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~(若すぎる王+若すぎる教皇)×若い王~

 勇者と聖女が去った世界で、二人の若い王と一人の若い教皇が相対して座っている。




 ここは聖フェルストス王国。またの名を聖女の国といって、神人教を筆頭にいくつかの信仰の聖地にも数えられている、聖女の血を受け継ぐ王族が治めている聖なる地……であった国だ。


 此度の勇者と聖女が特異なだけであったのか、それ自体が聖女を貶めていた王族とそれを放置していた神人教への神罰だったのか。テレジアは間違いなく後者だと思っているが、勇者と聖女が異世界に帰った今、真実は神だけが知っている。


 大雑把な理想論と数多の問題を残して満足そうに異世界に帰っていった聖女の顔を、テレジアは死ぬまで忘れることはできそうになかった。もちろん、感謝はある。感謝はあるにはあるのだ。しかし、残された側、放り投げられた側であるテレジアは今、あまりの事の大きさに頭を抱えるしかない。


 ひと月ほど前に召喚された聖女は、書物に記されていたどの聖女とも違っていた。聖女は自らの存在自体が神罰だと言い放ち、この世界に召喚されて早々に王族から聖女の血を消し去った。


 しかしそれは大きな混乱の始まりにしか過ぎなかった。


 聖女は王族から聖女の血と王権を奪い、最終的に新たに立ち上げられる聖女教(勇者命名)に王権を授けると宣言したのだ。そして将来的にこの国は、聖女教が治める宗教国家になるということが確定してしまった。聖女が神に誓い、そう望んだから。


 聖女教。それは、神人教から分かたれる新たな教派だ。


 これから国を治めるにあたって“人だけが神に愛されている”という神人教の教えでは、聖女が言うような亜人の国と国交を結ぶことは難しい。かといって国を治めるためだけに何百年も続いている教えをそう簡単に覆してしまえば、信仰の土台が揺らいだ人々は標を失ってしまう。


 しかしこの国を任せられそうな信仰は神人教しかいない。そう困っていた聖女に手を差し伸べたのは、聖女が召喚した勇者であった。勇者はテレジアも驚くほどかる~く、


「そこの新しい教皇が、新しい教派をつくればいいんじゃない?」


 などとのたまったのだ。聖女は「なるほどその手が!」と乗り気だったが、それを傍で聞いていた神人教の神官であるテレジアと教皇は諦めの境地から引き戻され、我が耳を疑った。テレジアは、一体なにが“なるほど”だったのか未だに理解できていない。


 しかし聖女が去ってひと月、聖女主体でぱぱっと作られた聖女教は“人も亜人も神に愛されているのでみんなで仲良くしましょう”とかいう聖女が手づから作った大雑把な教義のもと、すでに動き出している。聖女の加護を授かったテレジアを教皇として。

 すでに王城の一角に新たに聖女教の本拠地が作られはじめているし、今まで聖女を召喚するのに使っていたというステンドグラスがふんだんに使われた豪華な礼拝堂は教皇が神に祈るための場所になった。今後、王城の全てを聖女教の巨大な大聖堂とするべく改築されていく予定である。


 テレジアは疲れをにじませた目をそっと伏せる。



 ――聖女教の立ち上げは、困難を極めると誰もが思っていた。



 当たり前だ、この国はずっとずっと昔から神人教を国教に指定しているし、その他にも多くの信仰の本拠地がこの王都に詰め込まれている。しかし驚くことに、聖女が聖女教の立ち上げを宣言すると同時に、聖女教へと改宗がしたいと求める者たちで城の門前広場は溢れかえった。

 さらにはこのひと月のうちに他国の王侯貴族からも聖女教に改宗したい、聖女教を国教にしたいと次々に使者が送られてくる始末で、テレジア以下新しく聖女教の教皇と枢機卿になった者たちは対応に追われていた。


 聖女教に人々が押し寄せた理由は、聖女がこの国の王族から聖女の血を浄化した、あの奇跡にあった。


 テレジアや城にいたものたちなど、あの場にいた誰もがあれは聖女の血だけを消すための奇跡だと思っていた。しかしそれはそんな生易しいものではなかったのだ。

 聖女のあの力は王都どころか国境を越え海を越え世界中に広がって、存在していたほぼすべての病と怪我、古傷を治し、呪いを浄化し、聖属性の結界を強化し、魔獣を弱体化させたらしい。


 世界中で貧しい村に点々と起こっていた流行り病も、農村に大きな被害を出していた稲の病気も、どこかの王族の長男だけが代々受け継がなければならなかった石化の呪いも、邪神を復活させるための呪具も、全て聖女によってどうにか(・・・・)なったのだ。しかも聖女の奇跡は、王も貴族も平民も奴隷も善人も悪人も人も亜人も見境いがなかった。


 その奇跡を身に受け目の当たりにした人々は狂喜した。そして、聖女が立ち上げた聖女教に世界中の人々が群がることになった。テレジアはそれを聞いて悲鳴を上げた。教徒が増える嬉しい悲鳴ではなく、ただただ恐ろしいことを聞いたから出た正しく悲鳴である。

 そんなこんなで、聖女教はすんなりと人々に受け入れられ――というより大歓迎されることになり、テレジアは聖女に選ばれし教皇として、スムーズに王権を確約された。


 王都にいた神人教の教徒のうち実に3分の2が聖女教に流れ、この世界のほぼ全ての国に聖女教の大聖堂が作られつつあると聞く。

 テレジアはそんな立ち上がってひと月もしないうちに数千万を超える教徒を抱える世界で一番大きな聖女教の教皇になってしまったのだ。あのとき、もしテレジアではない神官が呼ばれていたら、きっとこの席に座っているのはテレジアではない誰かだっただろう。

 運が良かったのか悪かったのか……教皇がこんなことを考えてはならないのだろうが、きっと運は悪かったのだろう。テレジアはそんなことを思いながら、同じく運悪くその場に居合わせてしまってうっかり巻き込まれてしまった、隣に座る幼い国王に視線を向けた。




 テレジアの隣には、もうひとりの聖女の加護を授かった新たな若き最後の王アリストス・マクアリー・フェルストスが、長いまつげを憂鬱げに伏せて、自信のなさそうな表情をしたまま座っていた。




 アリストスは、数日前に誕生日を迎えたばかりの16才の少年である。生まれながらに魅了スキルを持ち、本来は国王には絶対になれないはずの存在だった。


 本人は知るよしもないが、アリストスはそのスキル故に生涯独身にすることが決まっており、将来的には他国でスキルを使ってこの国に有利な条約を結ばせるための駒に使われる予定であった。そのため、表向きには王位継承権のあるアリストスだったが、当然のごとく帝王学の勉強など一切させてもらえていなかった。

 そのお陰で王族の思想に染まりきらずに聖女の加護を授けられ、自らが最後の王ではあるものの国王にもなれたのだが……それが彼にとってよかったのかといえば、けしてそうではない。


 アリストスは頼りさなそうな細い肩を更にぎゅっと縮めて、うつむいている。


 アリストスは国王になどなりたくなかった。小心者の自分は、城の端っこで文官の真似事ができていればいいと思っていたのだ。

 魅了スキルはたしかに厄介だったし、そのせいで他の兄弟たちに侮られることもしばしばあったが、スキルを使わなければ問題にはならないし、広い城の中で国王や兄弟たちに出会う回数はそれほど多くはなかったのでそこまで気にはしていなかった。貴族の令嬢たちとも一度も会ったことはない。


 それがどうだ、最後の王としてこの国を治めたあとは――子どもをなすなどして余計な火種にならないよう、テレジアの王配になることが決まっている。そう、聖女教の女性は結婚もできるし子どもをもうけることもできるのだ。そう聖女が決めたので。


 とはいえ、テレジアと結婚というのは、テレジア側はどう思っているかはわからないが、アリストスには特に問題はなかった。どうせあのままでも結婚相手を選べるような立場ではなかったし、テレジアはごくごく普通の良心を持った節度ある女性であるようなので、ほっとしたくらいだ。


 問題は今現在、国王であるアリストス以外の王族が城のすぐ横の塔の貴賓牢に入れられていることであった。父親である元国王、元王妃、アリストスの実母を含めた元側妃たち、そして元王太子と元王子と元姫たち全員がそこに幽閉されている。それら全員が、聖女の血を受け継ぎ奇跡の力を授かっていたものたちだった。

 聖女の血を受け継げなかった者は王族とみなされず臣籍降下・降嫁させられていたので、“元王族”として捕らえる線引きがしっかりできたことだけが救いであった。


 アリストスは頭を抱えて部屋の隅っこで座っていたい気分であった。目立つ顔をしているとは思うが、目立ちたいタイプではない。引っ込み思案で、強く出ることができないし、他の兄弟たちのようにしっかり教育を受けていたわけでもなければ、気が利くタイプでもないし、何よりまだ成人してまもない青年である。しかも、教えを請うべき相手は絶賛幽閉中で面会すらできないのだ。


 陰鬱な気分でうつむいたまま、アリストスは向かいに座る今日はじめて会った青年にちらりと視線を向けた。




 テレジアとアリストスの正面には、全身に異国の色を纏った若い男が座っていた。眉間に浅いシワを寄せているように見えるので、気難しい性格なのかもしれない。

 銀の髪と銀の瞳が映える、黒い肌。側頭部から生えているのは艶のある深い紫色の、角。一文字に結ばれている唇も深い紫色だ。

 彼は魔族の国の若き王の片割れベリュアズ・ギ・ト・トリアノス、本人である。




 彼は8年前、実父である当時の魔王を殺した勇者の支援を受けて新たな魔族の王の片割れになった。魔王ではなく、魔族の王である。


 前王であるドリアス・ギギアゴートは、魔王であった。王の資質を持った魔族が邪神の加護を得ることで成るそれは、ひたすら真っすぐに世界を滅ぼすことだけに邁進する、まさしく勇者と対をなすような存在であった。


 魔王は、王と名はついているがどちらかと言えばやっていることは元帥である。破壊や殺戮を好み、国を治めているというよりは軍を強化し四方八方に攻め入ることしか考えていなかった。当たり前だが度重なる戦で国は疲弊していた。しかし邪神の加護を受けている魔王に逆らえるものなど、いなかった。


 そんなときだった。ふらっと現れた勇者が、ジュッと魔王を斃したのだ。


 魔族の支配する土地に勇者が現れたという噂は魔王にも届いていたが、まさかほんのひと月ほどで直接手を下しに来るとは誰も思わなかった。

 そして王座に座ったまま炭になった魔王の遺骸の周囲に集まった魔族の面々に、勇者はひどく面倒くさそうに「神が、お前たちも救いたいそうだ。で、王太子はどいつ?」と言い放った。


 しかし――魔王に王太子など、いるわけがない。


 邪神の力で寿命が無くなった魔王に世継ぎなど必要ないのだから。


 そのため、邪神の加護を持った魔族を増やすためにと作られた子であるベリュアズと双子の兄のアスズズに白羽の矢が立ってしまった。

 アスズズとベリュアズには邪神の加護がなかったし、2人とも戦はどちらかといえば嫌いであった。政治に一切触れない魔王の代わりをすべく双子で帝王学を学んでいたのも大きかった。


 そんな双子だが、アスズズもベリュアズも、意外にも勇者とは気があった。

 勇者にはどうしてもやらなければならないことがあり、勇者いわく“なるはや”で亜人を救わなければならないらしい。意味はわからないが、急かしてくる勇者の機転と幅広い知識に助けられアスズズとベリュアズは無事に魔族の国を再建することができ、2人で魔族の王になった。

 それからは他の亜人と交易を開始し、周辺の人の国とも少しずつ交流を持つようになり、魔族の国の中枢はこの8年でかなり安定したのだった。


 そこにきて、この騒ぎである。


 聖女の浄化の奇跡は、亜人にも及んでいた。勇者が「神は亜人も救いたいんだってさ。」と言っているのを話半分に聞いてはいたが、聖女の奇跡で救われた亜人は多かった。死霊王が浄化されたのではないかとベリュアズが焦って慌てて会いに行くと、死霊王はひどくご機嫌で「長年の肩こりが消えた!」と聖女に感謝していた。聖女の中ではどうやら死霊も亜人の一種だったらしい。


 死霊王の無事を確認した後、ベリュアズは身を隠さないまま聖フェルストス王国に向かった。

 20日ほど前に勇者から一方的に、フェルストス王国に来て聖女教に入れと連絡がきていたからだ。本来ならば使者を立てるべきなのだろうが、アスズズかベリュアズが直接来いと言われたのでベリュアズがしぶしぶ来たのだった。


 そうして到着したベリュアズは違和感を覚えた。


 たった一人で乗り込んできた魔族であるベリュアズを城のものたちは魔族の王として即信用し、なんと国王と聖女教の教皇がいる部屋に放りこんだのである。

 国王がいるといっても、謁見ではない。豪華な応接室にしつらえてある座り心地が抜群に良いソファに促され座ったが、正面に座っているのがフェルストス王国の国王と聖女教の教皇だと聞いたベリュアズの空いた口が塞がらなかったのはしょうがないだろう。


 しかしその謎もすぐにとけた。

 自己紹介を聞けば、若すぎる国王はベリュアズのように帝王学を学んですらいないただの王族という肩書だけの少年で、若すぎる教皇もたまたま聖女の近くにいただけのただの高位神官だったのだ。

 勇者も無茶振りが過ぎたが、聖女はそれを遥かに上回っていた。聖女はその場にいた人びとだけで全てを決めてしまったということだ。聖女は何も考えていないのだろうかと疑いたくなるほどである。


 そうしてベリュアズは、勇者がベリュアズをこの地にこさせた理由も理解した。この縮こまっている――きっと多くの者からは羨望の的であろう聖女の加護を持った2人は、ただひたすら自らの立場の高さを恐れ、一歩どころか半歩も進めそうにない真っ青な顔をしていたのだ。それを、お前が導け、と。そう勇者は言っているのだろう。いつもの無茶振りであった。


 無茶振りではあったが……大きなチャンスでもあった。聖女教の“人も亜人も神に愛されているのでみんなで仲良くしましょう”という教義を大勢の人びとが受け入れている今、聖女教の教皇に借りを作るのは亜人の代表としては悪くない。

 世界を癒やした聖女の奇跡は語り継がれていくだろうが、そのセンセーショナルな出来事のショックは次第に薄れていくだろう。そうすれば、いっときの迷いで聖女教に改宗したがやはりもとに戻るという者も多いはずだ。その前に、しっかりと聖女教と亜人が繋がってしまわなければならない。


 亜人にも信仰はある。しかし、亜人たちも聖女の奇跡によって多くが救われ、聖女教に入りたいという声が多いと兄王から連絡が来ている。

 そうやって内外から聖女教に染めていけば、種族の垣根がある程度取り払われ、魔族の国は帝国は無理でも他の大国と貿易ができるようになるかもしれない。そのためには、そう、聖女教発祥の地であるこの国と、どこよりも早く、どこよりも深く、そしてどこよりも親身に付き合うことこそが最良の手だ。きっと勇者はそう判断して、ベリュアズに無茶振りしてきたのだ。たぶん。


 ベリュアズは、ふ、と表情を緩めた。

 わざと寄せていた眉間のシワを器用にゆっくりと消して顔を上げる。


「何を悩んでいるのかはわからないが、決定が覆らないのならばどうしようもないと思うぞ。私も勇者には何度も無茶振りされたクチだが――あれは慣れだ。唐突に様々なことが起こりすぎて混乱する気持ちはわからんでもないが、聖女のショックが強いうちに多少強引でも纏められるところは全てを収めておくべきだ。

 多少離れてはいるが支援はできる。まあ、あなた達が、本当に聖女教の教義どおり、魔族を認めるのならば、だが。」


 その言葉に応えたのは、若き教皇テレジアであった。顔を上げ、ベリュアズをまっすぐ見る。


「むろん、わたくしは聖女教の教皇ですので、亜人のみなさんを受け入れるのは当然の行いですし、願ってもない申し出ですが……本当によろしいのですか?」

「なにがだ?」

「この国には聖女教のほかにも人神教を含めたくさんの信仰があり、そのほぼ全ての教義に、亜人は負の存在で邪神の手先だとあります。聖女教に改宗した人びともついひと月前まではそちらを信じていたのですから、すぐに考えを改めるのは難しいでしょう。そんななかこの国と国交を開けば、わたくしたちのような上の者ならともかく、お互いの国民が納得しますでしょうか……。」

「……私がこの国に来たのは、勇者に来いと言われたからだ。」

「えっ……?」

「我が国を含め、亜人の国々は勇者に幾度も助けられた。その勇者が魔族の王である私をこの国に遣わしたということは、魔族の国と私に、この国を助けろと言っているのだろう。勇者がそう示したのだ、それで納得しない亜人はいない。だからまあ、問題はこちらの国民だけということになるな。」


 実際には、「聖女教に入るためにこの国に来い。」だけで助けろなどとは言われていないが、そこはこちらの都合のいいように解釈すればいい。


 若き教皇は、「勇者様が……」とつぶやいて視線を落とした。代わりに、若すぎる王アリストスがベリュアズのほうへ顔を向けた。一瞬視線も向いたが……居心地悪そうに、ゆるゆると視線だけは下に落ちていく。


「僕は……王として、どうすればいいか、全くわからないのです。毎日宰相や大臣たちからの報告を聞いてはいますが、半分以上、理解できないし。政治の勉強なんかしてないし、剣もまともに持てないし……。」


 その言葉に、ベリュアズはソファに背を預けて力を抜いた。そして肩をすくめる。


「王としてどうすればいいか?そんなもの、豪華な椅子に堂々と座って、鷹揚に頷いておけばいいだろう。」

「へ?」

「国王なんてそんなものだ。親政ならともかく、この国には宰相や大臣がいてそれらがちゃんと働いているのだろう?ならば国王の一番の仕事は、下々の仕事の出来を認め、よくやったと褒めてやることだ。」

「褒め……る……?」

「そうだ。宰相や大臣らは、毎日、きちんと報告を上げてくるのだろう?」

「はい。」

「優秀じゃないか。すごいと思うぞ。うちの国で同じようなことが起これば、まず間違いなく宰相と大臣だけで政治やらなんやらの情報のやりとりが行われ、国王はただひたすら差し出される紙に玉璽を押すだけのお飾りにされるだろうな。」


 上げてくる情報の真偽はわからないが、少なくとも自らの仕事を全うしようという気はあるのだろう。……この若き国王には聖女の加護がついているし、神罰が怖くて真面目にせざるを得ないという可能性もあるが、それを伝えるのは野暮である。


「私だって王になったのは18のときだ。まあ私には双子の兄がいたし、2人で王になったから助け合うこともできたんだが……心細いならば、しばらく私はこの国にとどまることもできる。勇者がそれを望んでいるのかもしれないし、過去に勇者に無茶振りをされた者としてできる助言があるかもしれない。」

「……ありがとうございます。」


 アリストスは弱々しくも、ベリュアズに視線を向けて微笑んだ。


「わからないことだらけで、ほんとに、僕、誰に相談していいかも、わからなくて……」


 危うい、とベリュアズは心の底から思った。見た目からして儚げな美少年でひどく頼りないのに、中身はさらにダメダメである。王の威厳だとかそういうレベルではなく、もっとも初歩な部分からダメダメである。どれくらいだめかと言うと、姉が4人いる男爵家の末の男子くらいである。頼りないことこの上ない。

 なんでこんな男を王に選んだのか。聖女は何も考えていないのだろうかとの疑いが強まるが、聖女本人は勇者とともに元の世界に戻ってしまったため理由は永遠に不明だ。


「まあそれに、聖女の加護を受けたこの国を侵略するような国はないし、勇者によれば、これから20年ほどは流行り病も出ないし飢饉だって起こらないらしいじゃないか。

 この聖フェルストス王国は、10年後には王権が聖女教へと受け渡されるのだろう?つまりアリストス王のやるべきことは来たる問題への準備であって、在任期間中に何かをやり遂げなければならないことなど数えるほどしかないはずだ。」

「……そう、ですね。」

「飢饉や流行り病は、この世界への聖女の祝福が薄まればいずれ必ず起こる。それまでに、強い麦の開発や流行り病への対応がしっかりできるようにしなければならない。20年などあっという間だが、20年ものあいだ流行り病の薬が売れなければ生成方法も消える可能性が高い。そこは国として保護するべきだ。

 ……とまあ、こんな助言でよければいつでもできるが。」


 ベリュアズの言葉に、隣同士で座っているアリストスとテレジアの視線が絡まる。そして、お互い、うなずく。


「……お願いしたく、思います。」

「よろしくおねがいします。」


 ぺこりと2人して頭を下げるのを眺めつつベリュアズは結果に満足しながらも、まずは国のツートップにもかかわらずこの2人があまりにも低姿勢なのをどうにかしなければならないな、と思った。

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