5.余計な言葉
更新遅れましてすみません!
本日より更新再開です。
屋敷の清掃や魔石の手入れを終えた昼過ぎ、俺は約束のとおり厨房へと向かっていた。
中を覗けばエマが台に向いていたので、いつも開かれたままの扉をわざわざノックする。
「フィルくん!来てくれてありがとうー」
「ん…レイさんは?」
にこりとして振り返るエマは、調理をする時用のフリルなどの装飾が少ないメイド服を着ている。
返事も早々に、いつもは厨房で作業をしているレイさんが見当たらないので聞いてみる。
「なんだか用があるからって街に行くらしいよ…なにかあったっけ?」
街…? レイさんとエマは買い付けに街まで行くことがあるが、レイさんが1人で行くとなると珍しい。
2人は食材の仕入れも一緒にしているし、それぞれの主人の注文した物を受け取りに行く時はタイミングを合わせて同じ馬車を使うはず。
それが事前にエマに知らせなく街に行くというのなら不自然すぎる。
…ただ、あの人の今朝の様子と性格を鑑みるとなんとなく理由はわかる。 「あとは若いお二人で!」なんて笑顔で去るレイさんが脳内再生される…
「あの人まじで性格わりーな…」
「んえ?なにか言った?」
エマがぽけっとした顔でこちらを見上げてくるので、急いで眉間に入る力をゆるめる。 エマに罪はない…
「悪い、はじめるか?」
「うん!よろしくね。 今日は凍季の間使うスパイスを作るんだけど…」
そう言って手際よく袋やら箱やらを作業台に並べていって、磁器の容器がぽんぽん取り出されてくる。
厨房の物の配置は頭に入っているらしく、迷いのない動きで説明をしてくれる。
屋敷に来たばかりのエマは怯えていて、テディ様以外とは話すこともできなかった。
奴隷商からテディ様が引き取ってきた子供だったので、世の常識もなければ仕事もできなかったけれど、それがここまで成長したんだなと何故か感心した。
「…って感じなんだけど、フィルくん聞いてる?」
「あ…うん 容器を煮て消毒するんだな」
「うんうん!その間に私が漬けるものを用意するから、用意ができたら油とか花蜜で漬けるよ」
そう言うエマは楽しそうに笑っていて、この屋敷で初めて会った時にはこんな姿想像もできなかっただろうなと思う。
大鍋に水と洗った瓶を入れて火にかけ、沸騰するまで暇なので、スパイスを刻むエマの横で並べられた袋や箱を物色する事にした。
見慣れない小さな実や葉が出てきて、正直なんの植物か見当もつかないのでなんとなく見ているだけなのだが…
「それはピンクペッパーっていう実でね、そっちの葉っぱはローレルっていうの。どっちもお肉の料理に使うやつだよ」
「へぇ…俺はこういうのは馴染みがなかったからな、違いがいまいち…」
「そうなの?比較的安いし、一般家庭でも使われてると思うけど…」
いけない…つっかえなくすらすら説明するエマに若干驚いて、必要以上に喋ってしまっている。
「あ、いや、ええと…俺貧乏だったから、スパイスとか使ってなかった。」
「そ、そうなの!?スパイスがないご飯なんて…
私の居た奴隷市もそうだったなぁ」
この国は基本食材がまず…いや、独特の風味を持っているので、ほぼ全ての国民はスパイスで味を誤魔化しているのが普通。
奴隷でもない限りスパイスがないというのはありえない…
「ますますフィルくんって謎だなぁ…そんなにきれいで魔力もたくさんあるなら、結構いい暮らしができると思うんだけど…」
「え、エマこそ回路組めるし、その前髪がなければ…」
「…? 私は回路を組めるだけで魔力が多くないから、ちょっと良い奴隷ってだけだったよ」
そう言って横を向いたエマの首にはいくつかの記号が焼いて付けられている。
普段はフリルが付いたチョーカーや、細かく編まれたレースで覆われていて見えないけれど、それは奴隷市で商品であった証だ。
「いちばん最初の文字が性別、次が大体の生まれ年、その後ろが買い付けの値段とその年で、最後は質。
5段階あるんだけど、私はたしか…上から3番目だったのかな?」
まじまじと見るのもなんだか申し訳なくて、顔は動かさないまま目を向ければ、確かに3番目を意味する記号が皮膚に出ている。
元奴隷の人間は、一目で買値や質が分かってしまうため首を見せるのを躊躇するのだが、全くその素振りがないのは信頼と取って良いのだろうか。
エマの毛先にかけて明るいラズベリー色になる髪も、大きくて暗がりで彩度を増す赤い瞳も、需要のある可憐さだろう。
奴隷の9割には4、5番目が付けられる中で、見目と才能を買われたようだ。
けれど、エマの首に16500と印された買値は、この貴族の屋敷では1週間の食費より少し安い。
この国の平民の月の収入は大体、黄貨幣2枚(白貨幣2000枚と同等。焼印の単位は白貨幣)なのでその値は庶民にとっては高いけれど、貴族にとっては安い値段になる。
結局のところ奴隷は、この国の貴族の魔力源か人形になるだけの存在だ。
「…そんな辛そうな顔しないで。 檻の中も悪いことばかりじゃなかったから」
「あ…わ、悪い 気使わして」
どうやらしかめっ面になっていたようで、意識して顔に入った力を緩める。
気付かなかったがいつの間にか鍋も沸いていて、急いで側に控える。
「私が売られたばっかりの時の事なんだけれど、まだ10歳にもなってなくて。
それまで本当に普通に暮らしてたから、他の子より体が大きくて、拘束具が合わなくてよく怪我してたの」
そう言うエマの手首の皮膚には赤黒い線が入っている。
首と同じで普段は袖に隠されているけれど、料理をする時だけは空気に晒される。
「そんな時にレイさんと出会って…怪我を治すために身体の回路の組み方を教えてくれて
私はその回路を動かす魔力がないけど、分けてくれる女の子にも出会えて。 悪い事ばっかじゃなかった。」
「優しい方でしたよね、本人はいつも身体中傷だらけでしたが。」
いつの間にか厨房の入り口に立っていたレイさんが爽やかな笑顔で言い放つ。 …本当にいつの間に来たんだ?
どうやらこれから外出するようで、覗きに来たんだろう。
いつも着ているきっちりした執事服(燕尾服のような体に沿うデザインのコート)ではなく、フードの付いたローブを被っているあたり、この屋敷の従者としての外出ではないのだろう。
「レイさん! やっぱり覚えてるんですね、すごく神秘的な子でしたもんね」
「もちろん、膨大な量の魔力と真っ白な髪が印象的で。 …ね、フィル」
「…そうなんですか」
適当に返事しながら煮えた瓶をトングで布巾の上へ並べていく。
この手の話には絶対関わってはいけないのだ。
「そういえばフィルくんも綺麗な白い髪だよね。 魔力もたくさん持ってるし、白い髪の人って魔力多かったりするのかな?」
「そうですね それに金の魔力も似ていて、もしかして…」
ガシャン、と派手な音を立てて瓶が割れる。
手の中にあった熱い瓶が滑り落ちて床に散らばったのだ。
「レイさん、俺の生まれは隣国のタリアータです。 ほとんど病院で育ちました、が」
「知ってます。 瓶、ついでに買い足してきますね」
それだけ言って笑顔で去っていくレイさんに、身体の力が少し抜けた。
慌てて俺の手を取って怪我がないかを確認するエマに顔が赤くなるのを感じながら、その反応に不釣り合いな罪悪感を感じている。
「ごめん、エマ」
「瓶のひとつふたつ良いんだよ!それより怪我がなくてよかった…」
瓶のことじゃなくて。
口には出さずに2人で割れた瓶を片付けて作業に戻った。
いつも通りの笑顔で作業をするエマに、いつも通りぎこちない俺の態度。
何故ぎこちないかって、俺はエマを騙しているから。




