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かじかんだ手にはあはあと白い息を吐き掛け、両手を擦って雪道をゆく
耳鳴りするくらいの静けさ
厚い雲の小さな隙間から陽光が差し込んで、銀に光っているのが眩しい
昨日、夜遅くまでかかって書いた手紙を大事にポケットに入れて(…と言っても、雪に埋まる足を一々引き抜くために大変膝を上げるので、この手紙は既に折れ目がたくさんついていたのですが、あいにく歩くことに必死のあなたには気づけるはずもありませんでした。)
リンゴのようになっているはずの頬をマフラーに擦りつけながら進む
粉雪が舞っている…
ここらじゃ雪自体は全く珍しいものでないけれど、雪深い日に学校でもなしにわざわざ遠出するのは滅多にないことだ
それにしてもまぁ寒いこと!
どうしてだか手袋を忘れてしまっていて、それでも途中まで来た意地を見せて引き返すのを我慢しているのだが、指先がじいんと痺れるほど冷えて、頭痛も起こってくるくらいだ
とにかく早く帰ろう、というのと、どうして今の季節を選んだんだろう、という気持ちがうまく混ざってニヤけてしまう
同時に鼻をすん、とすする
後ろを振り返れば私の歩いてきた道がずっと続いている
ここから……、そしてもう見えない向こうの家まで
真っ白なホールケーキに、下手くそに包丁を入れたみたい
柔らかい雪は撫ぜたくらいでさらさら動く
それが私に踏まれるとムキュ、と鳴って靴の形に固まる
シカの足跡がないかなぁ、と探してもいるんだけど、まだ見つかっていない
まあもう少しでいっぱい見られるかな
鼻が潰れるくらい手を口に押しつけて、また吐息で暖める
「ここまで来たら、行くしかないでしょ」と自分を勇気づけた
遠くの枯れ木から、雪が崩れ落ちていくその瞬間を見ることができた
音もなく突然に落ちていって、溜まっている雪に当たってきらきら砕けた
なんだかそれを見ると感動するどころか、友達がここぞという時に、お約束のように失敗してしまうのを影で見ていた時に感じる、バツが悪いのと可笑しいのとで唇に力がこもる、ああいうふうな顔になった
その木から少し離れたところに、すすきが群れて生えていた
秋から今にかけて、ずっとお辞儀をし続けている
彼らは柳よりも柔軟で細いから、雪はほとんどかぶっていない
ほんのかすかに、電車がやってくる音が聞こえた
私は驚いて首をぐるぐる回した
あんなに遠くにある駅の音なんか聞こえるはずがないと思ったのだ
けれども、やっぱり電車の車輪が鳴らす高い音なのだった
静か過ぎて、いつもなら近くにいても耳に入らない、そんな小さな信号もここには届くのだ
そう言えば逆に、朝早いうちに起きていれば、ここらで放たれる銃声は家にまで聞こえてくる
あの音は大きいから……
目当ての杉林がようやく近づいてきて、その本当の大きさを実感しだすと、私は足を早めた
雪はここらに来ると一層深くなって、胸元にまで白い波が押し寄せてきた
それをかき分けかき分けして、一番端っこの、一番目立つ杉にまでたどり着く
「ふーう」と、私は言った
それから目を細めて、杉林の遠くを見える限りに観察した
けれど、ここからでは動物の足跡は見つからなかった
ちょっぴり残念ではあったけど、それを探す暇はなかったから、杉の幹に手を当てて体を預けるようにして、ポケットを探った
感覚が完全になくなっていて、どう指を曲げればいいかも分からないような手を懸命に操って、どうにか手紙を取り出す
それを見て、しまったな、と思った
折り目がついていて、しかも溶けた雪で濡れて紙がふやけてる
これなら最初から瓶に入れとくべきだったんだ
袈裟がけに掛けていたポーチのチャックを開ける
指に力が入らないので、これは思ったより大変だった
なにしろ瓶はちょっと大き過ぎて、普通には入りきらないところを、無理に力づくで締めたチャックなのだ
瓶型にふくらんだポーチの、そのふくらんだところを開けるのに苦労した
でもそれもなんとか終えて、のっぽの瓶(これはお母さんの薬瓶でした。だから茶色く色がついているのよね。)を手に持ってしげしげ見つめた
…もう、やだなぁ。
ここへきてそんなふうに思いながら、でも自分で始めたんだから仕方ない、今度は瓶を開ける作業に取り掛かる
分厚いコートに手を引っ掛けて、その生地で蓋を掴み、体を曲げて力を込める
ぐぐぐ、と案外簡単に蓋は動いて一気にゆるくなった
そこでコートから手を外して、最後は素手でパカリと開けた
なんだかここで既に胸がいっぱいになった
ぼんやりとそのまま立ち尽くしていると、北風がひゅるる、と林の中を駆け抜けてきて私を催促した
はっとして、急いで手紙を二つに折り、四つに折って、瓶の口へ丸めてあてがい、押し込んだ
ちょっと瓶の中でねじれたようになったけど、このくらいはいいや
そうしてまた蓋を閉める段になったけれど、私はそれをしっかり締め切らずに、力なく済ませてしまった
ここら辺はかなり適当になっていた
コートのポケットから、園芸用のミニスコップを出してきて、えっちらおっちら掘っていく
白い地面が茶色い土で汚される
一度深くスコップを突き入れ過ぎて、勢いよくそれを持ち上げたら、土が反動で跳ね返って私の顔にたらふくかかった
「ぷっ!ふふっ」
コートの中にもそれが入って気持ち悪かったが、家に帰ったらお風呂にすぐ入るから、というとこで手を打って土堀りを続けた
ある程度まで済んだら、そこに瓶が収まるかどうか当てて確認した
横向きに、しっかり入った。ただ、穴の途中で引っかかっていたので、それ以上に掘ったのが無駄になった
慌てて土をかぶせていく
掘った時に山積みになったのを、雪ごと戻して、素早くペシペシとスコップで叩いた
早く家に帰ろう、とそれで頭がいっぱいになっていた
そんなくらいなら、手袋をしっかりはめてくればよかったんだけど、わざと忘れたんじゃないんだから。
それが済むと、完成完成!と、ろくに確認もしないで私は立ち上がり、ポーチに土つきのスコップを入れて、さっさと帰りだした
私がやってきた雪道をたどりつつ、でも数歩離れるたびに気になって振り返った
……10年後、覚えてると思う、覚えてたら、また取りに来るから。
(中に何が書いてあったかは、秘密にしておきます。ごくありふれたことです。ほんとに。)




