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3/11

~監禁聖女はおこ~

「すっげえ……」


 とは、聖女のために用意されたとかいう部屋に案内されたハルの第一声である。


 その後ろには、きりっとした顔をしているものの穏やかそうな、すらっと背が高い50代くらいのナイスミドルな執事アストンと、人の良さそうな満面の笑みを浮かべたメイド服が似合うおばちゃんミティルナが立っていた。


「全て聖女様のためにご用意したものですから、お好きなようにお使いくださいね。聖女様がご希望でしたら、どのドレスでも完璧にお着付けいたしますので、いつでもおっしゃってください。聖女様はお可愛らしいから、きっとどれもとってもお似合いになりますよ。聖女様がいらした世界ではコルセットはつけないということも存じておりますので、もちろんそういったものは用意しておりませんからご安心くださいましね。」

「あー、ありがとうございます。」


 まあ、すぐ出ていくんだけどね、とハルは心のなかで付け加える。


 ほぼ白に近い淡いピンクの落ち着いた壁紙、薄茶の絨毯と、白いたっぷりとした天蓋付きの大きなベッド、そして庭に面している壁は全面ガラス張りで、その向こうには花が咲き乱れている美しい庭が広がっている。

 白い木製の巨大なクローゼットは中身を見せるためにミティルナが全開にしているが、ぎっしり色とりどりのドレスが吊り下げられている。ベッドの直ぐ側のやたらでかくてりっぱな三面鏡の鏡台の宝石箱も全開にされ、アクセサリーが宝飾店のように飾られていた。なんと隣の部屋にはトイレはもちろん、足を伸ばして入れる浴槽まであるらしい。

 もう、この部屋から出さない気満々の布陣である。


 これだめなやつや……


 ハルは盛大に引きつりたいのを我慢して、振り返ってアストンとミティルナの方を向いた。


「すみません、私は、王様とお話をした後はすぐに聖女としての仕事をしたいので、このお部屋にはあまり来れないかもしれませんが、とても嬉しいです、ありがとうございます。」


 ぺこりと頭を下げておく。


 あくまでも、“帰れない”ではない。“来れない”である。

 しかし聖女付きの従僕とメイドたという2人は一切それに反応することなく、ミティルナが胸に手を当てて言葉を返した。


「ええ、ええ、素晴らしい心がけだと思いますわ、聖女様。ですが今日のところはお部屋でお休みください。召喚というのは、とても疲れる体験だと聞いております。いきなり知らない土地に放りだされ聖女様だなんだと担ぎ上げられ、さぞ驚かれたことでしょう。それにも関わらず、この世界の人びとの為と、こうもご立派に聖女様としてのお勤めを全うしようとしているお姿は本当に素晴らしいと思いますわ。しかし、聖女様。急ぎすぎてはなりません。しっかりとお休みになり、英気を養うことも聖女様のお勤めですわ。ここには全てが揃っております。さあ、聖女様のお好きな食べ物をお教えください。聖女様のための料理人たちが、聖女様のためだけに腕をふるいたいと、乞い願っているのです。」

「あー、特に、ない、です。」


 ミティルナに圧倒されつつ、ハルはそんなことを言った。異世界にハルの好物があるとは思えなかったからだ。ラノベを読まないハルだが、異世界に現代日本に生きるハルの味覚を満足させるような料理があるとも思えず、何を食べてもそこまで美味しくないだろうと高をくくったのだ。


「それではこちらで用意いたしますので、お食べになられたときに聖女様のお好みのものをお教えしてもらいましょう。聖女様、料理人に指示をしてまいりますわ。夕餉の支度ができますまで、どうぞごゆっくりお休みください。なにかあれば、ドレッサーの上にベルがございます。隣の聖女様専用の使用人室にこのアストンかわたくしめが常におりますので、すぐにお伺いいいたしますわ。」

「あ、はい。」


 ミティルナの怒涛のラッシュに、ハルは笑顔を貼り付けて頷いた。内心はもちろんドン引きである。

 頭を深々と下げて2人が退室すると、なんだかどっと疲れた気がして、ハルは遠慮なく自分のために用意されたというベッドに倒れ込んだ。


「うっわふっかふか。怖ッ!」


 なぜかベッドの質にもドン引きするハルだった。




§§§§§§§§§§





「監禁だよなーこれ。」


 ハルはベッドでごろごろしながら、誰にともなくつぶやいた。


 ただっぴろい豪華な部屋には誰も居ない。

 アストンやミティルナに話し相手を何人か紹介されたが、全員が聖騎士だという若い男で、見た目は違うもののなんかみんなキラッキラしていたのでハルは丁重にお断りをした。


 なびくどころか無表情で「結構です。」と断固拒否され、さらにはミティルナの「お好みの方はいらっしゃらないのですか?」という質問に対し枯れ専のハルが「アストンさんですかね。」などとのたまったので、聖騎士たちはなすすべもなく引き下がるしか出来なかったのだ。ミティルナは「あらまあ。うふふ。」と笑っていた。



 そんなこんなで、この世界に召喚されてからなんと4日も経ってしまっている。



 ハルは何回もアストンやミティルナにせっついているものの、王様に謁見できそうな気配は皆無だ。

 なんだかんだ有事に備えて英気を養えだとか、聖騎士と親睦を深めて加護を与えろだとか言われて代わる代わる聖騎士とお茶をさせられたり、神にお祈りをする時間ですとか言われて庭の小さな泉のほとりにあるガゼボでいるかもわからない神に祈らされたりと、有耶無耶にされてしまっている。


 ハルはそろそろ逃げるべき頃合いだと思っていた。このまま何日も何ヶ月も何年も監禁が続いては、聖女としてのお役目が果たせない。

 いやそもそもお役目なんてあるのだろうか。ベッドでごろごろしながらハルは考える。救世の聖女は世界を救うから救世のはずなのだが、ここに揃えられているドレスやアクセサリーも出てくる食事もみんな豪華でこれっぽっちも世界が危機に瀕している感じがないのだ。


 まあ、もしかしたら聖女を囲うために税を惜しみなく使っているだけで、城外は厳しい状況なのかもしれないけれど。でもそんなことをすれば本末転倒だろう。世界を救う聖女のためとはいえ、必要のない贅沢に国民の血税を使うだなんておかしい。いや、国王のポケットマネーでもじゅうぶんおかしいけど。あ、寄付金という手もあるのかな?寄付金で贅沢をする聖女……神様もびっくりである。


 ――本当に私は聖女なのだろうか?


 たしかに称号にも職業にも一応聖女とは書いてあるし、聖女っぽい癒やしの力も使えるっぽいが、よくわからない神さまに祈る以外に聖女らしいことをなにひとつさせてもらえてない現状、ハルは聖女ではないといっても過言ではない、と思っていた。

 聖女は聖女らしい行いをするから聖女なのであって、今の状態は良く言えば深層のご令嬢、悪く言うなら城に囲われてる誰かの愛人がいいとこである。


 そろそろお茶の時間だなと思い、ハルは起き上がる。いつものサンダルを履いて、スカートのシワをささっと伸ばす。

 ハルは、寝間着に可愛らしいフリルのふんだんについたネグリジェだけは借りているものの、それ以外に用意されていたドレスには手を付けていないしアクセサリーも付けていなかった。ドレスはどこかに引っかかって破れたりしたら怖いし、アクセサリーだって服を脱ぐときにうっかりちぎれたりしたら事だからだ。


 一張羅の下着とワンピースとサンダルは、なんと聖女の祝福のような何かによって、汚れず臭わず常に清潔を保ってくれていた。

 25歳から年を取らないというのは、もしや召喚された瞬間で固定されているということなのかもしれない。つまり服やその他諸々装備していたものも、その状態で固定されているのではないだろうか。ハルはそんなことを考えていたが、実際はどうなのかよくわからないのでよくわからないままにしていた。


 コツコツ


 と、控えめに扉がノックされる。この扉だが、精巧な彫り物が施してあるだいぶ重厚なもので、素手でノックしてもほぼ響かない。そのためノッカーがついているのだが、ホテルでもあるまいし室内扉にノッカーを付けなければならないほど分厚い扉を設置するだなんて、よほど聖女を部屋の外に出したくないんだなあと思ってしまうハルなのであった。


「どうぞ。」


 ハルがそう声をかけると、「失礼いたします、聖女様。」というミティルナの声とともに、ゆっくりと扉が開いた。わざとゆっくり開けているわけではない、ただただ重いのである。ハルは一度手伝おうとしたのだが、全力で拒否されてしまったので手が出せなくなっていた。

 毎回ミティルナが体重をかけながら押し開けているのが申し訳ない。後ろにいるだろう聖騎士が手伝う様子はなく、ハルの聖騎士への好感度は着実に下がっていくばかりであった。


 そうしてミティルナに続いて入ってきた聖騎士2人が、すっと跪いた。ミティルナは満面の笑みのまま扉の横に立つ。


「聖女様、聖騎士ケッシュ、参じました。」

「聖女様、同じく聖騎士アリストス、参じました。」

「はいこんにちは。」


 聖騎士ケッシュは、上背のある黒髪黒目でおまけにツリ目のインテリメガネだ。弱いが解毒スキルを持っているので、こんなところで聖騎士なんてやってないで王族の毒見役とかをすればいいんじゃないだろうかとハルは考えている。

 聖騎士アリストスはケッシュと並ぶとひどく対照的な、淡い黄緑がかった銀髪の現実離れした美少年である。魅了スキルなるものを持っているが使うような素振りはなく、今のところハル的には聖騎士の中で一番好感度が悪くない(・・・・)のはアリストスであった。まあ、使われたところで残念ながらハルに魅了など一切効かないのだが。


 ハルが聖女としてこの部屋に監禁されはじめてから、こうやって毎日2人の聖騎士が代わる代わるお茶をしに来ていた。ハルにはさっぱり理解できないが、聖騎士たちと親交を深めることが聖女の仕事らしい。

 ちなみに聖騎士は4人いて、残る2人はといえば、金髪碧眼の優しい王子様っぽい顔の浄化スキルを持ったベルジュと、日に焼けた小麦色の肌が眩しい体育会系っぽいのに回復スキルを持っている赤髪茶目のバッスであった。


 ハルがこの4人をはじめて見たときの感想は、なんて乙女ゲーム?である。

 ハルが転移したのは、旦那(アキ)が遠い目で語っていた乙女ゲームの世界というやつかもしれない、そう思ったのだ。しかも旦那(アキ)曰く、そういう世界の聖女は悪役の可能性もあり、バッドエンドに巻き込まれることも多々あるらしい。ぞっとする話である。


 しかし実際話してみると4人ともがハルへの好感度はすでにMAX状態のようで、実に平和である。4人との顔合わせも兼ねたお茶会を終えたハルは、クリア済みの乙女ゲームになんの魅力があるのだろうか?と頭をひねったが、乙女ゲームではないことは確かなようで、一安心していた。

 ……ハルは知らなかったのだ。ハーレムを目指した転生ヒロインが一番バッドエンドを迎えることが多い、ということを。


 とはいえ乙女ゲーム問題についてはすでに安心してしまったハルはそんなことなど考えもせず、聖騎士に促されるままに庭へと出て、聖騎士ケッシュがひいてくれた椅子に座った。


「ありがとうございます。」

「当然のことをしたまでです。」


 ハルのお礼に、聖騎士は平然とそう答えた。


 インテリメガネキャラであるケッシュの中では完璧な応答であったが、ハルの中では「ミティルナさんのときもそれをやれよ!」というツッコミとともにケッシュへの好感度が下がっていた。


「ここの生活には慣れましたか?」


 紅茶のカップを両手に持ってぽわぽわとした笑顔を浮かべ、美少年っぽい聖騎士アリストスがハルに上目遣いで聞く。


「聖女としての役目が果たせず、毎日のように嘆いています。」

「え?」


 ハルがなんの感慨もなさそうにアリストスに視線を向けて静かにそう答えると、隣で聞いていたケッシュはわずかに目を見張ったが、質問をしたアリストスはきょとんとしただけだった。


「聖女様がいらっしゃるだけで、国民は救われています。聖女様が嘆くことなどなにもないと……僕は思います。」


 ハルが聞くところによるとアリストスは15才で、ケッシュが25才。この状況がどういったものか、中学3年生くらいのアリストスにはまだよくわかっていないのだろうとハルは思った。しかしそんな事はハルには関係ないので遠慮なく続ける。


「世界を救うから“救世の”聖女であって、こんな安全な場所で他人のお金で贅沢な暮らしを満喫している人を聖女とは呼びません。部屋に引きこもって贅沢三昧している今、私は聖女ではなく、聖騎士を侍らせてお金を湯水の如く消費するごくつぶしがいいところです。」

「聖女様をごくつぶしなんて!誰がそんな戯言を言ったのですか!」


 激高していても可愛いままというわけのわからない表情でアリストスが声を上げる。


 アリストスは頭はいいが精神的に幼かった。聖女を王家が保護する意味は理解はしているものの、どちらかといえば聖女は憧れの対象であり、ハルの聖女を(おとし)めるような言葉に素直に怒りを(あらわ)にしているようだった。


 難しい顔をするケッシュをよそに、そんなアリストスを冷めた目で眺めながらハルはなおも続ける。


「誰からも吹き込まれていません。聖女である私が聖女として働かせてもらえないから、そう思っただけです。私は召喚されたあと、王様が会いたがっていると聞いてこの城まで同行しましたが、けしてここに住みたいなどとは思っていませんでしたし、その場にいた聖騎士様にもそう伝えましたよ。

 王様が私に会いたくないと……私と会うために割く時間が無駄だと感じているのならば、私も王様に会いたいとは思っていませんので、すぐに城から出て困っている人びとを助けに行きたいです。」

「そ、そんな、王はそんなふうに思っているわけではありません!ただ、国王は政務に忙しくてっ!」

「王様が私に会う必要を感じていないから、たかだか5分10分の時間でさえ作らないのでしょう?

 なおさら私はここにいる必要はないはずです。私は聖女としてこの世界に召喚されたのですから、聖女としてのお役目を果たせなければ私に神罰が下るのではないですか?」

「なるほど……。聖女様、聖女様が心配されているような神罰は、下りません。」


 なぜかケッシュが自信満々に答えた。


「なぜですか?世界を救わない救世の聖女など、この世界には必要ありません。」

「聖女様がこの世界に存在されているだけで、民は救われているのですよ。」

「は?」


 ハルは目を丸くした。


「私が存在しているだけで乾いた土地には雨が降り、飢えは満たされ、流行り病は去るというのですか?いかなる争いも収まり、怪我は癒え、毒は消えると?」

「い、いえ、そういうわけでは……」

「では、私が存在しているだけで救われるというのは、どういう意味でしょうか。」

「聖女様がこの世界にいらっしゃるというだけで、民の心は穏やかになるのです。聖女様に護られているという気持ちが、救いになるのです。」

「ということはつまり、実際には何も変わらないってことですよね。聖女が実在しようかしていまいが、民が“救世の聖女様は存在している”って思っておけばいいんですから、聖女ではない女性が聖女ですって言っても誰にもばれませんね。」

「そんな、民を裏切るようなことは……!」

「でも、例えば聖女が召喚されてもですよ、それを民に伝えなければ民は救われないんですよね。ほら、聖女なんていてもいなくても変わらないじゃないですか。なぜ、聖女は異世界から召喚する必要があるんですか?」


 ハルは自分で言いながら、だんだんとイライラしてきた。


「この世界のことは、この世界の人だけで解決できるじゃないですか。神殿の人たちがてきとーにそれっぽい人を選んで“このひとは聖女です。”って言うだけで、民は救われるんですよね?

 そこに聖女の称号とか職業とかスキルとか、まして異世界人である必要なんてないじゃないですか。

 私はあなた方にこの世界に連れ去られたんです、いわば誘拐ですよ、誘拐。元の世界には愛する家族もいるんです。その家族に別れも言えなかったんですよ、私は。

 例えばこの世界が本当に窮地に立たされていて、聖女の“救世”の力が本当に必要だったのならば理解もします。聖女の力がなければこの世界が滅ぶのならば、私一人の人生なんて安いものだと自分を納得させられます。

 でも、実際は大した理由はなくて、ただ異世界から来た聖女がいれば民がなんとなく救われているような気がするとか……ふざけるのもいい加減にしてもらえませんか。」


 絶句する聖騎士2人にハルはひどく冷めた目を向け、ため息を吐く。


「本当に、このお城に閉じ込められている場合ではないようですね。」

「閉じ込めているなんてそんな!」

「私、この部屋から廊下にでることさえ許されていないんですが、それを閉じ込めているという以外どう表現すればいいんですか?」

「それは……」


 聖騎士アリストスは愕然としていた。アリストスは思ってしまったのだ、聖女様の言っていることはごく当たり前のことだと。

 アリストスは聖騎士になるために教師らに聖女について様々なことを学んできたが、聖女が異世界ではどういった立場だったのかとかそういったことは一切知らなかったし、知ろうとも思わなかった。全ては聖女が召喚されたあとのことばかりだ。それも城でどれだけ幸せに暮らしてもらうかということばかりで、そこに聖女としての役目などは一切含まれていなかった。


「聖女様、どうか、お怒りをお沈めください。聖女様のお役目はもちろん、他にもございます。ただ、我々聖騎士では、分かりかねます……。」

「では誰に聞けば教えてもらえるんですか?」

「し、神殿のものたちならば、わかるかもしれません。」

「ではすぐに呼んできてください。聖女としての本当のお役目がわからない以上、私はここにいる必要を感じませんのですぐに出ていきます。」

「わ、わかりました。少しお待ち下さい!」


 ケッシュが慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。そうしてほうけているアリストスを椅子から立ち上がらせて、伴って庭から部屋へと、部屋から廊下へと出ていく。部屋から出る前に何言かをミティルナに伝えたようで、ミティルナが珍しく驚いた顔をしていた。


 ハルは深い深い溜め息をはいた。

 本当にこの国の王様が精神論で聖女を召喚したのだとしたら、聖女のことをモノかなにかだと思っているに違いないと思ったからだ。そりゃあ会う必要なんてないはずである、この世界に存在しているだけでいいのだから説明することもないだろう。ただ聖女が城の中でぬくぬくと暮らしていれば民は幸せになると思っているのだから。


 そこでふとハルは思いついた。

 もしや聖女とは、王様の支持率?的なものを上げるための小道具なのではないだろうか、と。


 勇者が大罪人ということは、この世界で絶大な支持を受けられるのは聖女しかいないのでは?……そしてその聖女を囲っているこの国の王様は、もしかしなくても他国からも一目置かれるのでは?

 本当にこの世界が困っていなかった場合、聖女召喚はそれが一番妥当な理由に思える。ハルはちょっと収まった怒りがまたふつふつと(たぎ)ってくるのを感じた。


 しかし、まだ望みはある。

 聖騎士たちが何も知らないだけで、聖女を召喚した本当の理由は別にあるかもしれないのだ。怒るのは、それからでもいい。


 ハルは一口も口をつけていない冷めた紅茶に最後まで手を出さずおもむろに立ち上がると、庭の中心にある泉のほとりのガゼボに向かった。そして静かにその場で祈り始める。怒りを鎮めるための、精神統一であった。ふて寝ならぬふて祈りである。

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