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呼応  作者: 師走
26/40

26

あきれた男だった。私はあんまりにも惨めだった。

きちんと整えたスーツを着るのさえ、恥ずかしがって拒みたくなるほどに。

酒を浴びるだけ飲んで、その酔いを快く思う術もなく。

ただうつうつと泣いた、涙は細く垂れ出て、それで目糞を流した。

私は、憐れだった。憐れな男で、それでいて、憐れんでくれる者もなかった。

ずいぶん卑怯な世界だと思った。ただそれに憎悪を抱けるほどにも元気がなかった。

一昨日の昼間にすれ違った、尻ほどまでにしか丈のない短いパンツを履いた、黄金色の肌の外国人の女を想う。

その時はなんとも思われなかったものが、今になって冴え冴えと愛しく感じられ、そう言えばあれほどまでの美人はなかった、それに特別の注意も向けなかったとは、惜しいものだと思う。

鼻のすらりと伸び、まつげの長く、胸の小さく膨らんだ、英語を話す女だ。

女、女よ、どうしてあの時私のそばをかすめ去ったか。

君にとって、また私はどれだけみすぼらしく見えただろう?いや、どれほどまでに、影めいて、まるでそこにいないかのように感じられたろう。

私は考えなしの、堕落した人間で、そこに散らばる石っころほどの値打ちもないものだ。

屋根がごとりと鳴った。またことこと云っている。こんな些細なことに気が付かなければならない、それ自体が不幸というものだ。ああ、私など生まれてこない方が幾倍良かったかしれない。

こうなったら何でもかんでも、怒鳴り散らしたいほどなのに、声はあまりに喉に張り付いて、外に漏れる音は微かだ。

これだ、この不甲斐なさが私の人生だ、私の全てを覆い尽くすのは、全くに情けない、弱々しさ。

もう何も考えず、寝入ってしまいたい、けれどここで眠るのはあんまりにも痛い。私が今日一日に何をなしたか。何もなさずして一日を終える、それはどれほど呆れたことか。汚らわしい、私は嫌だ、眠りたくない、このまま朝が戸を叩くまで、何としても起きていたい。

喉が焼けつくような気がする。水を飲む、咳き込む。冷蔵庫の中にあった冷たいヨーグルトの紙パックから、その崩れかけたのをすくい込んで、ようやくちょっと落ち着く。

今は1時22分、ああ朝はまだ遠い、私は辛い。

やたらと胸を小突いてみる、薄ぺらい骨の浮き出た胸の内へコンコンと衝撃が響く、それが途端におかしくてゲラゲラ笑う。またその笑いのためにそれはつまらなくなってしまって。

情けない、情けない、何か誰かに謝りたいような気がする。罪深い私を、どうにか恩赦して欲しく思われる。そうして自分はまた、かのブッダやキリストと同じくらいに、罪なき無垢な人間であることを思い返す。

 「私を許すことのできる人間は、一人もないのだということを。」

苦しい酒は毒薬だ。もうすっかり量は尽きた。そして私の涙もすっかり涸れてしまった。嗚咽さえ、聞こえなかった。

開いた窓に目をやれば、暖かな風がゆったり行き来して、部屋のゴミ袋の中から生まれ出た、目の真っ赤な猩々蝿が、網戸にへたりついて外を望んでいる。こいつも私とおんなじだ、私は蝿だ。のう、私はつまらない囚われの、ゴミ溜めの蝿だ。

むしゃくしゃする、この体内のムカつきはどうしたことだろう、私の内側で、ひどく血が動転しているようだ。汗がじっとりと滲み出てくるのはきっとそのためだ。そしてこう苦しいのも、そういう体内の作用のためかしらん。

ざりざりと砂を蹴散らす音が鳴って、光がこちらの部屋を射抜いた。ああ、今頃隣の部屋の男は帰って来たか、お前も飲んでいたか、なあ外で、どうせ土木の仕事仲間と、あの居酒屋で飲み明かして、それでその飲み屋が閉まったので帰って来たのだろう。お前は私と同じようで全く違うのだ。そら、以前わざわざこちらの扉を叩いて「うるさくって眠れないので少し静かにしてください」なんて、そら、私と大違いだ。お前、自分のいびきが猛々しくこちらの部屋にまで届くのを知ってるのかね。へへ、とんまめ、とんまめ。

ごろんと背中を床へ転がせて、また起き上がって、また転ばせる。

1時47分、夏の夜は短し。嘘をつけ。

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