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A:「お前は世界にいじめられると言っていつも愚痴を言っている。(その愚痴は、口に出したってノートに書いたってなんの解決にもつながることはないのだがね。)
ねえねえ、俺は反対なんだ。俺はお前と反対に、全てを……許せると思う。
なぜならば、俺の眼球を通して見れる景色は、世界そのものじゃなく、世界をトレースしたものだからだ。また、俺の鼓膜を通して聞こえる音にしたって、世界そのものでなく、濾し取られた残りカスみたいなものだろう?だからさ。世界に罪はない。俺たち自身がそれを歪めて、卑猥な凶器に仕立てているだけじゃないか、明快だね」
B:「」(Aを殴る。倒れたAにのしかかって、なおも殴る。)
A:「この卑猥な凶器からすっかり逃れる方法は、俺には分からないが、凶器の存在を自覚するってことは、まず何にしても大事なことだぜ。当たり前すぎて忘れちまうような些細な存在だからなおさら、わざわざ思い出して、わざわざ意識して、注意して、生きなくちゃならない。そうすれば、怪我してもあまり、痛くはないはずだ。」
B:「」(Aの首に両手をかけて体重をかける。Aの顔はたちまち紅潮する。)
A:「しかし、それぞれが持つフィルターによってそれぞれ歪んだ世界に、それぞれが住んでいるんだからおかしいな。だから俺はお前を完全に理解することなどできないし、お前も俺のことがわからない。これは、俺が今まで話したことは、全て一般論だぜ?」
B:「」(すっかり脱力し、動かなくなったAを、それでも絞め続けていたが、やがて力を緩めて、体を起こし、二度咳をする。)
A:「まあ、いいや、いいや。俺は、しっかと話したつもりだ。お前がそれにどう影響されるかは、これはお前次第だからな。さて、俺は自分勝手に、人助けでもしたような快感を感じつつ、散歩でもしようと思う。それじゃあな。」




