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眠る人の ほんの少し開いた口から
夢の語りべが体を伸ばし、古びた本を朗々と読んでいる
彼の頭に載せられた、異様に大きな茶色いとんがり帽子は
時間が経つと次第にずり落ちてくるので、ページをめくるとき以外は左手で押さえている
時分はすっかり夜中であるが、家のそばの電柱に寄生したほんの小さなLED電球が白い光線を撒くせいで
カーテン越しに明かりは届き、語りべの影は恐ろしく伸びている
掛け布団は半分ほど跳ねのけられ、ベッドからはみ出して床まで垂れる
くう、くう、と寝息がかすかに洩れている
100円ぽっきりの目覚まし時計はカチ、カチ、と秒針を刻み
枕元で充電コードに繋がれたスマートフォンは、新着メッセージが来たことを合図してぽつりと点灯する
そのうち、語りべは
色とりどりに変化する服の話を聞かせた、友達が手当たり次第に家族を殺す話を聞かせた、花がしぼむ前にできるだけ遠くへ逃げる話や、それから憂鬱なイルカをどうにか慰める話を聞かせた
…
本はいつしか途切れたらしい
真っ白になった紙に目を落とし、意味もなくその端をいじり
ほぅ、と語りべはため息をつく
名残惜しげに、天井についたシミを見つめ
ゆっくりと眠る人の口の中を降りて行く