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プロローグ

 そこはまるで病院か研究所のようだった。

 白い壁の廊下がまっすぐに伸び、片側はガラス張りの部屋がいくつも並んでいる。中で

は数人の男女が、電脳の前でキーを叩いていたり、何かの装置の接続をしたりしていた。

機械の割合に比べて、人間の数が少ない印象を受ける。

 その廊下を、黒髪をきっちりと後ろでまとめ、シックな紺のスーツを着たキツめの女が

歩いていた。片手にはコンパクトサイズの電脳とディスクが入ったバッグを持っていて、

歳は30代中ごろといった感じだ。出社したところだろう。

 ガラス張りの部屋の中から彼女を認めた若い男が、ドアを開けて彼女を呼び止めた。

「リンドンさん、さっきまた例の脳が送られてきましたけど、いつものようにやっちゃっ

ていいですか?」

「ああ、そう。ええ、お願い。任せる。データは一応私の電脳に送っておいて」

 彼女はさしたる興味を示す訳でもなく、さらりと答えると再び廊下を歩いて行った。男

の方もいつものことなのか、そのまま言われた作業をするために別室へと向かった。


 

 断片的な記憶が、ただ流れ込んでくる。時も、場所も、性別さえもバラバラで、名前も

誰のものか分からない。子供の頃のこと、昨日のこと、去年のこと、友達のこと、上司の

こと、先週のこと、くだらないことや秘密のことまで、それまでの記憶と混ざり、しかし

矛盾し、混乱する記憶の集合。

 

 そして、『彼』は目覚めた。

 

 ―――――ここは、どこだろう…?

 身体が動かないが、どうやら座っているようだ。目は見える。デスクがあり、電脳が置

いてある。そこから伸びているコードは、なぜか自分に繋がっているようだ。

 彼は、自分の状況を知ろうと思った。すると、頭の中に情報が流れ込んで来た。ネット

にアクセスできるらしい。

 次に、自分のことを考えた。自分の名前、今までしてきたこと。

 ……私…?僕……オレ……?

 自分が誰だかはっきりしない。思い出そうとすると他の記憶が混ざってきて上手くいか

ない。だから名前だけに集中して思い出そうとした。いくつか出てきて…、その中の一番

新しい名前が自分のものだと感じた。

(僕…、僕の名は、『カエサル』)

 『彼』は、『カエサル』という名を受け入れた。それから再び、頭に渦巻く記憶に身を

任せる。

 ―――――小さい頃、飼っていた犬の名前がヘンだった―――去年、彼にプロポーズされた――

―学生時代のあいつ、元気かな―――確か来週旅行に行くんだっけ―――先月、ガンの告知を受

けた―――ああ、あの歌懐かしい―――母親は十年前に死んだ―――こないだ上司に怒られてムカ

ツク―――大学は中退―――結婚記念日は―――クリスマスに彼女にふられた―――

 頭がおかしくなりそうだった。全部自分の記憶のようなのに、まるで実感がなく、つじ

つまも合わなかった。

 カエサルはネットに情報を求め、ここの施設の情報らしきものを見た。施設の名前は、

「山京重工技術研究所」で、自分は何かの実験中らしいということが分かった。

 その時、この部屋に若い男が入って来た。カエサルはすぐにネットの接続を切った。男

はカエサルの前の電脳のモニターをチェックし、独り言をもらす。

「この脳の記憶はこんなもんか…あとはもう取り出せないな」

 男はカエサルが見えていることに全く気付いていない。そしてデータをディスクに落と

し、それを持って部屋を出て行った。

(……脳?記憶…?)

 カエサルは悟った。自分は人体実験されているのだと。このままでは脳をいじられて、

自分は死んでしまうだろう、と。急に恐怖に襲われた彼は逃げ出そうと思ったが身体が動

かない。彼はそこの電脳にアクセスした。すると、自分の中に機体制御プログラムが入っ

ていることに気付いて、それを作動させた。

 キッと腕が動いた。それでヤル気を取り戻した彼は、自分の後頭部に繋がっているコー

ドを外し、立ち上がった。

 これからどうするのかなんて決めたわけではない。ただここから逃げなければ、という

脅迫めいた感情に突き動かされていた。


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