名乗るのだ!
「技を見せる前に、ひとつ言っておこう」
ウォーターマンが既に勝利したような笑いを浮かべ、俺に向かって言う。
「私は負けたことがないが、相手を傷つけたこともない。自分のことをとても平和な戦士だと思っているよ」
ウォーターマンの手の動きが、少し早くなった。
「たわいのない、まるで小学生が考えつくような技こそ、もっとも強く、そしてもっとも平和的なのだ」
ウォーターマンの手が、スラックスの前のチャックに触った。
いや、待て……。そこをなぜ開く?
開いたズボンの前のチャックの中から、神々しいほどの光が溢れだした。……これは!?
ウォーターマンが、そこから自分のちんちんを取り出した。そして、唱える。
「水の刃!」
めっちゃ黄色い水が、刃となって──
意識を取り戻すと医務室のベッドの上だった。
記憶が飛んでいる。確か、俺はウォーターマンの『水の刃』を見たはずだ。しかし、どんな技だったかを思い出すことができない。よほど恐ろしい技だったのか、心が記憶から追い出そうとしているように──
盾で吸収したかもしれない。しかし確認すると、吸収していなかった。よほど吸い込みたくないものだったのだろうか──
体には傷ひとつなかった。俺は何をされたかもわからぬままに、負けたのだ。
しかし、確実に俺の体が覚えていることが、ただひとつだけあった。
あれは、ホラーだった。