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11 やっぱり変人でした1

 目を覚ますと、ふかふかのベッドの上に寝かされていた。天蓋付きで、幾重にも美しい布が垂れている。


 あたりを見回すと、驚くほど豪華な部屋にフィーネはいた。チェストやふみ机はウォールナット製の一級品で、座り心地のよさそうなソファがある。


 見たことのない部屋に記憶が混乱し、ここはどこかと考える。するといつもの湿った咳が始まり、やがて吐血した。長旅が体に障ったのだろう。


「まあ、お嬢様、大丈夫ですか?」

 そう声をかけてきたのは、二十代半ばと思しき女性だった。お仕着せを着ているのでメイドだろう。


「私はこの家のメイドのマーサと申します」

 そう名乗るとフィーネの口をやさしく拭ってくれて、水差しからグラスに水を注いでくれた。


「飲めますか?」

 体を起こしやすいように背中にクッションをあて、フィーネを気遣ってくれる。ハウゼン家のメイドよりずっと優しいマーサに、フィーネはびっくりした。


「ありがとうございます」

 一口飲むと咳が収まった。


「何か、ご病気ですか? お荷物はここに運ばせていただきましたが、お薬などございますか?」

「はい、カバンにポーションが。人に移る病気ではないので、心配しないでください」

 フィーネの言葉に、マーサは困ったような笑みを浮かべた。


「では失礼して」

 マーサはカバンを開け、ポーションを持ってきてくれた。

「ありがとうございます」

 一口飲んだが、疲労が抜けない。


「お嬢様、いまご主人様を呼んでまいりますね」

「え?」

 フィーネは混乱した。それを察したマーサがすかさず言い添える。

「こちら、シュタイン領の領主館二階にありますゲストルームでございます。お嬢様は昨日、玄関先で倒れましたので」

 そうだ。彼の顔に驚き、失礼にも卒倒してしまったのだ。しかも丸一日寝込んでしまったらしい。


「それは、たいへんご迷惑をおかけしました」

 シュタイン公爵は噂とは違い親切なようだ。野垂れ死にを覚悟していたのに城の中に入れてくれた。

 変人だと噂で聞いたが、少なくともメイドのマーサはかなりまともに見える。


 ほどなくして、昨日玄関先で出会ったシュタイン公爵がやって来た。

 彼は素顔を晒したままだったが、半ば覚悟していたのでフィーネが気絶することはなかった。

「お前、病い持ちなのか?」

 あきれたように公爵が言いう。


「ご迷惑おかけしました。泊めていただきありがとうございます」

「具合がよくなったら、荷物をまとめて帰れ」

 冷たく言い放つ。どうやら優しいのは、メイドだけのようだ。玄関先で人が死なれては寝覚めが悪いから 介抱してくれたのだろう。


「実家では私はいらないそうなので、帰る場所がありません。あの半年だけでいいのです。ここに置いてもらえませんか? もちろんご迷惑はおかけいたしませんし、寝起きする場所は納戸でもどこでもいいので」


 図々しい願いだが、フィーネは言うだけならただだと思いとりあえず口にする。

 もうすぐ死ぬ身だが、雨露はしのぎたいところだ。丁寧に頭を下げると、魔導士がため息をつく。


「なるほど、ハウゼン家はいらないものを送ってよこしたのか」

「状況を理解していただけましたか? 本当に失礼な家ですよね」

 魔導士の言葉に力強く同意する。


「で、俺の顔を見ても、もう吐血して気絶しないのか?」

「昨日は失礼しました。少しびっくりしただけです。あの、それより痛くはないのですか?」

 彼は右側にひどいやけどを負っていて肌がひきつれているが、左側は美しいといってもよい容貌だった。青い瞳に手入れのされていないぼさぼさの黒髪。


「雨の日など少々痛む」

 少しの沈黙を挟んだ後、彼はぶっきらぼうな口調で答える。


「で、私は閣下のお顔をみても全然大丈夫なので、おいてくださるんですよね? 昨日そうおっしゃっていましたよね?」

 フィーネが畳みかけるように言うと、魔導士があきれたような顔をする。


「お前なあ……。だが、ただで、というわけにはいかないぞ」

「はい」

 どのような条件を付けられるのかと、にわかに緊張してきた。


「お前には俺の実験体になってもらう」

「ひっ!」

 やはり人体実験をするという噂は本当だった。これは死ぬより怖いかもしれないと、フィーネは顔を青くした。


「別に痛いことは何もないし、命の危険もないから、安心しろ」

 無表情で語る姿が、フィーネの恐怖心を煽る。どうせ死ぬから命の危険はどうでもよいが、痛いのだけは嫌だった。だが、ここにおいてもらう以上、否はない。


「……承知いたしました。それから、跳ね橋のそばにある小屋は、今使われていないのですよね?」


「ああ、よく気付いたな。昔は使用人が使っていたが、今は使われていない。俺一人だから、それほど使用人もいらない。皆には本邸であるこの城に住んでもらっている」

 魔導士が、なぜそんなことを聞くのかというような訝し気な表情を浮かべる。


「それならば、半年ほど私をあの小屋に住まわせてください」

「意味が分からない。この客間の居心地が悪いとは思えないがな。それに先ほども言っていたが、なぜ半年なのだ?」


 彼の口ぶりからして、この豪華な部屋に置いてくれるらしい。実験体にしては環境が良すぎると思う。

 フィーネはそんな考えをわきに押しやり、彼の質問に答えることにした。

 

「私の余命が半年だからです。でも心配しないでください。最大限にもって半年らしいので、割とさっさと逝くかもしれまん。

 もちろん、お屋敷を汚すことはいたしません。死期を悟れば、猫のように消えますので。

 幸いお屋敷の裏には深い森があるようなのでそちらで永遠の眠りにつきたいと思います。噂では辺境だと聞いていましたが、ここは風光明媚で素敵な場所ですね。死ぬにはぴったりです」


 窓にの向こうに広がる湖と森を眺めながら、フィーネがうっとりとしたように語る。


(つづく)

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