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6 <追う者と追われる者>

 リニアの駅前で待っていたディーの前に、ソナタとリンドンが山京研究所のワンボックスタイプの車で到着した。

 車から二人が降りて来て、手短に挨拶をする。

「ディー、この女性が依頼人のリンドンさんです。こっちは私の相棒のディーです」

 技術者が女性だったことにディーは若干驚いていた。技術者といえばたいがいはくたびれた感じの男だと思っていたからだ。しかし、ディーは感情が表に出るタイプではないのでそれをリンドンに悟られることはなく、彼女の方はディーをただ単に無口で愛想のない人間だと認識しただけだった。

「よろしく。あなたが見張っているべき対象をみすみす見失った、アクロードのもう一人ね」

 リンドンの方もディーに負けず素っ気ない挨拶ばかりか、皮肉まで言ってきたのでディーは一瞬ムッとするも、事実は事実なので

「すまない」

 と素直に謝ったつもりだった。が、その無表情が災いして、リンドンには倣岸な態度としか思えなかった。そこへソナタの追い討ちが入る。

「元はといえば、あなたがたがその対象を逃がすから、私達が尻拭いをしているんですよ。あなたにディーを責める権利はないと思いますけど」

 さすがにリンドンは言葉を飲み込み、引き下がった。

 ソナタがディーにしてやったりとでも言いたげに、軽く微笑む。

 ディーは別にリンドンの皮肉を気にしてはいなかったのだが、ソナタは他人がディーに対してこういう物言いをすることを許さなかった。ディーが外見はガタイが良くて目付きも鋭く怖そうでも、本当はナイーブで、他人のキツイ言葉で意外と傷付いてしまうことを知っているからだ。そしてディーは、顔に似合わず辛らつな返しをするソナタに救われていることも度々あるのだった。

「さて、本題に入りましょう。ディー、カエサルはどっちに行ったか、見当は付きますか?」 

 ソナタが仕事モードの真面目な顔になって切り出した。

「ああ、それなんだが、さっき少し行った所で騒ぎがあったらしい。たぶんカエサルだと思う。それでCAUが呼ばれたみたいだ」

 警察にはオートマタンやサイバーズが犯罪を犯した際に対抗するための専門部署があり、それをオートマタン対抗部隊《Counter Autmatan Unit》通称CAUと言う。騒ぎの時に野次馬の誰かか、業務用のオートマタンが通報したのだろう。

 CAUの名を聞いてリンドンが慌てだす。

「CAU!?ちょ、ちょっと待ってよ!そんな大事になったら、私達が捕まえるどころじゃなくなっちゃうじゃない!何とかして警察より先に見つけないと…!!」

「そうですね、それじゃあそっちを先に何とかしましょう」

 ソナタはすぐに車に戻る。ディーとリンドンも後に続いて乗り込んだ。

 ソナタは持って来ていたラップトップの電脳を開き、しなやかな指と手つきで素早く操作を始める。画面にはいくつものウインドゥが開き、どうやら警察のサーバに侵入しているらしかった。

「ちょっと、警察のシステムにハッキングなんかして大丈夫なの!?」

 目の前で平然と違法行為をしているので、リンドンが不安な声をもらした。

 が、ソナタは画面から目を離さずハッキングを続けながら答える。

「そう簡単に足がつくようなマヌケじゃないですよ。この程度だったらデコイもウイルスも必要ないですね」

 そうしているうちに作業が終わったようだ。画面を確かめてから、パタンと閉じた。

「向こうの通報記録を書き換えて、CAUの通信にウソの情報を流し、混乱が出るようにしておきました。これでしばらくは時間が稼げるはずです」

 ディーがうなずき、次の行動を確認するように言った。

「よし。カエサルは人気のない方へ向かったはずだ。話によると人質を連れてるみたいだし、そう遠くへは行ってないだろう」

「ちょっと待って」

 今度はリンドンが電脳を取り出す。

「完成した製品なら、製造番号が分かればこのシステムで今どこにいるのか分かるの」

 ディーとソナタがリンドンの電脳の画面をのぞき込むと、画面にはこの東香港の地図と合わせて、点々と番号のついた印が点滅していた。購入された山京のオートマタンの現在地だ。企業のビルもあれば工場内、道を移動している物もある。

「でも、カエサルはまだ完成機体じゃないでしょう?」

 ソナタが聞くと、リンドンは画面を変えた。地図はそのままだが印の点滅がなくなった。

「ええ、でも動いてるなら彼の電脳信号を捉えられる。出力が弱いから半径1km以内まで近付かないとだめだけど」

 なるほど、とソナタは思った。それがあるから、始めにカエサルが逃亡した時も捕捉できていたし、ソナタの牽制で退いても見つけられる自信があったという訳か。

「それを頼りにすれば、早く見つかりそうだ。取りあえず騒ぎがあった方向へ行ってみよう」

 ディーの意見に皆はうなずき、リンドンは助手兼運転手らしき男にその方向へ向かうように指示した。



 しんとした事務所内で、ミレイはだんだん落ち着かなくなって来ていた。もう15分以上も経つというのに、外は全く静かで、CAUが来ているような気配すらない。もしかして誰も助けを呼んでくれていないのだろうか。いや、そんなはずはない。このカエサルはあんなに派手に騒ぎを起こしたではないか。出て来て壊されてしまった業務用のオートマタンは絶対に通報するはず…!!それにしては遅すぎる…!!

 などと、色々な考えが頭の中を巡っていた。

 もう一度通報した方がいいかもしれない。

 ミレイはそう思った。幸い、カエサルは自分のことが気になっているようで、ミレイに注意を払っていない。

 未だ宝物か何かのように金属の箱を小わきに抱えていた。さっきの街中での乱闘で車だの柱だの壁にぶち当てていたわりには、表面に引っかき傷程度のものはあれど、破損したり凹んだりといった損傷は見られなかった。恐ろしく頑丈な箱である。彼が唯一所持している物だが、そんなに大事な物とは、一体中には何が入っているのだろうか?大事にしているにしては、振り回して物を壊すのに利用したりして行動に矛盾があるが。

 箱の中身が多少気になりはしたが、それどころではないと思い直し、ミレイはそっとカエサルに背を向けて、スカートのポケットからナビを取り出した。音を立てないようにゆっくりジョグダイヤルを操作し、あとは発信するだけになったその時、

「何をしている!?」

 カエサルの声が響いた。ミレイはビクッとしてナビを取り落とす。彼女が何をしようとしていたか悟ったカエサルが、感情を押し殺したような表情と声で言った。

「そうか…、お前も僕がオートマタンだと、僕は存在しない方がいいと言うんだな…!!」

「だって…、あなたのやったことは犯罪よ!?人とかオートマタンとか関係ないわ!こうやって逃げてたって、どうせもうすぐあなたは警察に捕まるのよ!」

「黙れ、だまれぇ!!」

 ガイィン!!と大きな音がして、ミレイは思わず縮み上がった。カエサルが手近な机を叩き付けた音だった。その机は大きく凹んでしまった。

「捕まる、だと…!?僕をまた人体実験にかけて、今度こそ殺そうっていうのか!?僕は存在しない人間だから、死ねばいいと思ってるんだな!?」

「な、何を言ってるの?人体実験?そんなのある訳ないでしょ!?」

 豹変したカエサルの態度に恐怖しながらも、いや、その恐怖のせいか、ミレイは大声で彼の言葉に自分の感情をぶつける。そのミレイの彼を拒絶する反応に、カエサルもまた狂気を募らせていった。

「捕まったら、僕は殺されてしまうんだ!追われているのが証拠だ!」

「追われているのはあなたが暴走したからでしょ!?変なこと言ったりこんなことしてれば、誰だってあなたがオートマタンだって判るわよ!!いいかげん人のふりをするのは止めなさいよ!」

「な・に…!!」

 カエサルの動きが一瞬止まった。

「人のふり…!?」

「そうよ!あなたは電脳の狂ったオートマタンじゃない!!」

 その一言で、カエサルの中の何かが完全に壊れた。

「違う、止めろ、止めろおォ!!」

「キャアアア!!」



「え?ここの通りを封鎖じゃないのか?」

「本部からはもう2ブロック向こうだって今連絡来たぞ」

「何だってんだよ。だいたいどこにもそれらしい騒ぎの跡なんてないよな?」

 重装備に身を固めたCAUの隊員達が専用車の周りでごたごたしているのを横目に、ディー達が乗った車は人通りのない方へ進んで行った。

 CAUは騒ぎのあった通りとは反対の通りを閉鎖したり違う場所に向かったりし、指示がバラバラで、傍目にもいつもの彼らの仕事ぶりのように迅速に行ってないのは明らかだった。どうやらソナタの工作は上手くいっているらしく、ハッキングがバレたとしても、通常に戻すのはもう少し時間はかかるだろう。

 ディーは道すがらリンドンとソナタに事の成り行きを聞いた。そして、カエサルに対して抱いていた違和感が何だったのか、解った気がした。

 カエサルの記憶はバラバラのヒトの記憶の集合だから、無意味で矛盾しているはずだ。それが自分のものとして電脳が認識できていないのかもしれない。それに、本来は作動するはずではなかったのだから、設定もちゃんとされていないプログラムとのズレが生じているのだろう。

 それでも自分を人間だと思い逃亡するなんて、ヒトの記憶は電脳に不思議な影響を与えるのだろうか、とディーは思った。

 

 リンドンの車が右に曲がった時、リンドンがあっと声を上げる。

「今一瞬信号を捉えたわ!ちょっと戻って、そこの道に入ってみて!」 

 言われるままに車が横道に入ってしばらく進むと、信号がはっきりとしてきた。

「いいわ、このまま真っ直ぐの所にいるはずよ!」

 ディーとソナタは緊張を高め、いつでも出られる心構えをする。

 そのあたりはまだ大災害前の町並みを残していて、古さのある区画だった。一階にテナント、上の階はアパート、といったあまり高くない建物ばかりだ。店は開いているがとても繁盛しているとは思えない雰囲気だった。

 そのテナントの一店舗から、ガラスが割れる音がしたかと思うと、続いて女性の悲鳴がし、中からその悲鳴の主であろう女性がこけつまろびつしながらも大慌てで出て来るのが見えた。

「あそこか!!」

 車が停まり、ディーとソナタが素早く外に出る。

 大きな音がしたので何事かと上の階から顔を出す人や、偶然その通りに差し掛かった人が見えたので、ソナタが

「ここから離れて!!窓を閉めて!」

 と制した。階上の人はさっと窓を閉め、通行人はすぐに回れ右をし、いなくなった。皆やっかいごとには関わりたくないのだ。こういった繁華街から離れた人通りの少ない所はまだ治安が良いとは言えず、トラブルに巻き込まれないようにするのが住人の生きる術の一つなのだ。その方が余計な怪我人などが出なくて、この場合は都合がいいのだが。

 ディーが転んでしまいうまく立てなくなっているミレイに手を貸し、立たせようとしていると、カエサルがゆっくりと、ジャリジャリと割れたガラスを踏みしめながら出口へ近付いて来るのが見える。

 ヒッ、とミレイが恐怖のあまり悲鳴を飲み、ディーにしがみつく。ディーはカエサルに注意しながら、彼女を車の所へ行け、と押した。

 ソナタが少し離れた場所で、いつでも銃を抜けるように神経を研ぎ澄ます。背後ではリンドンがミレイを車内に入れたらしかった。

 

 カエサルは、通りに出て来たが、まだ誰のことも見えていなかった。



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