~天然魅了系美少年~
「さーってと。」
テレジアに聖女の加護を与えた次の日、いつものようにミティルナが運んできた朝食を食べ終えたハルは、庭のガゼボで日向ぼっこをしながら、お腹もいっぱいになったことだしそろそろ逃げようかな、と考えていた。
そんなとき、コッコッコッと控えめにノックするいつもの音が聞こえて、「はーい。」と答える。
ハルが、このノックの音はアストンさんだな?と思いながら扉の方へと視線を向けていると、静かに扉が開き――入ってきたのは、なぜか真剣な表情の聖騎士4人組であった。4人が4人とも、ハルの召喚初日にベルジュがつけていた鎧を装備している。
「物々しいですね……私に何か用ですか?」
ハルは首を傾げた。お茶会は昼過ぎだし、そもそもこんな鎧姿でどかどか部屋に入ってくるのはおかしい。ハルはガゼボから出て、部屋に戻った。
「聖女様……昨日、神官の一人に、聖女様の加護をお与えになったそうですね……。」
ベルジュは開口一番、ご機嫌取りのあいさつもなく、そう言った。
「なぜ、王族でもなんでもないただの神官に、加護をお与えになったのですか?」
「王族以外に加護を与えてはいけないんですか?」
「当然です!聖女様をお護りしている我らではなく、昨日はじめて会っただけの神官などに加護をお与えになるなど……」
「別に護られていませんし、護られたいとも言っていませんし、なによりあなた方ともつい数日前に会ったばかりなんですけど。」
「……っ。」
「それでもです、聖女様。歴代の聖女様は、王族以外に加護をお与えになることなどありませんでした!」
王子顔のベルジュが黙ると、次はインテリメガネのケッシュが継いだ。
しかし、聖騎士への好感度がすでにマイナスを振り切っているハルはそれを鼻で笑う。
「それはあなた方が、今、まさに私にしているように、他の聖女も城に監禁してどこへも出さなかったからでしょう?」
「それは聖女様をお守りするために……」
「だから、あなた方に護られなくとも私は自分の身は自分で護れるんですよ。押し付けないでください。そういうの、ありがた迷惑っていうんです。」
「おいおい口には気をつけろよ、お前は知らないかもしれないが、俺達は王族だ。」
体育会系のバッスの言葉に、ハルはおや?と内心で首を傾げた。
昨日のテレジアとの会話は外に漏れていないのかもしれない。それなら、話をもっと優位に進めることができるかもしれない。ハルは大げさにため息を吐いた。
「私を誰だと思っているんですか。そんな事はとっっっっっっくの昔に気づいてます。あなたがたが、どうして聖女を召喚したのかも知っていましたよ。でも残念、私は元の世界にすでに心に決めた人がいるんですー。」
「じゃあ話は早い。使命を果たさなければ元の世界には帰ることが出来ないんだ。嫌でも、聖女の血を王家に入れてもらうぞ。」
「あなた方の力では私が元の世界に戻れないことも気づいてますよ。」
ニヤリと笑っていたバッスの笑顔が凍る。この男は脳みそまで筋肉でできているのか、表情を取り繕うことすらできないらしい。
「それに今後は神に誓って聖女は召喚させません。あなた方がやっていたのは、神への冒涜ですよ。権力のためだけに異世界から女の人をさらうとか、聖女を召喚するようなやつはクズって聞いてはいましたけど、本当にその通り過ぎて……元の世界に帰れたら、彼を少しでも疑ったことを平謝りしたいところです。」
「……彼?」
ハルの言葉に、ぽそりと美少年のアリストスが声を漏らした。
はっとして聖騎士の残り3人が顔を上げる。
「彼、とは誰ですか……?」
彼、と聞いて真っ先に勇者の顔が浮かんだベルジュが震える声で聞いた。それに対しハルは満面の笑みを浮かべて答える。
「旦那さんですよ。」
「え?」
「は?」
「なっ?」
「旦那ァ!?」
4人の聖騎士は4通りの驚きようで、目を見開いた。
「私、この世界に来た初日にベルジュさんに聞きましたよね、私は本当に聖女なのかって。まあ、ステータスにある称号にも職業にもちゃんと“聖女”って入ってたので、既婚者でも聖女になれるんだなーくらいにしか思ってなかったんですけど。」
「まさ、か。」
「今思えばこういうシナリオにするために、神が私を聖女に選んだのかもしれませんね。年頃の女の子なら、きっと以前と同じように籠絡されてしまったでしょうし。つまり、あなた方王族は神に見放されたんですよ。世界を救うべく異世界から召喚された聖女を、こんなふうに扱っていたんだから自業自得ですね。」
ハルは今すぐ逃げ出すつもりだったので、最後にスッキリしてやろうと言いたい放題である。
聖騎士たちは告げられた言葉にショックを受け、二の句が継げないでいた。しかし一番に立ち直った脳筋バッスが、何を思ったのか腰の剣を抜き放ち、ハルに向ける。
「バッス様!?」
アリストスが非難の声を上げて、慌てて聖女の前に立つ。
アリストスは聖騎士の中でも小柄で身長も160くらいだ。年も15才と、一番若い。
対してバッスは23才で、身長は2メートル近くありインテリメガネのケッシュよりも高く、体の幅もある。
アリストスに護られていながらも、ハルからはバッスのギラギラした目が見えていた。
「バッス様、お、落ち着いてください……」
消え入るような声でアリストスが願う。しかしバッスは抜身の剣でびしっとアリストスを指した。
「命が惜しくばそこをどけ、アリストス。何も聖女は100年に1回しか召喚できないわけではないんだろ。替えがきくということだ。この聖女がダメなら別の聖女を召喚すればいい。」
「そんなっ!」
「うっわ。」
アリストスは悲鳴を上げたが、ハルは本気でバッスの脳みそを心配した。
「さっきも言いましたけど、もう聖女を召喚することはできません。」
「そんなの、してみないとわからない、だろ!」
あろうことかバッスが喋りながらアリストスもろともハルを両断すべく剣を振り下ろす。アリストスはまさか本当に切りつけられるとは思っておらず、剣を抜くことすら出来ずにハルに向き直って剣が届かないように突き飛ばすしかできない。
ハルはアリストスが自分を突き飛ばしたまま目の前で真っ二つになるのではないかと、思わずアリストスに加護を授けてしまった。
結果――
振り下ろされたバッスの剣はバキンという音をたてて折れた。くるくると折れた剣先が回りながら絨毯にぽすんと落ちる。
一応は“騎士”だというのに目をつぶって死を覚悟していたアリストスは、いつまでも来ない衝撃に目を開け、苦笑いしているハルの顔を見て疑問符を浮かべて振り返り、剣が折れて呆然としているバッスに気づいた。
「よ、よかった、びっくりしたー。私、グロ耐性そんな高くないんだよ。勘弁してよ。」
後ろでは、ハルがそんなことを言いながらへたり込んでいる。
「……聖女の、加護……?」
蚊帳の外であるベルジュとケッシュのどちらかが、呆然とつぶやいた。
「ついうっかり加護与えちゃったけど、まあ、君が死ななくてよかったよ。」
ハルに声をかけられ、アリストスはようやく自分が生き残れた理由に行き着いた。
「僕に……加護が……?」
剣すら抜いていない自らの両手に視線を落とし、アリストスがつぶやく。
「本当は王族なんかに加護を与えたくはなかったんだけど、まあ、血で受け継がれるわけじゃないし、ちゃんと聖女を守るっていう聖騎士の仕事っぽいこともしてくれたし、神さまが見放したはずの王族に加護がついたってことは、神様も君のことは赦してくれるってことなんじゃない?」
ハルは調子に乗って自らの存在が王族への神罰だなどと言い切ってしまった手前、王族に加護を与えてしまった自分のうっかりに苦いものをにじませた笑みを浮かべた。そんなハルの苦笑いを見て馬鹿にされたのだと勘違いしたバッスは、折れた剣の下半分をその場にたたきつけて食い下がる。
「そんなはずがあるか!こいつはな、魅了スキル持ちなんだよ!知らない間に魅了されて加護をつけさせられたんだよ!馬鹿な女め!」
「……魅了スキルを持ってるのは知ってるけど、アリストスさんが私に魅了スキルを使ったことはないよね?」
「も、もちろんです!聖女様に魅了スキルを使うだなんて……。」
「そうそう。さっきも言ったけど、そんな人なら神様だって加護を与えることを許すはずがないし……そもそも聖女たる私に魅了スキルなんて効くわけがないでしょう。……そこのベルジュさんとケッシュさん、ちょっとこの人どうにかしてもらえませんか?」
「っ……はっ!」
「今すぐ!」
ベルジュとケッシュは、まだ怒りが収まらないバッスをなんとかなだめつつ、部屋から退散する。
部屋の中は、アリストスとハルだけになった。
「あの……」
おずおずとアリストスがハルに向き直り、座り込んでいるハルに向かって跪いた。
「義兄が、申し訳ありませんでした。こんな……歴代の聖女様を閉じ込めて我がものにしていた一族の、しかも忌み嫌われる魅了スキルなんて持っている僕が聖女様の加護など、受け取れません。どうか、加護を返上させてください……。」
アリストスは昨日聖女から言われた言葉に衝撃を受け、今の今までずっと悩んでいた。
自分は王族だ。しかし、少女を誘拐して監禁するなど犯罪者のすることである。アリストスは若く、精神的にも幼い。それは、魅了スキルのせいであまり人付き合いをさせてもらえなかったためであり、そのおかげでまだこの国の王族に染まりきっていなかった。
しかし聖女のあり方のおかしさを指摘され、そのおかしさを王族の誰もが当たり前のようにおかしいままにしていたことに気づいた。そして自分が聖騎士に選ばれたのは魅了スキル持ちだからだとも、ついさっきバッスに言われてようやく気づいたのだった。
アリストスは後悔していた。相手のことを考えず、ただ自分たちの一族のために一人の少女を犠牲にし続けていたことを。
そんなアリストスの思いなど全く知らず、ハルは肩をすくめてみせた。
「加護を取り消すのは私じゃ出来ないかなー。」