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第四話 アイドルは身元不明!?

 そんなこんなで加藤未徠(かとうみらい)は、一宮市でも有名な大きな病院の救急外来から一回は離れ、スマホでアメリカにいる両親に電話をかけることとなった。


 理由は勿論、店子の森村一愛(もりむらいちか)の事である。

 彼女が家賃を滞納して倒れて病院に担ぎ込まれた事を、元の大地主の両親に話しておく必要があると思ったのだ。それと、一愛の両親がどこでどうなっているかもわからない、こういう場合はどうやって家賃を取り立てればいいのかを、聞く必要があるとも思った。

 そういうわけで、一階の受付前の待合室を横切り、ガラスの自動ドアで覆われた玄関の、巡回バスを待つためのベンチの所に腰をかけて、未徠は父親のスマホへの電話番号を押した。


 程なく、父親--加藤大治(かとうだいち)は電話に出た。大治と書いてダイチと読む。そして先祖代々の大地主。名付け親の祖父のネーミングセンスは洒脱なのかダジャレなのかよくわからない。

「あ、父さん?」

「未徠か、どうした?」

「どうもこうも……」

 未徠は、一瞬、父親を責め立ててまくしたてたい衝動に駆られたが、アイドルがアイドルゲームに家賃を全額突っ込んだ事については、父のせいではないことに気がついて、やめておいた。


「俺、今、病院にいるんだけどさ」

 未徠は、そういう話し方に切り替えた。

「病院! 一宮のか? どうしたんだ、一体」

 のほほんとしていた大治の声が一挙に変わる。

「ああうん。俺じゃなくって、桃の木荘の一階の、女子高生が倒れたんで付き添いしているんだけど」

 未徠は慌てた口調でそう断った。

「はあん!?」

 大治の声が裏返っている。

 未徠は、焦らずに順番に事と次第を父親に報告した。父親であり、先代の地主で仕事を引き継いだ相手だ。

 大治は時々問い返したりもしたが、彼らしく飲み込みは早く、状況はすぐに把握出来たようだった。


「熱中症かな……栄養失調起こしてないといいけれど」

 大治は一愛の事を心配しているようだった。

「それでさ、父さん。俺、桃の木荘の一階の女の子については、女子高生だって聞いていたし、書類の上でもそうなっているんだけど、本人は学校に行ってなくてアイドルだって言うんだよね。それに、本人の親と全然連絡つかないんだけど、これ、どうしたらいいんだ?」

 未徠の言葉に、大治はこう答えた。

「それは俺にもどうしようもないなあ」


「どうしようもないって、父さん……」


「いや、父さんの前には、女子高生って言っていたんだよね。女子高生兼アイドルですっていうことで、アイドル事務所のお兄さんと一緒に入居手続き取ったんだよ、彼女」

「え、ちょっと待って。親は?」

「知らん」

「学校は? 未記入なんだけど」

「知らん」

「どういうこと!!」

「いや~、入居代ですって言って、7桁を軽くぽんと積まれちゃってさ~」

「はい!? 入居代って、何それ。敷金とか礼金とか、そういうこと?」

「それとは別」

「……」


 未徠は、桃の木荘に限らず、一宮一帯のあちこちにアパートだのマンションだの駐車場だのと、大治の残した不動産を、全て受け継いで管理している身である。だから、敷金や礼金や手数料などについては、一通りの知識はあったが、「入居代」で「ぽんと七桁」など聞いた事が……ない。

 似たような事象に遭遇した事はあったが、それはここまで怪しげな話ではなかった。少なくとも身元不明者ではなかった。

 身元不明。

 そういうことになるんじゃないだろうか。

 岡田一愛は、今のところ、身元不明年齢不詳の自称アイドルだ。

 日頃は何をやって生きているのか、分からない。


「ちょっと待って父さん。その7桁の金で、もしかして……」

「ああ、うん。その頃、望美の結婚式の披露宴の事とか、こっちでの入居とか色々あって、物入りだったんで、渡りに船だったんだよね」

「その7桁どこいったんだよ!」

「あっという間に消えたなあ。アメリカへの渡航で……」

「…………」


 今度は未徠が事態を把握して、沈黙し、その後、深々とため息をついた。

 どういうことかというと。


 未徠の3歳年上の望美が、アメリカ人と結婚したのである。今年の春先に。

 アメリカ人は仕事の関係で、暫く日本で勤めていたのだが、ふとした表紙に望美と知り合って忽ちフォーリンラヴ。将来を言い交わす仲となった。

 で、そのアメリカの男性が、このたび無事にカリフォルニアの本社に帰る事になり、望美を連れて行く事になったのである。

 そこで何がどうなったのか、父大治と母洋美が思いついたように、一緒にアメリカに行くと言い出した。未徠が反対して止めたのだが、どうも、アメリカンにドリームを持っていたらしく、というよりも--365日管理人室に居座りっぱなしで旅行にも行けない大地主の生活に苦を感じていて、元々転職したかったらしい。

 そこに、姉の結婚でアメリカに行って、人生を最初から大地主人生とおさらばしてリセットしたかったらしいのだ。夫婦そろって。

 だが、未徠は反対した。

 地味で根暗で真面目な事が第一の取り柄で何事も黙ってコツコツやることに魅力を感じ、陰気なコミュ障で、陰キャという言葉に激しい憎しみと同時に共感を覚える未徠。


 その真逆の望美と、アメリカンにドリームな両親の持つ、アメリカへのイメージには、反逆と撤退以外何も感じなかったのである。

 必死に、両親のどちらかだけでも日本に止めようと思ったのだが、二人とも、セントラルパークででかいハンバーガー食べる事ばかり考えて(行き先はカリフォルニアだが、両親は、アメリカには時差の距離があることを理解出来ていたか……?)、ちっとも言う事を聞いてくれなかった。


 ちなみに、望美の旦那のアメリカンに関しては、「熱い! 眩しい! 合理! ゴリ押し! 距離感なし!!」という感じで、未徠と意志の疎通は極めて難しかったとだけ書いておく。

 その旦那と対等以上に渡り合える望美という姉に関しては、同じ親から生まれて同じ苗字だという以外は、何の接点もない人格者だとしか言いようがない。


 で、いくら大地主で金持ちだとはいえ、アメリカへの渡航費用や、そちらでの当分の間の愉快なニート生活に関しては、どうやって算段を立てるのだろうと気にしていたが、まさか、そこで「不審な7桁ポン!」があったとは……。


「使っちゃったのかよ、金……」

「これがわりと、あっという間に。まあ今の所は何とか生活出来てるよ」

「働いているのか?」

「バイトばっかりだけど、まあぼちぼち。母さんとね」

 

 父の金は父の金で相当の金額があることは、知っている。自分が、父から大地主の仕事を引き継いだ以上。貯金だけで相当な額だろう。

 ちなみに、未徠は大学時代から実家を出て、今暮らしている桃の木荘に引っ越しているのだった。

 きらびやかなマンションや、賃貸住宅も、両親は持っていたが、未徠は、昔ながらの2LDKで片方畳部屋の桃の木荘の間取りを気に入っており、微妙に平成か、下手をしたら昭和のテイスト漂う部屋で、こたつテーブルにくっついてまったりするのが好きだった。


 両親が、アメリカで遊んで暮らせる程度の金持ちではあるんだが……。


「それじゃ、金を返して、アイドルの子も返品って訳にいかないじゃないか」

 ぶっちゃけ、それしか方法がないと未徠は思っていた。

「未徠、そんな悪い事を考えていたのか?」

「だって、しょうがないだろ。アイドル事務所って言ったって、何の事務所なんだよ!」

 未徠は既に半泣きだった。アイドルといったって、風営法的に問題ある、とんでもない事務所だったらどうするんだ。

「何って……普通のアイドル事務所の名前だったけど?」

「そこの事務所は確かなのか!」

「だって、キーフラワーだよ?」

 大治は、愛知県地元だったら知らぬ者はない、その名前を言ったのだった。

「キーフラワー……?」

 家に帰ったらもう一度、書類をよく見なくてはと思う。どこで見落としたんだろう。


 ヤバい。本当に、アイドルだ。森村一愛は、アイドルだ。


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