3.使用人の朝食
「エマ、今朝は随分機嫌が良いですね」
「んへへ、実はいいことがありまして…」
そんな声が聞こえて、つい足を止める。
頃合いかと思って早めに厨房へ戻ったのだが、ちょうどエマが起き出して食事を盛り付けているようだった。
「昨晩珍しくフィルくんの方から声をかけてもらって、今日一緒に凍季支度をすることになったんです」
「おや…困りましたね、今晩は大雪ですか」
…レイさん?
エマがこの屋敷に来て2年と少し、俺から彼女に何か約束を取り付けたのはこれで2度目。 確かに珍しいといえばそうだけれど…
「今晩にでも凍季に入りそうですね」
…エマ?
「っはは!それは、全く凍季支度が間に合わないな」
「んふふふ 私も主人の凍季支度が済んでません」
「…こほん、失礼。そうですね」
「もうー 敬語じゃなくていいです。 昔は使ってなかったでしょう?」
2人の仲睦まじい会話がわんさか聞こえてきて、入る機会を完全に失った。
レイさんとエマがこの屋敷に来る前から知り合いだった、というのは元々知っていて、彼らはお互いに心を許し合っているような関係なのも見ていてわかるので、少し居づらい。
もう少ししてから来ようか…と来た道を戻ろうとすると、
「そろそろフィルを呼びましょう、エマは食事を並べておいてください。」
そんな声が聞こえて一気に冷や汗が出る。 盗み聞きなんてレイさんが知ったらしばらくいじられるに決まってる…!
しかし隠れようにも綺麗な直線で障害物のない廊下、身を隠す術なんてない。
ああ…もし俺が魔術士だったらどうにかなったのか…
「………」
「………」
レイさんの整った穏やかな笑顔が歪む。
嫌な笑顔で。
厨房の扉を閉めて、革靴を鳴らしながら迫ってきたレイさんは「フィル…」と呟きながら両肩を掴んでくる。
「やっと求婚するんですね?」
「ばっ……馬鹿ですか!?」
大きな声が出そうになる…危ない。
レイさんはよくこういう事を言ってくるのだが、何度言われても慣れない。
どうやらレイさんは俺とエマが良い仲になる事を望んでいるらしい。
「なんで俺とエマなんすか、別に関わりないしレイさんの方が仲良いでしょ」
「彼女との年齢差を考えてください。
というかあなた方どう見ても好き合っているでしょう、全くもどかしい。」
「俺レイさんの歳知りませんし…俺はあの人得意じゃないし、向こうも好いてはないですよ」
実際そうなのだから仕方ない。 そもそも同じ空間にいる事も少なければ話題もない。
エマの身の上話を少し聞いたこともあったが、めちゃくちゃ触れづらくて会話が広がることはなかった。
「エマと話すときだけ顔が赤くなって吃る男がよく言いますよ、しっかりしてください。」
「そ、そんな反応してませんけど!?」
「フィルくん?」
つい大きな声が出てしまいエマがひょっこり顔を出してくる。…まずい。
あっと声を出して顔を赤らめたエマは「おじゃましました…」と言ってぷるぷる震えながら厨房の中に戻っていく。
絶対誤解されている。 いつものだ。
俺は色素が薄いからか顔が赤くなりやすいのだが、余計な事を言われていたせいでレイさんに肩を掴まれたまま顔がおそらく赤い…という状態で見つかってしまった。
「エマ違う、こいつはご主人の事しか考えてない。断じて違う」
「私をなんだと思ってるんですか」
結局珍しく3人揃ってだった朝食の時間は、エマの誤解を解くための会話で終わったのだった。




