エピローグ
「そういえば、今日報酬が振り込まれているのを確認しましたよ。いつも通り半分、あなたの口座に入れておきましたから」
夕飯が終わって、リビングのソファで食後のコーヒーなどを飲んでいる時に、ソナタが言った。
彼らは仕事の都合上、同居しているのだ。もう二年にもなるが、意外に上手くいっていた。ちなみに、食事はなるべく自炊、交代で作っている。
「ああ、そうか。サンキュ。あの女技術者、だいぶゴネてたけど大丈夫だったのか?」
ディーはリンドンに成功報酬を請求する際、彼女が不機嫌もあらわに文句を言っていたことを思い出しながら尋ねた。
リンドンはカエサルの方の依頼の報酬を自分が出すのはおかしいと言い、自分の方の依頼はカエサル自身が破壊されているのだから果たされていないも同然だ、とかなり長時間報酬全額払うのを渋っていたのだ。ソナタが交渉していたのだが、結局リンドンは彼の半分脅しのような言い分に負け、カエサルの分も含め、経費等込みこみの成功報酬全額を払うことに収まったのだった。
ディーはこういう交渉に向いていないのでやりとりを聞いていただけだったが、いつも自分のいいように話を持っていくソナタに感心しきりだった。
アクロードでは、大概の交渉事は全部ソナタがこなす。口が上手いし、決して情に流されて意見を変えたりしない。相手もなぜか最後には納得するしかないようだった。
「ええ、ぶつくさ言ってましたけど、ちゃんと振り込まれてましたよ。領収書も出しておきました」
「それはそうと、お前、あの金額いつもより上乗せされてなかったか?」
「あ、気付きました?」
ソナタは悪びれも無くにこっと笑う。ソナタは『取れる所から取っておこう』という主義なので、時によってソナタの主観で報酬額が変動する。それをディーがあまりよく思わずたしなめる時もあったが、今回はディーも別に責めている様子ではなかった。
「今回は不愉快でしたので、まあ、私達に対する慰謝料ってところですかね」
「お前は……」
ディーは呆れた声を出したが、不愉快だった、というのには全くもって同感だったので、非難はしなかった。その代わりに一つため息を出す。
「今回はいつもより簡単な仕事だったのに、後味が悪かったよな」
そう、今回はいつものように戦闘タイプのサイバーズやオートマタンとの戦いもなかったし、命がけの護衛とか、侵入とか、追跡とか、そういったものがなかった。けれども、どこか釈然としない、悲しさのような虚しさのようなものばかりが残った。
ソナタもちょっと真顔になる。
「そうですね…。山京が同じような実験を続けるなら、またこういうことが起こるかもしれません」
「ああ…。だが、もうあの女技術者とは会いたくないな」
「私もです」
ソナタが言うと、ディーはふっと表情を緩めた。
「珍しくお前が女に厳しかったもんなあ」
ディーはソナタがそれはもう男にすらモテるのを知っているし、ソナタもよほどでない限り来る者拒まずなのを承知している。別れる時や拒む時でさえ彼は円満に、恨まれることなくキレイに別れる。そんなソナタが女性にキツイ態度を取っているのは相当レアな状況だった。
「ああいうタイプはあまり好きではありませんね。もしディーがあんなカンジの女性を彼女として連れて来たら、全力で阻止しますから」
「あのなあ…、何でお前にオレの彼女を選別する権利があるんだよ」
「ディーの精神的健康を守るためですよ!」
さも当然のようにオーバーにのたまうソナタが面白くて、ディーは笑う。
「安心しろ、オレもあーいう女は苦手だ」
「でしょうね」
そしてソナタも笑った。
普段ほとんど感情が表に表れないディーの笑い顔なんて、同居して長いソナタしか見たことがないだろう。そんなことにふと、ソナタは誰にともなく優越感を抱いたりするのだった。
そうして二人はまたしばらく、他愛もない日常に戻る。また誰かの依頼がある時まで。
窓の外では、人間に混じってオートマタンが歩いている。オフィスビルの中で、病院の中で、工場の中で。今やオートマタンは人の生活に必要な物になっているのだ。
自律して考えることができ、情報の海へアクセスできるその電脳は、人間のあずかり知らないところで日々成長、進化しているのかもしれない。
今日もどこかで電脳に自我が宿り、魂と呼べるものが生まれていてもおかしくはないだろう。
ここは混沌とした世界なのだから。