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薄暗い深海を歩く
藍色の世界と、ほんのり白い砂地
至る所に頑丈そうな綱が垂れている
稲の糸を無数によってできた物らしい
それらがどこからやって来ているのかは、見上げるほどに深まる闇のせいで分からない
私は綱を避けて行く
軽く手を触れるだけで、その一本がいかに重みを帯びているかを知ることができた
ぷくり、と空気が口からこぼれ出て、立ち昇っていった
綱の所在を問うように……
。
私は、自分の胸に両手を添えて、海と同化しようとする
不思議なくらい落ち着いた鼓動が伝わってくる
歩く速さは一定で、景色は全く変わらない
変動しない宇宙を見つけたのだ、と感じた
体が前進するのに従って、上着がゆっくりはためいている
まるで生きているみたいだ、とうとう私の服も生きているみたいに動いている
やつれた意識が塩水をありたけ吸い込んで
ほんの少しだけ、楽になっていた
。
いつの間にか、私は立ち止まっていた
左右をゆっくり見渡して、眼には恐怖と歓喜に似た色が浮かぶ
『全く同じ時間を過ごしていると、いつしか人は耐えられなくなるんだよ』
幼い頃に絵本の中で知り合った、狐のごんが言っていたっけ
救いを求める私の叫び声は一切響かなかった
それはただ、大きな気泡に変換されて、砂地に落ちた
表面上は傷のない体が、毒に苛まれてうずいている
それは、確かに安寧などとは程遠く思われた
。
無我夢中になってしがみついた綱は、なめくじのように遅く
ただ、まごうかたなく降りてきた
とぐろを巻く蛇の格好をして、稲の綱は足元に広がって行く
白い砂埃が幻想的に舞う
私は綱を握りしめたままぺたんと座り込んで
落ちたその重なりを呆然と眺めていた
『人は勝手だね。どれだけ犠牲を払ってでも欲しいものを手に入れて、飽きたらすぐにそれを壊す』
ごんは、黄色っぽい体をしていたが、揺れる尻尾の先だけは真っ白だった
。
つられて、他の綱も同じように落下を始めた
そこかしこで、白砂が散っていた
もうこの世界の崩壊は止められないのだ、と私は悟った
全てを私が打ち壊してしまったのだ
地震のような揺れを感じながら、私の肉体も砕けていった
手足が外れ、燃える紙みたいに端からなくなる
すっかり白濁した世界から急いで逃げてしまったせいで
ついに綱の向こう端を見ることはなかった