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呼応  作者: 師走
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目を刺すような日照りがめらめらと地面を焼いている。

絶えず前から後ろへ流れていく熱波は、草の根元などにわずか残った水分を容赦なく奪い去っていく。

時折地鳴りが響いて、不思議な色をした巨岩が落ちたり跳ねたりを繰り返す。

疲労と恐怖とで思わず足が止まりそうになるが、後ろからついてきている同胞たちに「早く行って、つっかえてるから」と責め立てられ、えい、えい、と自分を鼓舞して前進する。


家の入り口に溜まっている砂をくわえこみ、引きずり出して外へ運ぶ。

それはちょうど自分の頭ほどの大きさで、ずしんとした重みが関節へかかる。

全く、どうしてこんなものが転がり込んできたのやら!

嘆いてみても始まらない、私はやっとこさ安全な場所へ砂を持ってくると、顎の力を緩めて放り捨てた。


脇の方から、「痛……、痛ぁ」と声にならない呻きが細く聞こえる。私はげんなりした気持ちでそっちを一寸見やる。

仲間が足をばたつかせてもがいている。

顔を左右に振って、なんとか踏ん張ろうとしている。

しかしそんなことできるはずはない、なぜなら彼女の腹は何かの下敷きにされたらしく、ぺしゃんこに潰れて地面へくっついているからだ。

そこから体液がじわじわと漏れ出ている。


私は顔を背けた。そしてまた自分の仕事をするべく家へ向かう。

歩きながら、私もいずれああして死ぬのだと考える。黒い目をしきりに同胞たちへ向けて、しかし誰にも相手にされることなく、この灼熱の大地の上で放置され、力尽きて死ぬのだ。

何という不幸な終わり方だろうと思う。これまで一切怠けることなく、働いて働いて働いて、そんなに努力しても、報われることなく孤独に死ぬなんて。

私は死ぬのが怖くてたまらない。それがまた、今日来るとも明日来るともつかないのが憂鬱で憂鬱で仕方ないのだ。けれど、私は今もこのように仲間にせっつかれながら土砂を運び出している。


私の前に入っていた同胞が、仲間の死体をくわえて持ち出してきた。土砂崩れに巻き込まれたようだ。体は不自然な格好で折れ曲がり、触角も一つ失っている。表情だけは変わらず、生きた時のままで硬直している。


「死んだ同胞はもう同胞じゃないのさ。あれはただの障害物さね」

夜、部屋の中でいる時にそんな話を聞いたのを思い出す。

本当にその通りなのだ。今の今まで共に働いてきたはずなのに、死んだ途端に邪魔物としてさっさと捨てられる。

生きているのと死んでいるのと、実際何か違うのか、私には分からない。

ただ動かなくなって、話もできなくなったけど、それだけじゃないか。それ以外は変わってない。私と同じだ。

体の一部がなくたって働いている同胞はいくらでもいる。彼らは邪魔者でなく、働き手として対等に扱われている。なのに死んでしまえば………、死んでしまえば、即座に用無しになって、あんな遠くに投げ出される。


やるせない気になっていると、遠くから同胞が道標を辿ってやってくるのが見えた。

腹がうっすら黄色に見えるほど張り出し、毛がきらきらと光っている。

「あ、おかえり。食料持ってきたの」

「うん。良い所を見つけたんでね。印はつけといたから、そっちの手が空いたらみんなもおいでよ」

触角を幾度か交わし終えると、彼女は家へ進み、ひっきりなしに出入りする同胞たちの隙を見てするりと潜り込んでいった。


私はじっとそれを見送ってから、ごく無意識に、家の中に留まっている予備の仲間たちのことを想った。


「あんたらがみんな死んだら、その時があたしたちの出番だよ」

彼らはいつもそう言って、私たちが命がけで集めてきた食べ物をぬくぬくとむさぼり、排便して寝ている。

どうしてそんなことが許されるのか、これも私にある疑問だ。

ちょっとは手伝いなよ、と言ってやりたいのに、いや、そんなこと、もう何度言ったやらわからない。けれど、あっちは決まって「外へ出ていって全滅でもしてみろ、誰が母さんを守るのさ」と言う。

それはそうかもしれない。けど、それでも釈然としない。

私たちはいつ死ぬかわからない状態で恐怖に怯えながら必死に働いている。それなのに彼らは家にこもりきりで、腹を苦しいほど満たして帰ってくる同胞を出迎え、その食物を吐き出させて取り分けるのだ。


こんな酷い違いがあってなるものか。なんで私が体をやつして働いたその利益を、家でのうのうと暮らしている奴らが持っていくんだ!

私だけでない、みんなそのおかしさには気がついている。

でも口に出しても仕方がない。

仲間の一部は家にいなければならないというのも、正しいのだ。

その一部というのがたまたま彼らだっただけで、何か違えば、それは私であったのかもしれないし、そうでないから、私はいつまでも働いているのだ。

まったくの偶然による生まれの違いだけで、私と彼らと間には途方もない差がある。


「ほら、早くして!まだ修理が済んでないんだから」

背中にきつい言葉を浴びて、私はいつの間にか止まっていた脚を動かし、新たな砂へ噛みつき、家の外へ引き出した。

土砂はいくらでも残っている。いつすべてを運び切れるやら分からない。

奥には巨大な石が転がっているらしく、複数の同胞たちがほとんどのたうちまわりながらそれを引き上げようとしている。


もう、深く考えても無駄なんだ。

同胞がこのように私と同じ苦しみを受けているのを見た時、いつもそう思う。

どれだけ愚痴を吐こうが、今の状態から逃げ出すことなんかできっこない。

みんな苦しんでるんだ。なにも、私だけが特別厳しく働かされているわけじゃない。

周りでこんな大変な思いをしている同胞がいるのに、一人だけそこから逃げ出そうと想像しているのは、もはや卑怯でもある。

駄目だ。これが変えようもない、変わりようもない現実なんだ。

諦めて、受け入れて、何も考えず、とにかく全体の1パーツとして動くしかないんだ。

そう思い至った時、背後ですとんと何かが降り立った音がした。

私が砂を高々と掲げながら振り返ると、そこには大きな食べ物があった。


それは「やあやあ皆さん。今日もご苦労なことですなあ」と言った。

私はその横を通って、いったん土砂を捨てに行った。

するとそれはちょっとこっちを見たようだった。


そうして「いやはや、また家が崩れたようですなあ」と言った。

もちろんそれと私たちとの言葉は違うから、私たちにはそれが何を言っているのか知れはしない。


「だいたい土の中でこそこそ住まうからいかんのですよ。もっと開放的に風に当たって暮らしてみましょう?ほら、僕は家が壊れるとか、直さなきゃ、だとか、そういう不安を一切持たないで、楽しく生きているんじゃありませんか」


見るからに元気そうな食べ物だから、みんなは近づかずに自分たちの仕事をこなしつつ、遠巻きに見ていた。

誰も構ってくれないのを知るや、それは不服そうに、「チョッ、言語が違うから伝わらないらしい」と言った。そして挑戦するように、家の方へ二、三歩進み出た。


「ほら、君たち。そんなところであくせく労働してないで。のんびり生きてみましょうよ。私は常日頃からあなたたちが可哀想でならんのです」


私は土砂を置いて家へ引き返しながら、どうしようか考えあぐねて立ち止まった。

するとそれは、長い黄色の触角を上下に揺らしつつ、ぎいっちょんと高く鳴いた。


「…どうです、美しいでしょう?私はこのように、音楽を愛しています。自分の声を愛しています。これほど美しく鳴けるのが、幸せでたまらないんです。ところがどうです、あなた方は音楽に関して全くの無知で、やることと言ったら労働労働労働。そんなので幸福になれるわけがないじゃありませんか。私だったら一日だって耐えられませんね。そんな生活は」


私は心に決めて、それの後ろ脚に噛みつこうとした。するとそれは敏感に察知して、「おぉっと」と言いながら後退した。


「なんです、そんな急に攻撃なんかして。私はあなたたちを解放してあげようと言うのに。あなたたちのその呪われた宿命を、断ち切ってあげようと言うのに!…さあおいでなさい。難しいことじゃありません。ただ働くのをきっぱりやめてしまって、そんなふうに嫌がるものを牙で捕まえようとしないで!美しく生きましょう。清い愛を知りましょう。私が良い住居へご案内します。そんな土の中でじめじめしているより、よほど綺麗な場所ですよ。ここから遠くありません。すぐそこです。そこがお嫌なら、別の住居もあります。いくらでもあります!だからもっと自由に、自由に生きて良いんですよ、皆さん!!」


私はいくらか追ったが、それは逃げるのが早くて捕まらなかった。仕方がないから離れてしまった家へ戻る。

そのうちに、それは「おっ、それじゃ失礼っ」と言って高く飛び上がり、翅を拡げ、どこかへ飛び立ってしまった。

直後にずしんずしんというあの地鳴りが遠くからやって来て、黒い奇妙な巨岩が跳ねていく。



ーーーーーーー

あれほど暑かった苦しい季節は去り、木の葉が茶色や赤に色づいてはらはら舞い落ちて来はじめたかと思うと、いつしか今度は寒々としてきた。


私たちの体の動きは徐々に鈍ってきて、隊列の進みも緩慢になった。

もう「早く行って」と急かす同胞はいない。

代わりに皆静かに心躍らせながら、じきにやって来る休暇を待ち望んでいる。


これ以上寒くなれば、私たちは外で身動きが取れなくなる。

そうなれば、やっと私たちは長きにわたる苦労から解放されて、温かな家で暮らすことを許されるのだ。もう何日も、私たちはその話しかしていない。

私は何度も命の危険を感じるようなところに出くわしたし、実際右の後ろ脚の一部が削れもしたけれど、でも、とうとう死ななかった。生き抜いたのだ。

最近は食料があまり見つけられなくなってきたけれど、今までのたくわえが家にはたんまり残っている。それを食べれるだけ食べて、この寒さを乗り切るんだ。


ほら、働いた甲斐があるじゃないか。

ぼんやりした頭で、ほくほく考える。

そう。私はあんなに働いたから、そのご褒美として、これから休みに入るのだ。

「家に入ったらぁ、もう外になんか出るもんかっ」

そんなことを呟いて、くくくっと笑った。


最近は危ない目に遭うのも少なくなった。

私たちがこんなに動けないんだもの、そりゃあ敵も同じようにのろまになっているだろう。

そしてまた、敵たちもこれからやってくる休みに期待しているに違いないのだ。

だから喧嘩なんか起こるはずもない。

跳ねるあの恐ろしい岩も、あまり見なくなったし、この寒さはこれで、私たちを守ってくれているのかも知れないぞ。


私たちが向かっている方から帰ってきた同胞たちが、細々した食べ物をくわえて談笑している。

「さぁ、ここらで切り上げでしょ」

「こらこら、それをあと何回言えば気が済むんだい?まだかかるよ。もうじきだけどね」

ふふっ、と笑いが起きる。この手の話はみんなを嬉しくさせる。


「…ねぇ、この食べ物さ、もうあたしたちだけで食べちゃわない?どうせバレないって。家にはあんなにたっぷりあるんだから」

イタズラっぽい同胞がそう誘った。それを他の同胞が「まあやめときなって。どうせ後で腹がはち切れるくらい口に入るんだから」といさめ、それでまたみんな笑った。


その時、隊列が急に乱れた。何があったのかと笑いを収めて見ると、弱り切った食べ物がそばに落ちてきたのだった。

大きな食べ物だった。みんな一瞬ぽかんとして、その後に慌てて駆け寄った。


それは体を横たえながら、群がってくる私たちを見た。そして薄く「どうぞ。私はもう終わりですから、好きなように食べなさい」と言った。


そしてこう続けた。

「あなた方はこの寒さを土の中で過ごすのでしょう?もしかすると、そこは外より暖かいのかもしれませんね。何せ、あなたたちは今でも達者でいらっしゃる……。しかしながら、この季節を越えて、あなた方はどこへ向かうのですか。また……働きだすに違いない。あなたたちは労働を行った果てに休みを得るのではない、むしろ労働するためだけに休むような存在なんだ………。やはりあなた方は可哀想です。こんな束の間の休息に騙されて、また死ぬほどの辛い目に遭わなければならないんですからね。私は……、幸福だった。来る日も来る日も唄って唄って唄い明かして、寄ってきた女性と後尾をして、腹が減ったらその都度食べて、雨の日は葉の裏でそれをしのいで………。ああ、あなた、あなたは、それを一つだってできないまま、土の中で暮らし、外へ出ては働き、それ以外にはとんと無知で、最後には死ぬんだ…。あなたたちは私より幾分長生きするでしょう。しかしそれが何になると言うんです。私はとても楽しい生き方をしました。最後の最後までそれを貫きました!今でさえそう……、あなたたちを最後に見れてよかった。自分がいかに恵まれていて、幸運であったが、しっかり知ることができて…………」


私たちが脚を噛み切ろうと顎を当てたり、腹によじ登って穴を開けようとしている間、それはびくりびくりと身を震わせながら小さく細く呟き続けていた。




新釈『ありときりぎりす』


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