三つの名(前)
ピリピリと。
ただその人がこっちを振り向いただけなのに、場の空気が緊張したものに変わったのを肌で感じた。
無意識にゴクリと唾を飲む。
藍村さんや加賀美さん親子も身構えるように居ずまいを正す中、ただ弥勒くんだけが変わらぬ笑みを浮かべたまま男の人に声をかけた。
「あなたが最後の一人、“Belmondo.R”さんですか。一番最初にいらしてたようですが、こちらにお声掛けいただかなかった理由を聞いても?」
「赤烏帽子って奴がどんな奴か分からなかったからな。入り口に背ぇ向けてパソコン作業してる女や、カウンターに一人で座る年寄りは待ち合わせしてる奴の態度じゃねぇ。となると残りはガキ連れの若い兄ちゃん…つまりアンタだが、そもそもまだ来てねぇ可能性もあったからな。様子見で近くに座ってDM入れて返信待ち、“着いたぞ”って連絡送ったはずなんだが」
「おや失礼、それは気づかぬことで」
一見寡黙そうな印象とは裏腹につらつらと言葉を重ねる男の人――ユーザーネーム“ベルモンド”さんは、どうやら店に着いたのと同時に弥勒くんのスマホに連絡してたらしい。
淡々としゃべるだけでも圧があって飲まれそうになる中、加賀美さんが少し気圧されつつも話に割って入った。
「すみませんがその、父親と名乗るにはあなたはあまりに若すぎる気がするんですが。大きなお子さんがいるようにはとても…」
たったしかに。
ベルモンドさんは少し強面で強者の貫禄があったけど、他の二人よりずっと若くてどう見ても二十代半ば。
弥勒くんと並んで渋谷にでも居そうな出で立ちで、俺の同級生にも若いパパさんママさんがいる子知ってるけどここまで若いのはさすがにない。
加賀美さんの疑問にベルモンドさんはフッとニヒルな笑みを浮かべると、何でもないことのように衝撃的なカミングアウトを口にした。
「別嬪さんにそう言われて悪い気はしねぇが、生憎アンタより歳はイッててね。そいつと一緒だ、種族は伏せる」
儚げ美男子の加賀美さんをからかうように別嬪さんと呼んだベルモンドさんに、息子のレンくんの方がムカッときたように顔をしかめていた。
そいつ、と顎で指されたのは弥勒くんで、意味を理解した俺は驚きに目を見開く。
弥勒くんと一緒って、このヒトもあやかしってこと…!?
「ガキが居るのを知ったのは最近だ、昔付き合ってた人間のオンナが孕んでたみてぇで知らねぇ間に産んで育ててた。そいつが病気で死んじまって、ジイさんから…オンナの父親から連絡があったんだよ、“お前のガキがいる、引き取りに来い”ってな。ただその後急に連絡が途絶えちまって家の場所が分からずじまい、別にそのまま放っておいてもよかったんだが偶然アンタのSNSを見かけてな。ジイさんの知り合いかと思ってコンタクトを取ってみた、以上だ」
なんか…すっごいちゃらんぽらんっていうか、言ってることが放任すぎて呆気に取られる。
親の自覚がなさそうっていうか、いや実際にないのかもしれない。
話を鵜呑みにするなら最近子供がいるって知ったばかりで、藍村さんや加賀美さんとはまた違った事情で生き別れになったパターンみたいだった。
(ていうかまた、“お祖父さん”だ…)
偶然なのかもしれないけど、三人の話に共通して登場した存在。
子供を連れ去った人、子供を守って瀕死の重傷を負ったヒト、子供と共に消息を絶った人。
どの場合にしても、転校生の正体を知る上で欠かせない重要なキーパーソンのように思えてきた。
ハスキーボイスの刺青男とグラサン男子な天狗さまの間で、問答が続いていく。
「お相手が人間の女性ということは、お子さんは加賀美さんのご子息同様混ざり子であると」
「ジイさんから聞いた話じゃ俺の血の方が濃いらしくてな、ほとんどあやかしと変わらねぇんじゃねぇか?」
「情報はそれだけですか? ご子息の写真などはお持ちで?」
「いんや? ジイさん曰く写真嫌いらしくてな、知らされてんのは名前と歳と外見くらいだ。ちなみに名前はユイだとよ。ったく、女みてぇな名前つけたもんだぜ」
ベルモンドさんはカウンターに背を向けたまま器用にコーヒーを手に取ると、残りをグッと飲み干した。
セツ、ルカ、ユイ――転校生のものかもしれない三つの名前を頭にメモする。
ベルモンドさんの言い分にふむふむと頷いていた弥勒くんは、愛想のいい笑みを浮かべたままこてんと小首を傾げた。
「でしたら、こちらのお二方をニセモノ呼ばわりするには些か軽率かと。三者三様、どなたもご自身のお子さんだと思う根拠も可能性も現状等しくあるように思えますが」
「あんだけ特徴のあるガキが三人もいてたまるかよ。よしんばニセモノじゃないにしても人違いだな、その二人のガキの写真は昔のもんで今の外見が実際どんなもんなのかは知らねぇんだろ? 俺のはつい最近仕入れたばかりの情報で、鮮度が違う」
「そっそれは、あなたがそう主張してるだけですよね?」
ニセモノ呼ばわりされた一人、藍村さんが反論する。
強く言ってるわけじゃないのにベルモンドさんの言葉には力があって思わず納得してしまいそうになるけど、たしかにベルモンドさんのは話だけで写真みたいな物的証拠は何もない。
藍村さんの指摘にベルモンドさんは特に気にする様子もなく軽く肩をすくめると、スッと弥勒くんに視線を寄越した。
「ま、ひとまずこっち側の身の上話は以上ってことでいいんじゃねぇか? 俺達がこれ以上言い合ったところで話は進まねぇからな。赤烏帽子の兄ちゃんよ、そろそろそっちのカードを見せてくれてもいいんじゃねぇか」
話の核心をつく一言に、藍村さんと加賀美さんの視線も集まる。
ピリピリと、再び空気が引き締まるのを肌で感じた。
「SNSを見た後でちょっくら調べてみたが、どうやらアンタは便利屋みてぇな仕事をしてるらしいな。誰かの依頼でアンタも俺達と同じガキを探してるんだとしても、ガキの特徴を知ってる情報提供者がいるわけだ。もしくはアンタ自身がガキ本人を知ってるかだが…」
そこでなぜかベルモンドさんが俺のことをジロッと見てきてビクッと肩が跳ねた。
「最初はてっきりそのガキがそうかと思ってたんだが、どうやら違うみてぇだな」
「おや、この子はご子息とは特徴が一致しないと思いますが」
「普通のガキに化けてんじゃねぇかって思ったんだよ、何せ会ったことねぇもんでな」
「僕もさっきから気になっていたんですが、その子はいったい…?」
加賀美さんの疑問に藍村さんも同様に頷いて、ようやく大人達の注意が自分に向く。
話を振られない限り黙っとくよう言われた俺は隣の天狗さまをチラリ、弥勒くんは特にもったいぶる様子もなく手のひらを俺の方に向けて紹介してくれた。
「彼は“Belmondo.R”さん曰く情報提供者ですね、事の発端はこの子があなた方のご子息かもしれない子供と偶然知り合ったことでして。その子はいかにもワケありな様子で、独りで怯え、近くに親らしき存在も見当たらなかったそう。そんな子を見て見ぬふりなんてできない、どうしても放っておくことができないという心優しき彼の親切心に、周りの大人達が突き動かされた形です。私は彼の保護者と些か縁がありましてね、その関係で今回無償で手を貸すことに」
「……」
…何だろ、弥勒くんが話してるのは全くもってその通りの事実なんだけど誇張されてる感がすごいっていうか。
別に嘘を言ってるわけじゃないのに、事実を違う何かで塗りたくられてるように感じてしまうのは気のせいだろうか。
そういや今の今まであんまり深く考えてこなかったけど、弥勒くんがこの件に付き合ってくれてる理由って何なんだろう…? 単に面白そうだったから…?
俺がイオリくんに相談して、そのイオリくんが興味を持ったから弥勒くんが動いてくれたって単純に考えてたけど、本当にそれだけなのかな…?
慈善事業です!って笑顔で宣言する弥勒くんにどことない胡散臭さを感じてしまうのは、俺の心が汚れてるからなんだろうか。




