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呼応  作者: 師走
14/40

14

春に生まれた吃音は

秋の実る頃にピークへ達して

冬の木枯しに乗ってどこかへ消えた

私はこの一年で、ずいぶん筆談が上手になった

周囲も、私に対する理解をようやく掴みかけていた。

、、、


「おはよう」

「おはよ。……。あら」


『おはよう』と書かれた画用紙を、驚く母の目の前でビリビリ裂いた

母はその分厚い紙吹雪が舞うのを眺めて、それからその後ろで突っ立っている私を見つめて「治ったんだ」と呟いた



なぜあんなに喋るのが難しくなったかはもはや分からない

きっと精神的な理由だ

脳が一時的に混線状態になったとは思えないもの


「ぽっぽっぽ、はとぽっぽ」

噛み締めるように歌いながら歩く

寒い空気が喉の奥につけ行ってくる

目の前の空き地で、細々と首を伸ばしている雑草に朝日が当たると、もっともっとか細い蜘蛛の糸が、吊り橋のように繋がっている

ロゼット状の平べったい草には、霜が降りて白々している



あかさたな、はまやらわ。

言いたいことが言えるものだな、と思った

雨粒が一滴、顔に降りかかってきたように感じたが、ただの気のせいかもしれない


散歩がてら、父の勤めてある郵便局に行って、こわごわと扉を開ける

いち早く知らせようと思った……、けれど、部屋の奥の奥にいる父に会えるはずもない

爽やかな、多分その爽やかさのせいで客の応対を任されている受付の男が「どうかなさいましたか」と微笑みながら訊いてくる


「いや、あの……」

言い淀んで、少し顔をこわばらせた

なんと言えばいいか分からなかったのだ

とにかく言い訳をしようとしていた。…「父に会いたいのですが」と素直に応えればいいだけのものを。


「んっ、んっ!!」

眉を歪ませて咳払いをした

いきなりどもりに戻ろうかと本気で考えた

それでもやっと「すみません、どうも…」と気弱に笑ってみせて、外へ引き返した



私は先ほどの後悔によって、多少気分を害さないでもなかった

けれども、そんなことよりもやることがあるだろう、と前向きに考え直す

せっかく喋れるようになったのだ、だとすれば、例えば…例えば、うん、そうだな。

案外と、名案は思いつかなかった

吃音だからといって、行動が制限されたわけではなかったからだ


ただし生まれてからずっと、これほど会話のスピード感について驚かされたことはなかった

右から左へと、話題がすいすい移動していく

私は最初期には黙ってそれをやり過ごし、筆談をするようになった時も、紙とマジックペンを携えたまま、流れるように過ぎていく話をぽかんと見ていた

すると人々はどうもまずいと気がついて、私に対してはことさら丁寧に、幼児に対するように目を合わせてゆっくり話すようになった



「例えば」

人差し指をピンと立てる

こうすれば、何か結論を導けるだろうと願いつつ。


「…この地球に感謝をしなくっちゃ」

適当に言ってみた一行だが、なんだか意味が深そうに感じられた

地球に感謝?どうやって。



「ありがとう、地球よ」

結局そう言ってみた

これで伝わったわけだ、なんだ、簡単じゃないか


、、、

冬に途絶えた吃音は

それから二度と現れることがなかった

私が吃音だったこと自体、みなほとんど忘れ去っているくらいだった

けれど少しずつ、私たちは年老いていっているなあ

地球に感謝をしたのは、あれっきりだ

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