焦り
「君とは婚約破棄させて貰う」
「(ど、どういう事なの?)」
リナはかなり動揺していた。
たかだか剣一本で婚約破棄?この男は何を考えているのだろう?
心の動揺を表に出すまいとリナは再び嘘泣きモードに入る。
「わ、私、そんな大切な剣だとは知らなくて……ごめんな―」
「いやいや、僕は怒ってるんじゃない、驚いているんだよ。まさかこんな身近に勇者様がいたとはね」
へ?どういう事?内心疑問だらけのリナにルーカスが丁寧に説明する。
かいつまんで要約すると、
伝説の剣を抜いた
↓
伝説の勇者
↓
魔王討伐に行って来て
↓
婚約なんかしてる場合じゃないよね、破棄するよ
こういう事らしい。
「(ふざけないで!何が勇者よ!)」
リナは内心怒り心頭だった。
しかしこれには両方の両親共に賛成らしく、
(恐らく性悪であるリナにお灸をすえる為で本気ではなかろうが)
結局お供のクロードと大量の兵士を連れて、魔王討伐の旅にでる事になった。
無論リナが勇者になった事実は限られた者しか知らない機密事項である。
この旅も表向きはリナの思い付きの(途中までの安全な)魔王討伐旅行であった。
実際国の安全圏から出る予定はなかったのだが、この後それは大きく狂う事となる。
―
「リーナお嬢様、この度は勇者としてのご遠征、おめでとうございます」
「嫌味か貴様!」
リナは鞘のはまったユークリッドでクロードを小突く。
クロードにはそんなつもりは全くなかったのだが、
ルーカスに婚約破棄されたリナは今凄く苛立っていた。
「こうなったら速攻で魔王とやらを倒して再婚約するわよ!」
リナはユークリッドを抜き天に掲げると進行のスピードを上げた。
無論リナが直々に歩いてるのではない。
ドレス姿で馬車に乗っており、馬に騎乗している従者に命じただけだ。
「魔王城までの最短ルートを通って頂戴ね!」
「指示された予定のコースと異なりますが……」
「私がいいって言ってるの!早くなさい!」
「は、はい!」
リナは従者にまたもや無茶ぶりをする。
当然予定のルートからは大きくはずれる危険な行動だ。
従者もこれだけ護衛の兵士がいるのだから大丈夫だろう、そう見積もり碌に反対はしなかった。
前線に出たことのない者の浅はかな考えだった。
クロードが考え直す様に説得するも当然却下されてしまう。
ヒヒーン!
しばららく何事もなく進んでいたが、突然馬車が止まり馬車がゆれる。
「なに、なんなの!?」
どうやらオーク達の群れと出逢ってしまった様だ。
しかも一部は魔王軍精鋭部隊の証の漆黒の鎧を身に纏っている。
オーク達の怪力に護衛の兵士達は次々と蹴散らされている。
「お嬢様はここにいて下さい!」
クロードは馬車から降りると二本の剣をさっそうと抜く。
二刀流と言う奴だ。
迫りくるオークの群れを次々と薙ぎ倒し、敵部隊中心へ迫っていく。
一方リナは初めての戦場でただただ怯えていた。
「(どうして私がこんな目に合わないといけないのよ……)」
リナは馬車の中でうずくまり、早くこの戦闘が終わらないかと祈っていた。
丁度その時である、馬車の戸が開いたのだ。
「終わったの!?終わったのね!?」
しかし馬車の外にいたのはリーダー格の漆黒のオークだった。
「人間ノ貴族だナ。捕マエル……」
オークの巨大な手がリナに伸びたその時であった。
「近寄らないで!」
「ナン……ダト……!」
手持ちの武器であるユークリッドの鞘は自然とはずれ、
リナが適当にソレを振るうと、熟練の剣士の如き剣さばきでオークの手を切り落とした。
「へ……?何これ?私がやったの?」
半泣きになっているリナが、黒い血しぶきを上げている片腕のオークをおそるおそる見る。
「キ、貴様、ナニモノ―」
オークが言い切る前にクロードの二刀流がオークを切り裂く。
「大丈夫ですか、お嬢様!」
「……私、何かやっちゃったの?」
手練れのオークの片腕を落とした現実を直視できないリナ。
緊張が解け、へなへなと馬車の残骸に座り込んでしまう。
そんなリナにクロードが声を掛けた。
「お嬢様、大丈夫ですか!」
心配してリナに駆け寄るクロード。
今迄散々毒づいたり悪戯したりしてきて我侭放題してきたのに、
そんな自分を心配してくれるの?自分が公爵令嬢だから?それとも……
初めての恋?に心が揺らぐリナであった。