第02話 soreha、ikari?
[遅いぞ、オーディナル。三秒、いや一呼吸分遅刻だ。衰えた貴様に合わせて殺そうと思っていたが、どうやら目論見が外れたようだな。」
男は仮面越しに、呟いた。男、そうくぐもっているが男の声だ。
口元のみ空いた被るタイプの仮面をつけている男だった。
どこかで聞いた声しかして引っ掛かるだけで思い出せない。
それを読んだ様にあるいは私の様子から察したように男は言葉を紡ぐ。
「そうか、思い出せないか、しかし無理もあるまい、多くの者を殺し辱めてきた貴様ならば、私ごときの声を覚えていなくとも。だが、私は覚えている、いいや忘れたことさえない。。。。」
男は手刀を私の娘から抜こうとして、しかし、腕をその細く小さい手にぎゅうとつかまれる。
それはきっと娘にとっては命がけの抵抗だった、それは男にとっては心臓を貫かれた小娘の最後の悪あがきに過ぎなかった。だが私にとっては、、、、、
「動くな、両手を上げろ。さもなければ撃つ。」
私にとっては最大の好機だった。
その様子に何かを読み取ったのか彼は口を三日月の様に歪め、言葉を吐く。
「そうか、貴様七人組の監視役か、だからこそ拳銃の所持を許されているというわけだ。この目で直接目にするまでは何か悪い冗談だと思っていたぞ。」
私はその黒い足に鉛玉を打ち込んだ。
「動くなというのは表情筋も含めてだ、いいか次動かせばその仮面を貫いて忘れ鼻を記憶に残る様な形に変えるぞ。」
忘れ鼻というのはただの当てずっぽうに過ぎない何故なら彼の顔全体はうかがえないからだだが、少なくとも口元は歪んだ、痛みに。
弾丸は効いたようだ改造人間ではないらしい。
だが男は痛みに歪めた唇を再び喜悦に滲ませセリフを吐く。
「甘いな、家庭を持ち貧窮に喘ぐことなく戦火に身を浸していないからか、甘くなってしまっている。まるで丸くなった爺のようだ。」
「少なくとも体は銃創を求めているようだな。」
パンパン、と二発の鼓膜を劈く乾いた音、回転式拳銃が微かに軽くなる。
どこの戦線で虜にしたかは知らない顔も未だに思いだせないが、関係ない。
「足に撃ったよ、君はもうまともに歩けない。」
「足か、どうやら、私の手首にも弾痕があるようだが、」
「驚いた、ケダモノらしく一時的に二足歩行になって威嚇しているのかと。」
「あと痛みで手を抜かなかったのは褒めてあげる。その子の生存率が上がる。」
「・・・・時間稼ぎは終わりだ。」
トスとまるで大きな待ち針でも刺したかのように軽い音が背後から聞こえた。
振り向けば、私よりも頭二つほど小さい仮面をつけた何者かが、ナイフで私の心の臓腑を、冷たく抉っていた。
□
心臓を刺すというのは、殊の外、難しい。
まず第一の壁、肋骨。
人体というのは意外と脆くはない。
大きな刃物では肋骨という自然の牢に阻まれる。傷になることはあれど心臓や肺に到達することはなく致命傷にはなり得ない。
方法はある。
殺意をもってそれを死ぬまで繰り返せば、傷を増やし続ければ、人は死ぬ。
あるいは頸動脈にナイフを突き立て手前に引くだけでも、人は死ぬ。
人を殺す手段としてかつては刃物を使ったものが六割近くであった。
それほど刃物は誰かを殺す為に用いられてきたという事だ、当然ナイフも例外ではない。
だけどそれでは心臓を刺すという目的を果たしていない。
失血死やショック死をすることはあろうと、心臓を刺されたことによる死ではない。
次に第二の壁、位置。
心臓が肋骨という檻に守られているのは先に述べたと思うけれど、実際はそれだけではない。
心臓を刺すには正しい位置で刃物を肋骨の隙間に通す必要がある。一部のミスも許されることなく。こぶし大という小さい目標を貫かなければならない。
それを咄嗟の状況で迫られるのだ。
どれほどの修練を重ねなければならないか、考えたくもない程だ。
だからこそここは褒めてあげる場面かも知れない。
その訓練の成果を、私相手に不意打ちを決めたという戦果を。
「誰が、褒めるかこんなこと!」
拳を握りしめ、後ろに振りぬく。何者かは後方に飛んでそれを躱し開け放たれた扉から部屋を脱出する。
身を翻して後を追おうとすれば痛みにそれは中断された。
支給された白い服の胸の部分は赤く染まっていた。
心臓を一突き。
明らかな致命傷だ。
けれど私達「聖女」にとっては致命傷にはなり得ない。
胸が熱を持ち横一文字に開けられた穴が塞がれていく感覚が伝わる。
久しぶりの感覚だ。
「まだ力が残っていたか。いいや、いくら落ちたといっても聖女は聖女と考えるべきか。」
そんな賞賛ともとれる言葉に気を取られることなく、
だんと強く足を踏みしめ滑るように距離を詰める。
闊歩。八極拳の技術の一つだ、使用方法は距離を詰めること免許皆伝で5~6歩、達人クラスで8~10歩の距離を詰めることが出来る。近接特化の拳法とは相性がいい歩法である。
この状況での距離は3歩ほど少し大げさではあるが今はこれでいい。
こいつの腹に拳をぶち込めれば!
「待って!!」
後ろから少女の声が聞こえる。
私に一撃を与えた小柄な誰かは少女だったのかとも考えたがそれも、今関係は無かった。
片方の足の親指を軸にし中段に拳を突き入れる。
筈だった。
しかし、突き刺した筈の拳は受け止められた。他ならぬ男の手によって。
■
「さすがだよ、オーディナル。軍に全ての力を献上した筈の貴様がここまでの見当を見せるとは、地獄の夫も喜んでいるだろうさ。」
そう言って拳を掴んだまま持ち上げられ宙ぶらりんの状態となる。
このままでは数刻としない内に何らかの手段で命を盗られてしまうだろう。
だがこの長身の男はさっき、、、、
「貴様、まさか。」
「あぁ、その通りさ、あの男はもういない。私が直々に始末した。」
投げよこされたのは、ロケットペンダント。彼とお互いに送りあった婚約指輪代わりのプレゼント。
彼が肌身離さず持っている筈のそれは首紐が少ししか残っていいなかった。まさか、彼は首を、、、、
体温が抜けるような感覚がする。
嘘だ、だってそんなの馬鹿な、ありえない。
彼が、彼が彼が彼が彼が。しぬはずが。
・・・現実を受け入れられず考えが纏らない、誰かの死を知らされただけでここまで動揺する自身を昔の私が知っていれば笑い飛ばしていたことだろう。そんなのありえないと。
あるいはこう言い返していたかもしれない、冷静に。まだ自分で確認するまでは分からないと。
だけど目の前の男の口調には確かな説得力があった。
加えて顔を覆いつくす様な仮面に、黒いカソック。
そして、私の虜になったと匂わせるような言動。
もしかしてこいつらは、、、、、
次第に冷静さを取り戻した私は男に対して誰何する。
「貴様まさか、、「魔女狩り部隊」か。」と
男の唇が又しても、ニタリと三日月の様に形を変えた。
■
「魔女狩り部隊」
某国の精鋭部隊であり、改造人間の巣窟。
改造人間とは魔術の適正が無い者を「手術」によって適正関係を度返しして、魔術の適正を持つ者に変えられた者を言う。
「宗教にのめりこんでる人は少ないって聞いてるけれど、なにそのカソック。なんかのコスプレ。」
「問題ない、信仰と復讐は両立できるものだ。」
彼らは、「光輪病」を超克した聖女を「魔女」と断定しあらゆる手段を用いて排除を試みる。
不意打ち、放火は当たり前一人の「聖女」を殺せれば一つの町を滅ぼしても良いという狂った連中。
「だけど彼は関係ないでしょ、それとも彼を殺すのも復讐の一環?」
そう彼は関係ないのだ。非感染者である彼は。
「言っただろう復讐だと、それとも共感能力に乏しいお前には分からないかな。」
男は肩を竦めてこう言った。
「怨敵が苦しむ様を見る為なら何でもするさ。それも貴様のような力を軍に返上したお前には重すぎたかもしれんが。」
「妥当な対価だよ、オーディナル。」
「そう、なら、今度はアナタの番だね。狂信者。」
私は銃口を力いっぱい構えてそう言った。