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05 ハウゼン家の縁談

「お父様、今なんておっしゃいました?」

 ハウゼン伯爵家家長ドノバンの執務室で、ミュゲは信じられないというように大きく目を見開いた。


「お前にはシュタイン公爵の元へ行ってもらいたい」

 再びドノバンが繰り返す。


「嫌です! お父様も王都での彼の評判はご存じでしょう? 彼の家を訪ねた令嬢が、意識不明で運び出されたり、行方不明になったり」

 ミュゲが顔を青ざめさせる。


「いや、それは大袈裟な噂話だ。本当に今回はただの顔合わせだよ。あちらが気に入らなければそれで終わり。お前は帰ってくればいい」

 ドノバンはあきれたように、首を振る。


「冗談じゃないわ! 馬車でひと月もかかるような辺境へ、ただの顔合わせで行くなんて馬鹿げています! 地位が高くて金があっても願い下げですわ。私のお友達も噂していました。恐ろしく醜いお顔をしていて、貧民街から人をさらっては人体実験を繰り返していると。今の富はそれで築いたという話です。お父様そんな家へ私を送り込むおつもりですか!」

 ミュゲが怒りに任せて、ドノバンに言い募る。


「ミュゲ、少し落ち着いたらどうだ。そんなバカなことがあるわけがないだろう。彼は名誉ある魔導士で、王宮から報奨金をたんまりもらっている。それにお前の言う、その噂が本当ならば、彼は捕まっているはずだろ?」

 ドノバンは娘の話には取り合わず、ため息をつく。


「それでも嫌です。なぜ、私があんな辺境領へ行かなければならないのですか? 私にはほかにも縁談がありますでしょう?」

 ミュゲは頑として拒絶した。彼女はまだ王都で遊びたかったし、いくら金があると言っても、醜い男の元へ行くなど嫌だった。


「投資の失敗で我が家の財政は傾いてしまってね。選べる立場ではないのだよ。今ではシュタイン閣下との縁談が一縷の望みなんだ。気難しい方と聞くが、お前ならばきっと彼に気に入られるはずだ。それに相手は公爵家だぞ」

 ドノバンがさも良い話のように言う。


「投資の失敗の責任を私に取れと? この家に娘は三人います。私でなくともよいはずです! なぜ、私が醜い奇人変人魔導士と言われている方の元へいかなくてはならないのですか!」

 ミュゲはきっぱりとはねつけた。


「しかし、マギーはまだ幼いだろう」

 マギーはミュゲの五つ年下だ。

「フィーネがいますでしょう?」

 年子の妹の名を出すと、ドノバンが渋面を作り、首を振る。


「あれはだめだ。魔力がない。シュタイン家は代々偉大な魔導士を輩出している家系だ。魔力なしの娘を嫁がせるわけにはいかない」


「顔合わせだなんていって、やっぱり嫁がせるつもりなんじゃない! それならば、なおさらフィーネを行かせればいいではないですか。だいたい閣下は辺境の領に閉じこもっているのでしょ? それならフィーネを私だと偽ったってわかりゃしないわ」

 ミュゲの発言にドノバンは目をむいた。


「何を言っているんだ。お前たちは髪の色も目の色も違うし、嘘がばれたら大変だぞ! シュタイン家は王族とも縁の深い家系だ。どんなお咎めがあるか」

「ばれっこありませんよ。社交界にも一度もお出にならない変わり者なのですから!」

「ミュゲ、公爵閣下は魔導研究が認められ、叙勲されたお方だぞ。言い過ぎだ」

 ドノバンがいさめると、ミュゲはまなじりを吊り上げた。


「醜く人嫌いな変人魔導士なのでしょう? お父様はそんな人のもとに家の犠牲で私を嫁がせるおつもりですか? 役立たずのフィーネでも、マギーでもなく、この私を!」

 ミュゲが金切り声で叫ぶと、母のデイジーが何事かと執務室に飛び込んできた。


「どうしたの? ミュゲ?」

 心配そうにデイジーがミュゲのそばにやって来た。落ち着かせるようにミュゲの背中をさする。


「お母様もお父様の味方なのですか?」

 恨みがましそうにミュゲがデイジーを見上げると、ばつが悪そうな顔をする。


「それは……。ハウゼン家はいま没落の危機にあるの、だからお願いミュゲ。あなただけなのよ。この家で公爵閣下との縁談が上手くいきそうなのは」

「なら、マギーにして」

 すると父も母も口をそろえて反対した。


「マギーはまだ、十四歳だぞ」

「そうよ。ミュゲ、あなたも貴族の娘なのだから、結婚は家のためにするもだとわかっているでしょう? 私もそうしてここへ嫁いできたのよ」

 デイジーの言葉にミュゲはかっとなる。


「お母様はお父様の親戚筋だし、男爵家から伯爵家に嫁いだのだからいいじゃない! ひどいわ、娘を醜い変人貴族の元へ送るなんて。マギーは私のたった五つ下なだけじゃない! いいわよ。もう、お兄様に相談するから! 明日留学先から帰ってくるのでしょう」


 嫡男で二十一歳になるロルフは、ことのほか妹のミュゲをかわいがっている。


「ロルフが帰ってきたからと言って、打開策が見つかるとは思えないが」


 また話がこじれそうだと、ドノバンは頭を抱えた。



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