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釣り堀の上から、誰かが落っこった
ぽとん、と音がした
波紋が広がった
私はそれを見ていた
じっと見ていた
だから知っている
風の中にバイオリンの音色を聞いた
隣の隣の隣の家で
お婆さんが練習しているのは、周知のことだ
いつも同じところで引っかかる
ジャン、と引きずるように歪な響きがして
急に静かになる
すすり泣きが続くこともある
土に小さな穴を開けて
行列をなすアリたちを
一匹ずつ人差し指に乗っけて
親指の爪で潰す少年は
父親はいないし、母親は稼ぎに忙しく
ただ一人で、道端のアリを潰している
だからその指先はいつも黒塗られている
砂漠に生き物はいないけれど
大昔にそこを通った誰かの骨なら残っている
乾いた砂が巻き上がって
一瞬背骨の突起が現れ
たちまちに次の砂に隠される
もう何度それを繰り返しているのだろう
気まぐれな世界に操られるように
漁師が日向ぼこをする
りんごの木が生えている
彼はそれを見て、けだるく思う
漁師は海以外のことはとんと無知だ
りんごが欲しければ、秋まで待てばいい
それが分からないから、漁師はりんごの青々とした葉を見て嫌な顔をする
そして水面を跳ね続けるトビウオのことを考える
パパに手紙を書く少女がいる
その少女はあと72年後に癌で死ぬ
彼女は鉛筆を右手で包むように握って懸命に文字を書く
文字はガタガタしているし、真っ直ぐ書けなくって蛇のごとく行がくねる
鉛筆の芯だって二度折れ、その度に鉛筆削りの中には多量の木屑が落とされた
しかしどうにかパパへの感謝は完成した
10年ののちに、顔も見たくなるほど嫌いになるパパへ
電線の上でうたた寝していた用済みの白い伝書鳩が
バランスを崩して体を揺らした
急いで羽ばたき目を開けると
周りの仲間はしきりに笑った
太陽が痛いくらい光っていた
鳩はケッと唾を吐いた
静かな場所を求めて社会からつまみ出された男は
諦め切って実家に帰った
実家では老いた家族が暖かく出迎えてくれた
それすら男には苦痛であった
できるだけ一日中外へ出て空気を吸った
世界から拒絶されているのを感じていても
男はまだ息をした
私は考えている
平和と戦争の狭間について思いを巡らせている
無駄なことであるからこそ執着する
いずれ消えちまう意識の鼓動を信じている
無駄なことを信じている
無駄だと知って世界に触れている
あぶくが宙を飛んでいく
きっと上昇することを許されたらしい
それは一向に弾けなかった
目的地でもあるように昇っていった
あるはずもないものを、と近くにいた老人が言った
全くその通りで笑っちまった