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~満を持して勇者~

 ハルのすぐ目の前の床に、直径1メートルほどの魔法陣が現れる。

 国王は目を見開き剣を振りかぶるが、ド紫色のそれを振り下ろす前に国王自体が何かに弾かれるように後ろに吹き飛び、きれいにドアを通り抜けて廊下へと転げていった。


 魔法陣がくるくると回転しながら床から天井へと移動していきつつ、勇者をこの世界へと召喚していく。そうして出てきたのは、緩やかなウエーブのかかった短い茶髪に優しげな黒い瞳の、ハルのごく見慣れた人物であった。



「おっっっっそいよハルちゃぁああああん!!!!!」



 魔法陣が消え、完全に召喚されたソレはそんなことをのたまいながら、ハルに抱きついた。







「えっ?」







「ハルちゃん、すぐに呼んでくれると思ってたから、すっっっっっごい心配したんだよ。召喚されちゃって2日目くらいからは僕、夜も眠れなかったんだから!」

「えっ、え、アキ?」

「なあに、ハルちゃん。」




「…………はあ?」




 十数秒たっぷり考えてから、やっぱり意味がわからずハルが疑問の声を漏らす。


 魔法陣から召喚されたのは勇者ではなく、ハルの旦那であるアキであった。

 服装も七分袖の淡いグリーンのシャツに、薄い紺色のジーンズで、その下は裸足。いつものアキの部屋着である。


「アキ?」

「なあに?」

「私、勇者を召喚したつもりだったんだけど。」

「うん、そだよ♡」

「そだよ♡とか言ってる場合じゃないよ?」


 ハルは首を傾げた。アキのすぐそばで座り込んでいたアリストスもきょとんとしている。

 しかし、部屋の外ではド紫色の剣を取り落とし、国王がわなわなと震えながら目を見開いてアキを凝視していた。


「ゆっ……ゆ、ゆ……勇、者ッ!?なぜ貴様がここにいる!神罰で消滅したのではなかったのかッ!!!」

「えっ?勇者も出たの?どこ?」


 ハルが部屋の中をきょろきょろしても、部屋の中にはハルとアリストスとアキしかいない。

 それはつまりどういうことなのか。ハルは勇者を召喚するはずだった魔法陣から出てきたアキに視線を戻した。


「アキが勇者なの?」

「そうだよ、僕の愛しい聖女様♡」


 とろけるような笑みでぎゅうと抱きつかれても、ハルは混乱したままだ。


「は???」

「いつも言ってたじゃないか、僕はハルちゃんの勇者だよって。」

「い、言ってたけど。え、あれ、本当の意味での勇者だったの!?」

「そうだよお。」

「え、じゃあ、いつも私のことを聖女聖女って言ってたのも?」

「もちろん、ハル以外に聖女にふさわしい美しくて可愛らしい人なんているはずないじゃないか。」

「ぇえ……完全にラノベ脳に侵されてるだけかと思ってたのに、まさかのだよ。自称勇者の旦那は本当に転生済みだった!とかどこのラノベ… …?」


 これにはハルもドン引きである。廊下で呆然と突っ立っている権力のために聖女を召喚しちゃうような国王に対してと同じくらいのドン引きレベルであった。


「あ、あの……ハル様、勇者様と面識が……おありなのですか?」


 おずおずと、アリストスが問う。それに答えたのはハルではなく、アキであった。


「ハルちゃんはね、世界一可憐な聖女で、僕の可愛いお嫁さんだよ。」


 ハルに向けるものとは真逆。冷たい視線を浴びせながらアキが吐き捨てた。


「僕のお嫁さんだから、加護だって神じゃなくて僕がつけたんだ。

 ――ねえ、アーガス・マクアリー・フェルストス。たしかに邪神の爪は神の加護を貫くことができるよ。でも残念、僕の加護はそんな抜け殻ごときじゃあ貫けはしない。貫きたいのなら、本体ごと(・・・・)持ってこなきゃ。」


 アキは話の途中からは視線を国王に向けていた。国王は慌てたように廊下に落としたド紫色の剣を拾い上げ、切っ先を勇者に向ける。しかしアキはしばらく国王を見たあと、目をぱちぱちと(しばたた)かせてこてりと首を傾げた。


「……うん?……あれ、君は、名前は国王と同じみたいだけど、国王の影武者だね、ホンモノはどこに行ったの?」

「なな、な、国王の、儂に向かって、影武者、などとッ…… 巫山戯(ふざけ)るのも大概にせよッ!」


 国王の額には青筋が浮かび、顔は真っ赤を通り越して黒くなり始めている。とても嘘をついているようには見えないのだが、アキはわけもわからないというふうに眉をひそめた。


「だって前に持ってたスキルがないよ。聖女の加護がなかったことだ、け、は、覚えてるんだけど。王族なら聖属性のスキルをどれかを持ってるはずだよね、じゃないと王族とすら認められないんでしょ?」

「……あ、アキ、それ、私が消しちゃったんだ。王族のみなさんには、もう、聖女のスキルはないんだよ。」

「へっ?」


 ハルの言葉に振り返ったアキの顔は、いつものようなとろんとしてアキを愛でているような表情ではなく、目はまんまるで、口もぽかんと開きっぱなしだった。


「国王のスキルを消したの?」

「うん、王様っていうか……たぶん、この世界の聖女関連のスキルは全部消えた、はず。」

「どうやって?」

「王族って、聖女の血を受け継いでるから、異世界から聖女が召喚できるんだよね?」

「……忌々しいことにね。」

「でも、世界の危機でもないのに召喚されて、わけもわからず監禁される女の子が量産されてるのは、おかしいって思ったんだ。元の世界にも帰れないみたいだし。」

「僕もそう思うよ。」

「で、考えたんだ。異世界人っていうだけでも聖女ってこの世界の理?みたいなものからは外れてるはずだよね。だからその血だって当然この世界の人々にとっては異物なもののはずで、聖女の血っていう言葉のせいでありがたみがありそうな気がするだけで、つまるところ、聖女の血ってこの世界の人々の血に宿ってしまう呪い的なデバフなんじゃないかなって思って。」

「聖女の血が……デバフ?」

「ほら、邪神だって自らの教徒には血を分け与えて、邪神の力をお裾分けしてるかもしれないじゃない。でもそれは、普通の人から見ればまごうことなき負の力の呪いで、浄化しなきゃいけないデバフとして扱われる、はずだよね?」

「……まあ、そう言われたら、確かにそう、なのかなあ。」

「そうだよ!だから、私はこの世界の人たちから聖女の血を浄化して、聖女の召喚とか聖女のスキルが使えるようになるっていうデバフを解除したんだよ、ついさっき。で、それに対して王様はめっちゃ怒ってるの。」

「……それ、は……」


 力なくその場にへたりこみ、アキが呻く。わなわなと震える自らの両手に視線を落として、ぼそりと言葉を漏らす。


「僕の奥さんは……こんな美しくて可愛い聖女なのに、さらに神をも超える天才だったなんて……!」

「いやそれはちょっと言い過ぎ。」

「そんなことはないよハル!」


 勢いよく顔を上げて、アキがキラキラした目で立ちっぱなしのハルの両腕を優しく掴んだ。


「僕も、……神でさえも、神罰でフェルストスの一族を根絶やしにするよりほかないって、どうしようもないって諦めていたのに!」

「根絶やし。」

「だって、聖女の血は神の力を帯びているから、とても神聖なものなんだよ。それをデバフだなんて普通考えつかないよ!僕の聖女は……もしかして、女神だった!?」


 半ば悲鳴のような声であった。アキのテンションの高さに、ハルは逆にテンションを落としていく。


「ぇえ……聖女の血は神聖でも、その子どもに流れてるのは聖女と同じ血じゃないし。血液型も違うでしょ、この世界に血液型なんてあるかわかんないけど。」

「うん、うん、そうだね、ハルが正しいよ、さすが僕の女神様だよ。」


 聖女から女神にランクアップしたよ、とハルは半眼になったが、アキは優しい笑みを浮かべたままおもむろに立ち上がって、感極まったようにハルに抱きついた。その直後、何か硬い物を叩いたようなガィインという音が部屋に響く。

 アキの胸辺りに顔が埋もれる形で抱きつかれていたハルには何が起こったのかわからなかったが、アリストスが短い悲鳴を上げたのは聞こえた。


「え?え?何?どうしたの?アキ?」


 ぱっと力づくでアキから顔を離してハルが見れば、アキはさっきと同じように優しい笑みを浮かべたままハルを見下ろしていた。

 その後ろで、いつの間にやら部屋に入ってきていたらしい国王が唖然として自らの手のひらを見ている。床にはド紫色の剣が落ちていた。


「だからさ、アーガス・マクアリー・フェルストス。邪神の抜け殻程度の力じゃあ、僕の加護は越えられないんだよ。」


 くるりと振り返り、茫然自失となっている国王に向かってアキは目を細めて鼻で嘲笑(わら)った。


「あのさあ、邪神が封印されたのは、別に倒せなかったからじゃないよ?」

「……な、に?」

「邪神は負の力を司る神で、あくまでもこの世界を支えるたくさんいる神のうちの一柱なの。消滅させたら世界のバランスが崩れてこの世界も壊れるから、力が弱まるまでしばらく封印しておくことになっただけ。消滅させられないわけじゃないんだ。まあ、確かに負の力を一手に引き受ける邪神と正の力のうち聖だけを司る神じゃあ力に差があるから、抜け殻であってもその剣で聖女を斬りつければ聖の神の加護をある程度削ぐことができるだろうけどね。……本当に、聖女に聖の神の加護がついているのならば、だけど。」


 アキの言葉に、国王が訝しげにハルに視線を向けた。


「聖女に……神の加護がついていないとでも?」

「そう。ハルには……僕の聖女にはね、僕の――勇者の加護がついてるんだ。愚かなお前の一族や神人教やそのほかの塵芥(ちりあくた)が、僕の大切なハルに、あまりの可愛さに手を出しかねないと思ってね。僕の加護には聖の神も驚いてたよ。ある程度この世界に合わせて加減してある神の加護よりも、全力でかけた僕の加護のほうが強力なのは当然なのに。」

「ねね、アキ。さっきから気になってたんだけど、アキって神様とお友達かなんかなの?」


 ちょいちょいとアキのシャツの裾をひっぱって、ハルが小首をかしげて問う。今聞くべきことではないのだか、ハルはどうしても気になってしまったのだ。


「友達ではないかな。勇者は神の使徒とかって呼ばれてるけど、使徒でもない。勇者はね、神から仕事をもらって、それをこなすことで結果的にこの世界を救ってるんだ。そうしてこの世界が救われるたびに、勇者にはスキルなどの報酬が支払われる。

 支払われた神の力はこの世界基準の力に変化して勇者に宿るから、勇者以外は誰も知らないけど、勇者が使うのは聖属性スキルではないんだよ。聖女の場合はこの世界に転移する際に神に直接スキルを与えられるから、扱うスキルも聖属性になるんだけど。」

「へー、そんな設定なんだ。」

「で、僕はね、神から押し付けられた無理難題をちゃあんと全部成し遂げて、元の世界に帰ったんだ。魔族だって神が救いたがってたから国を立て直すのを手伝ったし、人の国との仲介役までしたんだ。神には感謝されこそすれ、天罰で消滅なんかするわけないじゃん。

 こんなことなら、あっちの世界に帰る前に神人教も潰しておいたほうがよかったかも。神はすべての生物を平等に愛しているのに、あいつら、人だけが愛されてるとか平気で言っちゃうし。どうぜ僕に天罰が下ったとかっていうのも、神人教のやつらが流したんでしょ。」


 その言葉に、部屋の外でことの成り行きを見守っていた神官の格好をしたおっさんが真っ青になってガクガク震え出す。ハルがふとその横を見れば、昨日、聖女の加護を与えたテレジアも真っ青を通り越して真っ白になっていた。なんだか申し訳なくなったハルは、困った顔でアキに視線を向けた。


「宗教がいきなりなくなったら大混乱だよ、アキ。」

「そうかな?」

「そうだよ。私考えたんだけどね、この国の王族の人たちはなんか偉そうだけど、この国に暮らしてるフツーの人に罪は無いと思うんだ。だからね、聖女の血を消した後はこの国は神官さんたちが治めれば良いと思うんだよ。」

よいお年をお迎えください。

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