6.守衛の嘘
エマとの作業を終えて、いつも通りに夕食も終えた後、俺は見張り塔の上にいた。
回路の組まれた毛布に魔力を流しながら、手の中に収まる小さな箱をいじっている。 装飾のない木箱で、国立魔術研究所の焼印とフロスト家の焼印が付いている。
国立魔術研究所はフロスト家長男であるテディ様が研究室を持っている施設で、テディ様はこの箱を俺の頭に投げて渡した張本人。
箱の中には訳がわからない程細かく、丁寧に組まれた回路を持つ銃弾が入っていて、普段ならばどういう働きをするか必死に解読するのだが…それもままならない程気が散って仕方ない。
「私が売られたばっかりの時の事なんだけれど…」
エマの声が蘇る。
エマは8歳の誕生日が近付いた頃、家にローブを被った人が大勢現れて、目隠しをされて誘拐される。
理不尽に入れられた檻の中で、どんなに辛くても両親が助けてくれると信じていた。
本当はエマの事、全部知っている。
優しい彼女が、誘拐ではなく「売られた」という嘘をついている事も。
今から3年と半年前まで、俺は同じ檻の中にいたのだから。
俺は物心ついた頃には檻の中だった。
とはいえ、生産され続けて止まらない魔力に体が破壊と再生を繰り返してエネルギーを発散し、体の色形さえ捻じ曲げる程に魔力が全身で暴れ回っていたので、労働力にはならなかった。
ただ、溢れた魔力が常に放出されていたので、近くに常に魔石が置かれてエネルギーの“充電役”として利用されていた。
暴発の危険もあるので1人檻に入れられて、魔力の暴走で食事も睡眠も勝手に必要なくされたまま放置。
暴発すれば病院に運ばれるのだが、周囲への危険がなくなればすぐ檻の中に逆戻りする。
そんな環境で唯一俺に関わってきたのが、この奴隷市の中でいつも笑みを絶やさない少女だった。
日に一度は一方的に話を聞かせてきては、いつでもボロボロで痛々しい姿を晒していた。
そんな姿にお節介をやこうと、奴隷商に使われて時々俺の手当てに来る緑髪の男に声を掛けたのだ。
端的に言えば、エマの「魔力を分けてくれた女の子」が俺だったという事だ。
魔力を消費するために常に異常な速度で髪が伸びていたし、今包帯で包んでいない、左の青い目は痛みで閉じられていたので完全に別人だと思われているのだ。
エマが見ていたのは魔力が通り道を突き破って、おかしな回路で変異した金の魔力で染まった右目。
別人と思われても仕方ないのかもしれない。
それで、何故その事を隠しているかというと…俺がテオ様に買っていただく前に、最後に会った彼女と、屋敷で再会した彼女が別人になっていたから言い出せなかったのだ。
どんなに辛くても笑っていたあの顔から表情が消え失せ、長い前髪の隙間から周囲を窺っては怯えていた。
そして恩人であるはずのレイさんには激しい拒絶をして逃げ回った。
ただ、レイさんとはある日突然、何もなかったかのように仲良くなっていたけれど…
「なんでまだ言わないんですか?」
「っうわあ!!!?」
急に地面についた戸が開いてレイさんが出てくる。心臓に悪いからやめろ。
「嘘を通し続けるには罪悪感を持ちすぎです。 いつかバレるなら早めが良いじゃないですか」
「…でもエマ、あんな聖人でも語るような…こんな無愛想な男だって知ったら悲しむでしょう」
「たしか天使みたいだとか言ってましたね」
顔を覆う。
エマはどうやら檻の中の俺に惚れていたようなのだ。
もはやここまで来ると何も言えまい…
「…おや、それは?」
そう言ってレイさんが指差したのは手の中の箱。
「今日はテディ様に魔力を余分に分けたので、そのお礼と。」
「ああ…通りでテオ様が…」
テディ様が授業で使うと言っていた、あの夕焼け色になった魔石を使ったんだろう。 帰ってきたテオ様が疲れた顔をしていたのを思い出す。
「銃弾なんですけど、まだ回路の構造は見てないです。」
箱を開けて、3つの内ひとつ取って手渡す。
「うわ気持ちわr…んん、回路が細くて多いですね。 テディ様の組む回路は相変わらず複雑怪奇で…」
なるほど レイさんを以ってしても分からなければ、俺にはもっとわからない。
尤も、回路を組んだのは齢16にして国の研究所に研究室を持ってしまう程の天才。 世に普及している回路とは全く異なる回路をぽんぽん生みだしてしまうような人だ。
多分この回路も、一般的なものではないだろう。
「まだ起きているようなので聞いてきては? 少し早いですがもう終わって良いですよ」
「あー…良いですか?」
少し迷ったが交代してもらおう。
訳もわからずぶっ放して、屋敷に損壊が出ても困る…
夜遅く訪ねるのは気が引けるが、テディ様の自室へ足を向けた。




