第00話 序文
私はその女の写真を三葉知っている。
一葉は幼年のころの写真だ。
まだ熟していない年らしく、
色気のかけらのない写真。
可愛げのかけらもなく、にかっとした笑顔を浮かべた写真。
ただし彼女の周りは何もない。
荒野に煙が夏の入道雲の様に立ち上る写真。
そして携えた銃。頭上に浮かぶ光輪背後に浮く一対二翼の光翼
それら以外は。
彼女は、少女兵だったのだ。
心からの笑顔だった。人間の紛い物ではなく、誰かに強制された、笑みでもなく
心から戦場の中、戦火の中笑っていた。
第二葉の写真は驚く程
大きく変化していた。
士官の姿である。それも恐ろしい程美貌の士官
彼女は微笑んでいた。
戦友らしき者らと共に虜囚を辱めながら。
異常と呼ぶには何ら差支えの無い状況であった。
だが女はそれを識りながらも目先の快楽には弱者を虐げる愉悦には抗えない。
何故なら自分がそうだったから。
女は覚えている。
受けた屈辱の深さを、返すべき心の傷の疼きを
だが、目の前の人物がそれに関係のある人物かと問われれば彼女は答えるのだろう。
違うと、私は復讐など望んでいないのだと。
ならば望むものはなにか。復讐でなければなにを望んでいるのか。
それは本来神に仕えし者と同じ翼を持つ女にあるまじき欲望。
愉悦、である。
だが、彼女は、こうも知っていた。目の前の翼をもった虜囚も同じだったのだと。
だかろこそ女は微笑む、過去の自分を重ねながら。
もう一葉の写真は最も平凡な写真である。
家庭の写真。戦場で多くの敵兵を殺し、虜囚を辱めた者と同一人物とは思えないごくありふれた家族の写真である。
例えば、女以外の家族が張り付けた笑みを浮かべているだとか、その実牢屋の中の写真だとか、そんな事はない。陳腐で、けれどかけがえのない女の家で撮られた、女と夫その子3人計5人の一家写真。
だが一つだけ凡そとは異なる部分があった。
そう女が張り詰めた笑みを浮かべていること以外は。
そんな戦場でこそ笑いなんということはない家庭で笑えない歪んだ女を私は詳しく知っていた。
私として識っていた。
これは私が平凡が何なのか深く理解するための物語であり、戦場で誰かの為に死ぬための物語だ。