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3 <不明人>

 彼らの仕事は、いわゆる探偵業だった。しかし素行調査や人探しなどをする普通の探偵

ではない。彼らはサイバーズが関わっていると思われる懸案を専門に扱う探偵なのだ。つ

まり『Attacked Cyber-Royd Detective』対サイバーロイド探偵、とでも言おうか。

その頭文字を取って『ACRODE(アクロード)』というのが彼らのコンビ名だった。

 「アクロード」のディーとソナタといえばその業界では名も通っており、信頼度も高く、

実はお値段もリーズナブルなのである。



 ディーはものの15分ほどで『陰陽門(インヤンゲート)』にやって来た。そしてもう一度カエサルの依頼を

ソナタが始めから説明した。

「―――――という訳なんですけど…、どう思います?」

「どうって?受ければいーじゃないか」

 あまりにも簡単にディーが即答するので、ソナタは一瞬呆気に取られてしまった。

「って、そんな簡単に決めていいんですか?事実、山京技研に人体実験の証拠はないんで

すよ?彼の話を鵜呑みにするんですか?」

「鵜呑みにするわけじゃないが…、でも彼は現に追われてたんだろ?」

「まあ、そうですけど…」

「何か気になるじゃないか。それにホントに困ってるみたいだし…」

「この分だと、報酬だってちゃんと払ってくれるかどうかあやふやなんですよ?」

「お、お金のことは必ずなんとかしますから…!!」

「まあ、彼もこう言ってることだし…」

「じゃ、じゃあ依頼を受けてくれるんですね!?ありがとう!」

 カエサルが表情を輝かせた。

 ソナタの思惑とは裏腹に、トントンと依頼を受ける方向に話が進んでしまった。

 ああ、そうだった、とソナタは今更のように痛感する。ディーは、あまり感情を表に出

さず、クールな外見から冷たそうなイメージを他人に抱かせるが、実は困ってる人間や弱

い者を見捨てておけないお人好しなのだった、と。ソナタの方が他人に厳しく、現実的だ

った。

「…ソナタ、ちょっといいか?」

 ディーはソナタに目で合図を送り、部屋を出る。

「なんです?」

 今更何事かと尋ねるソナタに、ディーはちょっと不思議そうな調子で言った。

「カエサルだっけ、あの依頼人…、ホントに『人間』か?」

「ああ…」

 そのことか、とソナタも微妙に顔をしかめた。 

「私もちょっと違和感あるんですけど…、彼自身は人間だと言い張ってますね」

「ふーん…。なんつーか、感情と機体制御が上手く噛み合ってないような、変なカンジな

んだよな」

「そうですね…。とりあえず、彼の身元を少し調べてみますか。追われていたのは確かで

すから、山京技研に繋がる何かが分かるかもしれません」

「ああ、そうだな」

 部屋に戻ると、ソナタはさっそく電脳の前に座る。

「あなた、フルネームは?仕事をしていたんなら、どこに勤めていたんです?山京技研に

行く前の住所は?」

「えっ……」

 ソナタの質問に、カエサルの顔はみるみる曇っていった。

「?どうした?」

 ディーが聞くと、カエサルは怯えたように答えた。

「…思い出せない…!」

「え?」

「あいつらは僕の記憶をいじってたんだ!あのままあそこにいたら僕は脳の中身を全て抜

き取られて死んでいたに違いない…!!」

 カエサルは頭をかかえてうめき出す。

「わ、分かった、ちょっと落ち着け!な!?オレ達が付いてる!じゃあ、覚えてることだけ

でいい!他に覚えてることはないか?」

 取り乱しかけたカエサルを何とかディーがなだめる。カエサルは必死に考えているよう

だったが、「沙田…?いや、北角区……」などとぶつぶつ言うばかりだった。

「仕方ないですね…」

 ソナタは電脳のキーボードに指を走らせた。

「できるか?」

「もちろん、できますよ。本名が分かれば探しやすいってだけですし、ここの電脳はその

ための電脳ですからね」

 ソナタは優雅に微笑むと、国が管理している住民ネットや空港、リニアラインの入国ゲ

ートシステムにアクセスし、検索をかけていた。モニターには何人もの『カエサル』とい

う名前が表示され、ソナタはそれらをさらに絞り込んでゆく。

「今この新香港国に『カエサル』という名前の人間は25人存在しています。そのうち20代

〜40代の男性は17人。さらに現在所在が分からない人が2人です。このどちらかに絞れ

そうですね」

「おおー、やるじゃないかソナタ!」

 ディーが誉めると、そなたはさも当然のように髪をかき上げた。

「これくらいウチの電脳でもできますよ」

 さらに候補の二人の詳細を探ってみるソナタの眉が、ふっとひそめられた。

「これは…」

「何だ?」

 脇からモニターをのぞくディーに、ソナタが説明する。

「一人のカエサルさんは、二年も前から現在まで行方不明ですので、この人は彼じゃない

とみていいでしょう。残りの一人ですが…、この人は昨日、亡くなっています」

「なんだって?」

 ディー以上に驚いたのがカエサルだった。もしその機械の身体で顔色が表現できたなら、

顔面蒼白だっただろう。

「そ、そんなはずはない!じゃあ僕は誰なんだ!?」

 それはこっちが聞きたいとソナタは思ったが、さすがに声には出さなかった。

「そのデータが間違っているんだ!じゃなきゃ僕のデータは始めから登録されていないん

だ!」

「登録されていないとしたら、あなたはどこにも住めませんし、仕事にも就けませんよ。

データが間違っているのなら、誰かがあなたの身分を騙っているということですか?そう

までしてあなたを殺そうとするメリットは?」

「だ、だから、山京技研のヤツらが、僕を実験台にしているのを隠そうとして、死んでし

まったことに…!!」

「もともと人体実験の痕跡すら見当たらないんですから、わざわざそんなことをするとは

思えませんが」 

 そんなふうに冷静に言われると、ソナタの言うことの方が正しいような気がしてきて、

カエサルはうなだれてしまった。

 ディーもそんなカエサルの姿に憐れみを感じたが、ソナタの言うことはその通りだと思

った。

「あと考えられるのは、あんたは『カエサル』じゃないということだな」

「ですね」

 唯一の自分の記憶だと思っていたものさえも否定されて、カエサルは思わず声を上げる。

「でもッ…、それは僕がはっきり覚えていることだ!!それが間違っているなんて、そんな、

バカな…!!」

 ディーとソナタはそれ以上何もできない。二人は顔を見合わせた。カエサルはおもむろ

に顔を上げて言った。

「…その、昨日亡くなったというカエサルさんの家に連れて行って下さい。何度考えても

僕の名前は『カエサル』です。そこへ行けば、もしかしたら何か思い出すかもしれない」

 ディーは無言でうなずき、ソナタに同意を求めるように見た。

「…分かりました、行ってみましょう」

 ソナタ自身はあまり乗り気ではなかったが、ディーがここで彼をほったらかして手を引

くわけはなく、ソナタは結局いつもそんなディーに付き合ってしまうのだった。

 カエサルのデータに登録されている住所を記憶して、ソナタは電脳を切り立ち上がった。

カエサルも脇に置いておいた金属の箱を持ってそれにならう。

 ディーはふと、その箱が気になった。さっきまでは気にも留めなかったが、研究所から

あわてて逃げてきたわりには、その箱は荷物になりそうだった。

「なあカエサル、その持ってる箱、何なんだ?中には何が入ってるんだ?」

 何気なく尋ねたつもりだったが、カエサルは過剰に反応を示し、まるで奪われでもする

かのように箱をかばった。

「こ、これはただの箱だ!中には僕の大事な物が入ってるけど、教えられない…!!」 

「そ、そうか。まあ、言いたくないなら無理には聞かないよ」

 カエサルの態度はあからさまに不自然だとディーもソナタも思ったが、それ以上突っ込

むのはよくないと判断し、それ以上言わなかった。 


「さて。場所は東香港島ですね。リニアで行くのが手っ取り早いです」

 『陰陽門』を出てソナタが目的地の確認をし、いざ向かおうという時に、ソナタのナビ

が震えた。

「ちょっと失礼」

 ナビを取り出して見ると、仕事依頼のメールだった。『ACRODE』はネット上のサイト

で仕事の依頼を受け付けており、まずはアポを入れる。そして直接会って依頼内容を聞く

手順だった。その内容によって依頼を受けるかどうか決めるのだが、まずはサイトにアポ

が入るとソナタのナビに知らされるように設定されていた。

 そのメールは今から一時間後に記されている場所で待っているとの簡潔なメールだった

が、それがどこか急を要しているような印象を受けた。

「どうした、仕事か?」

 ソナタの様子から察したディーが聞くと、ソナタは軽くうなずいた。 

「ええ。どうやらこっちも急ぎのようですね。すぐに会いたいと言ってきています」

 仕事がかぶるなど珍しいが、内容によっては掛け持ちできないこともない。なによりソ

ナタは胡散臭げなサイバーロイド(?)の相手よりもこっちの方がマシだろうとふんだので、

「じゃあ、そっちはディーに任せますよ。私はこっちの依頼人に会って来ます」 

 さっさと居残りを決め込んだ。

「…しょーがねーな。じゃあオレ達は行くから、お前ちゃんと話聞いとけよ?連絡入れろ

よな!」

「はいはい、解ってますよ。いってらっしゃーい♪」

 ソナタはひらひらと手を振り、ディーはカエサルと一緒にリニアステーションへと向か

うのだった。





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