1.第1話「幼き日の夢」(1)
我々のいる世界とは異なる世界「シュメルツファウスト」。
この世界には多種多様な種族の人々が生きている場所。
またこの世界は昔、モンスターが蔓延っていた。
しかし現在モンスターは絶滅の危機となっている。
なぜなら、この世界の人々がモンスターを倒すために強くなったからだ。
この物語はそんな世界で生きている一人の若者の物語である。
一人の男性は目の前で起きた光景を見て目を丸くする。
男性の名は"トライヴ・マキシアス"というただの町人だ。
トライヴの視線の先で、筋肉質で巨体な男が目の前のバイクをぶん殴る。
そして殴った腕はバイクの表面に穴を開けて突き破り、内部に入っていった。
バイクに乗っていた悪党は唖然とする。
巨体の男は腕を抜くと同時に後方へ飛んだ。
そして近場にいた二人の女性を庇う。
次の瞬間、バイクは爆発して乗っていた悪党は情けない叫び声を上げながら空の彼方まで飛んで行ったのだった。
その光景を見た悪党の手下たちも、乗っているバイクを走らせて退散していったのだった。
以上の光景をただ傍観していたトライヴ。
終始唖然としていたが、それと同時に脳裏にはもう一つの感情があった。
(「カッコイイ・・・。」)
自然と少しだけ口角が上がった。
それから二日後の1月23日。
トライヴは変わらず住み続けている「ホゼミコロ」という町に居る。
そして彼は、"いつか迫り来る世界の脅威"を退治しに行ったあの時の巨体の男のことが頭から離れずにいた。
あの時の強くてカッコイイ男の姿を見たときから、彼はあの時の興奮が脳裏に焼き付いてしまったのだ。
というのも、彼は小さい頃に「強い勇者になりたい」という子供らしい夢を持っていた。
しかし大人になって現実を突きつけられた彼はいつしかその夢を投げ出してしまった。
だが、だからと言って嗜好までは捨てられないであろう。
彼は今でも心の奥底では「勇者になりたい」と想っているのだろう。
トライヴは木こりの仕事をしており、斧を使って木を切っていた。
これが彼の仕事である。
町のための大事な仕事であるため、地味ながらトライヴは自身の立ち場に満足していた。
そして今日も平凡な一日で終わるのだろう。
そう思っていたトライヴだった。
切った木々を町へ運ぶトライヴ。
すると町の中央にある広場の方が騒がしいことに気付き、足を向ける。
広場に人だかりが出来ているのを発見し、トライヴは近付いた。
人ごみをかき分けて行くと、その先には町長と他数名の町人が一人の女性と話をしていた。
女性は地味な色のローブを羽織っており、余所者のようだ。
「どうしたのですか?」
トライヴが近くにいた町人に聞く。
酒屋を営んでいるファッジという男性だ。
「悪党に追われてこの町に逃げ込んで来たらしい。」
ファッジは説明を終えると再び女性の方を見る。
女性は町長と話しており、どうやら彼女にとってあまり好ましい状況ではないようだ。
というのも、町長としてはなるべく問題を抱えたくないからだろう。
町を守るためには仕方のないことだ。
しかし女性の暗い顔を見て胸が締め付けられるトライヴ。
彼は見ていられなくなり、その場を離れるのだった。
それからトライヴは仕事を終えて、町長のもとへとやって来た。
先程のことを聞くためだ。
町長は壁にかかっている絵を眺めながら女性の処遇を話す。
「三時間の滞在を許したよ。 つまりついさっき町を出て行ってもらった。」
町長は静かにそう言った。
町長の気持ちを理解しているつもりのトライヴは反論なんぞはしようとはしなかった。
だが口は開き始める。
「彼女は一体どこへ・・・?」
トライヴは女性の行き先を聞いた。
すると町長は少しの間沈黙した後、言葉を発する。
「彼女は故郷『シェンチス』へと向かっていたらしく、その道中で悪党たちに目をつけられたようだ。」
その言葉を聞いてトライヴは驚きを隠せなかった。
なぜなら「シェンチス」とはここから向かうとなると数日、下手をすれば数週間もかかっていしまう距離にある町だったからだ。
「無事でいられるハズがない・・・!」
トライヴはそう言うとすぐに踵を返して入って来た扉から出ようとする。
そこを町長の言葉が止めた。
「君が行ったところで、どうにかなる問題じゃないだろう。」
町長はトライヴの背中を見ながら冷静にそう言い放つ。
その言葉を聞いてトライヴの身体は固まった。
扉の取っ手を右手で掴んだまま動かなくなった。
彼女を助けたいトライヴだったが、自身の力がどこまで通用するか分からないことも事実で自覚していること。
彼は歯を食いしばって悔しそうにしていた。
だが、しばらくして彼の後ろからとある言葉も飛んで来た。
「それはそうと君に頼みたいことがあるんだ。 遠い場所で悪いのだが、『シェンチス』の名産品を何でもいいから買って来てくれないだろうか。」
町長は普段通りの声色でトライヴに頼み事をする。
それを聞いたトライヴの顔色が変わった。
少々驚いた顔を見せた後、ニヤリと笑う。
「・・・分かりました!」
トライヴはそう言うと元気良く扉を開いて出て行った。
そんな彼の姿を見て少しだけ口角が上がる町長だった。
トライヴは旅の支度を終えると、急いで町を出るのだった。
長旅になることを予想して被り物とマントを身に付けて、腰には武器として短めの剣を装備している。
唐突なことであったため少々支度に時間がかかってしまった。
女性が町を出て一時間は経過したであろう。
そのためトライヴは若干焦っている。
トライヴは特別あの女性に思い入れなどがある訳ではない。
ただ単に「一人では危険」という心配から護衛を志願しただけである。
一見すると凄いお人好しに思える行為だが、トライヴにはそうさせる動機があった。
実はトライヴは孤児であり、幼い頃に見知らぬ旅人によって助けられて「ホゼミコロ」で生活をし始めることができた過去があった。
その旅人はまさに"正義の味方"と呼ぶに相応しい存在で、トライヴの憧れの存在でもあり、今でも尊敬している人物なのである。
そのためトライヴは幼い頃から人一倍正義感が強いのだ。
特に自分の力ではどうしようもないことに対して困っている人を放っておけないのである。
それが今回、彼が動いた理由だった。
トライヴは町長から「シェンチス」へ向かうための大体の移動ルートをメモに書いて、それを見ながら移動している。
道中、たまに旅人が通りかかるのでその度に頭を下げて挨拶をした。
それから数十分後、ついに最初の通過場所である町へと着くのだった。
トライヴは買い出しなどでこの町に来たことがあり、ここが「ソレウ」という名の町であることも当然知っていた。
町並みは「ホゼミコロ」に比べて通行人が多く活気があり、市場などが周りに並んでいる。
あの女性は悪党に追われていると言っていたため、もしかしたらこの町に滞在して身を隠しているかもしれないと思うトライヴだった。
しかし人の数が多いため、この中から探すのはとても骨が折れることだろう。
さらに、もし滞在していなかったら骨折り損である。
だが、この場合はいない可能性よりいる可能性を信じる方が良いと判断し、トライヴは町中の捜索を始める。
いた場合、いない可能性を信じて次の町に行ったらそれこそ面倒臭いことになるからだ。
市場などで女性の特徴を聞くトライヴ。
しかしどこの市場に聞いても目撃情報は出てこなかった。
そのため今度は通行人に聞き込みをするトライヴ。
すると今度は進展があった。
「あっちから歩いて来たんだけど〜、その途中で見かけたようなぁ〜・・・。」
のほほんとした喋り方で話す亀の獣人である通行人。
歯切れが悪い返答をするが、少しでも情報が欲しかったトライヴには助かる返答だった。
さっそく指された方向に向かい、裏通りのような場所を歩き回る。
しかしやはりそう簡単には見つからないのが現実だ。
通行人もあまりいないようなので、聞き込みもあまりできなかった。
トライヴも流石に疲れてしまったため、少し休憩をすることにした。
下に別の道が見える橋の上で、手すりに寄りかかる。
そしてため息を吐いた。
ふと下に見える道を眺めていると、複数の人物がこちら側に歩いてくるのが見えた。
五人の男性が三人の女性を囲うような感じで歩いている。
その団体をトライヴはしばらくボーッと眺めていた。
だがトライヴは女性の内の一人を見た瞬間、目の色を変えた。
なぜなら、その女性こそがトライヴが探し続けていた"あの女性"だからだ。
団体が橋の下に入って行き、見えなくなる。
トライヴはすぐに反対側へ移動した。
そして、やがて姿を現す団体を待つ。
だが数秒ほど待っても団体は姿を現さなかった。
不思議に思ったトライヴは再び反対側へ移動して下を見る。
だがやはり団体はいなかった。
まるで橋の下で姿を消したように。
トライヴはしばらく考えた末、強硬手段へ出た。
橋の手すりに上った後に、壁にある物などに掴まったり足をかけたりして下へと下りていく。
そして橋の下の道へ着地した。
トライヴはすぐに橋の下を調べ始めた。
すると橋の下には謎の階段があり、おそらくここから下へ下りていったのだろうと推理する。
トライヴは足音を立てずに慎重になりながら一段一段ゆっくりと下りていくのだった。