~国王と教皇の祈り~
聖女によって一人の高位神官が神人教の次の教皇に選ばれ、しかもその神官は聖女の祝福を与えられたという話はその日のうちに城内にまたたく間に広まった。テレジアは城内に留め置かれ、国王やら宰相やらにわけもわからないまま質問攻めにあい、ただただ聖女様が言っていたことを繰り返した。
「以降、勇者と同じく、聖女もこの世界の人々から選出するように、と聖女様はおっしゃっていました。」
その言葉に、国王は絶句した。
なぜならばこの国は――100年に一度、召喚した救世の聖女の血を王家に取り入れることで国としての発言力を高め、小さい国土ながら神人教の本拠地を置いて他国からの侵略を防いできたからであった。
聖女を召喚できるのはこの城の最上階に設けられている特殊な礼拝堂だけであり、その秘術が使えるのは聖女の血を受け継いできたこの国の王族だけなのだ。だからこそ、召喚される異世界の聖女とその血は強力なアドバンテージとしてこの国を支えてきた。
しかし、聖女がこの世界の人々から選出されるとなると、話は別だ。
聖女はこの国だけのものではなくなるのだから。
勇者はこの世界の何処かで生まれ、時期が来れば神人教の教皇に神託が下りその存在が発覚する。聖女もそれと同じようにこの世界の何処かで生まれ、神人教に見いだされるようになる、かもしれない。次期教皇に選ばれたという若い神官テレジアはそう言った。
そんなことにさせるわけにはいかないと、国王は秘密裏にテレジアを亡きものにしようと考えた。これからもこの国は異世界の聖女の血を取り入れ、地位を盤石なものとしていかなければならないのだ。この世界で聖女が生まれるなど、到底受け入れられるはずがない。
しかし、聖女の“決定”はそんな簡単に覆ることではなかった。
「テレジア様は聖女様より、聖女の加護を授かっておられます。テレジア様は聖女様のお力により病魔や毒から護られ、その御心や御身体を害した者には神罰が下るそうです。この加護は血縁では受け継がれず、テレジア様亡き後はその加護に相応しき者に受け継がれると聖女様は自らおっしゃっておられました。」
普段ハルには見せないような無表情な顔で、ミティルナが淡々と国王に告げる。
それを国王と一緒に聞いていたテレジアの父であり現教皇は、ひどく難しい顔をしていた。
ひどく難しい顔をして失意に崩れ落ちる国王に視線を向けながら……内心では躍り上がって喜び神に感謝の祈りを捧げて聖女を褒め称えた。
なぜならば神人教の本拠地はこの国の王都にあるものの、この国の王族は神人教に寄付金を一切よこさないどころか、聖女の血をひく王族に神人教が寄付をしなければならないという神様もびっくりなトンデモ状態だったのである。
確かに異世界より聖女を召喚できるのはこの国の王族だけではあるし、聖女は民にとって神が実在しているのだと感じることのできる唯一の存在だ。しかし、当の聖女は人々を救うこともなく城から出ることもなく、ただ王族との子を作るためだけに王族に囲われていた。
その事実を知るのは国王と聖女と関わりを持つために教育された聖騎士、あとは教皇と枢機卿だけではあるが、聖女を物のように扱っているそれは神に仕える者としては許しがたい行いであったし、教皇はその行いになぜ神は神罰を下さないのかと不思議でならなかった。
召喚されてこの世界にやってくる聖女は、大抵が10代半ばの少女である。
少女は召喚ののちすぐに顔の良い聖騎士に付き従われ、その場にいるだけで世界を救っていると甘くささやきかけられ、囲われ、その小さな箱庭で聖女様聖女様とおだてられ、その使命を忘れ贅沢に溺れていく。
神殿に保存してある伝承には聖女は病を退け負の力を浄化し全ての傷を癒やすと書いてあるし、事実、聖女にはその力があるはずだ。しかし、その力が発揮されるのは稀である。
確かに世界を救った聖女は存在するが、どの聖女も結局はこの国の王族と結ばれて子をなしている。そしてその際、聖女から王族限定で“聖女の加護”がばらまかれ、そのせいでさらにこの国、この土地に他国が手を出せなくなるのだ。
そしてそれは王族を増長させ、この国は寄付金で運営されている神人教を含めた全ての宗教から金銭を巻き上げ、世界の危機でもないのに聖女を召喚するような腐った国になってしまっていた。
王族は知らないが、歴代の教皇らは揃いも揃って神人教の大神殿だけが保管している特殊な歴史書に「聖女は騙されて王妃にさせられている」と書き残している。その証拠に王族にばらまかれるように与えられる“聖女の加護”は、ほとんどすべてが次代に引き継がれずに消えてしまっているのだ。
しかし、神殿は何も口出しが出来なかった。王族は、王族以外――教皇ですら、聖女の姿を見せるのを渋るのだ。聖女の加護も王族の特権のように扱っていた。神殿はある意味、弱みを握られているようなものであったのだ。
しかし、それを今代の聖女様が全て清算してくださったのだ。
しかも“聖女の加護”を、王族ではなく神人教の神官に与えてくださった。
聖女の加護は、血では受け継がれることはない。つまりこれは、後ろ盾に関わらず神人教の教皇の座につくものを神が選んでくださるようになるということに他ならない。
宗教というものは、善意の寄付で運営されている。しかしそれは建前である。生きる者がいれば、どうあってもお金は必要になってくるからだ。
仕方のないことではあるが、今の神人教は上位のものはどうしても立場が金銭に左右されてしまっていた。当然、大口の寄付をする貴族がバックにいるからといって、神官としての能力が高いというわけではないのに、だ。
それを聖女様はテレジアと少し話しただけでこの国と神殿を取り巻く問題を見抜き、テレジアに“聖女の加護”と教皇の座を与えてくださったのだ。驕ったこの国の王族から権力を奪い、神人教を正しい方向へと導くために。
「おお、神よ……」
「神よ……!」
静かに目を閉じて、素晴らしい聖女様を遣わしてくださった神へ、そしてこの世界の歴史の転換点となるだろうこのときに教皇として居合わせられた幸運を聖女様へと感謝の祈りを捧げる。
そのとなりで、国王も床に頭をこすりつけるようにして神に祈っていた。こちらは感謝ではなく、許しを乞う祈りだったが。