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呼応  作者: 師走
2/40

2

薄暗い深海を歩く

藍色の世界と、ほんのり白い砂地


至る所に頑丈そうな綱が垂れている

稲の糸を無数によってできた物らしい

それらがどこからやって来ているのかは、見上げるほどに深まる闇のせいで分からない


私は綱を避けて行く

軽く手を触れるだけで、その一本がいかに重みを帯びているかを知ることができた


ぷくり、と空気が口からこぼれ出て、立ち昇っていった

綱の所在を問うように……


私は、自分の胸に両手を添えて、海と同化しようとする

不思議なくらい落ち着いた鼓動が伝わってくる


歩く速さは一定で、景色は全く変わらない

変動しない宇宙を見つけたのだ、と感じた


体が前進するのに従って、上着がゆっくりはためいている

まるで生きているみたいだ、とうとう私の服も生きているみたいに動いている


やつれた意識が塩水をありたけ吸い込んで

ほんの少しだけ、楽になっていた


いつの間にか、私は立ち止まっていた

左右をゆっくり見渡して、眼には恐怖と歓喜に似た色が浮かぶ


『全く同じ時間を過ごしていると、いつしか人は耐えられなくなるんだよ』

幼い頃に絵本の中で知り合った、狐のごんが言っていたっけ


救いを求める私の叫び声は一切響かなかった

それはただ、大きな気泡に変換されて、砂地に落ちた


表面上は傷のない体が、毒に苛まれてうずいている

それは、確かに安寧などとは程遠く思われた


無我夢中になってしがみついた綱は、なめくじのように遅く

ただ、まごうかたなく降りてきた


とぐろを巻く蛇の格好をして、稲の綱は足元に広がって行く

白い砂埃が幻想的に舞う


私は綱を握りしめたままぺたんと座り込んで

落ちたその重なりを呆然と眺めていた


『人は勝手だね。どれだけ犠牲を払ってでも欲しいものを手に入れて、飽きたらすぐにそれを壊す』

ごんは、黄色っぽい体をしていたが、揺れる尻尾の先だけは真っ白だった


つられて、他の綱も同じように落下を始めた

そこかしこで、白砂が散っていた


もうこの世界の崩壊は止められないのだ、と私は悟った

全てを私が打ち壊してしまったのだ


地震のような揺れを感じながら、私の肉体も砕けていった

手足が外れ、燃える紙みたいに端からなくなる


すっかり白濁した世界から急いで逃げてしまったせいで

ついに綱の向こう端を見ることはなかった

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