ホンモノは誰だ②
本日二頁投稿。
前後で終わる予定でしたが長くなったので読みやすいよう更に二つに分けました。
それに伴い表記をナンバリングに変更、どうぞ悪しからず。
驚きに目を見張り息を飲む。
藍村さんは一度深呼吸をしたあと、自分の家の事情とこれまでの経緯について説明し始めた。
「私の家『藍村家』は古くは大妖怪の血を引く家系だと言われていて、強力な言霊や術を使う呪師を多く輩出し財を成したと教えられてきました。実際に家の倉庫に禍々しい呪具や曰く付きの骨董品が納められていて、幼心にとても怖かったのを覚えています」
ただそう言い伝えられているだけで実際に呪師を生業にしていたのか、ましてや本当にあやかしの血を引いてるのかは定かじゃない。
少なくとも藍村さんのご両親はごく普通の仕事をしていて、呪師やあやかしとは無縁の平和な家庭で育てられたらしい。
「私の父は普段は穏やかで理知的な人でしたが少し浮世離れした所があって、一族に伝わる言霊の能力というのを信じて特別視していました。藍村家にはあやかしの血を色濃く受け継ぐ者が数十年から数百年に一度現れるそうで、実際に父の大叔母がそうだったと。ですが私自身はそういったことに関心が薄く…というかあまり好きではなく、なるべく関わらないよう話題を避けてました」
話してる感じからして、藍村さんはあまり妖怪やオカルト的なことを信じてないっぽい。
普段は穏やかないい父親だったけど、その点についての思想は理解できなかったと。
でも別にそれでよかった、普通に生活する分には何ら支障なかった。
少し浮世離れした所のある父親の、ちょっと変わった趣味嗜好くらいにしか捉えてなかった。
息子が生まれる、あの日までは。
「生まれたばかりのあの子を見て、父は“この子には強大な力がある、今の内に封じておかなければ危ない”と…」
そう言って、糸で口を綴じた。
生まれたばかりの、赤子の口を。
優しかった父親の突然の凶行に驚いた藍村さんは、当然すぐに周りの人達に助けを求めた。
けど…
「確かにこの目で口が縫われたのを見たんです、ですが次に見た時には何の形跡もなく消えてしまっていて…。そのあとも糸が見えたり見えなかったりと、まるで幻覚を見ているような状態が続いて…」
他の人達には全く見えない糸の存在。
藍村さんだけに見え、その度に周りに訴えかけるも誰の目にもその糸の存在が映ることはなかったそう。
かえって藍村さんの方が異常者扱いされてしまって、誰も取り合ってくれなくなってしまった。
「怖くなって息子を連れて家から逃げようとしましたが逆に父に連れ去られてしまい、以来行方知れずに。警察にも相談しましたがなんの成果もなく、もう…十年近くになります」
この子は言霊の正しい使い方を知る必要があると、そう言って拐うように息子を連れて居なくなってしまった。
今どこで何をしているのか、音信不通で全く手がかりもない。
警察も当てにならず、親族も“頭のおかしい母親といるより祖父と一緒の方が子供も安全だろう”と誰も力になってくれなかった。
実の子に会えないまま、気づけば十年。
長く苦しい日々だった、もうこのまま二度と我が子に会えないのかもしれないと絶望したこともあった。
それでも藍村さんは息子を探すことを諦めなかった。
お金を使って時間を使って、藍村さんなりに二人の行方を探し続けた。
そして最近になってようやく手に入れた有力な手がかりが、弥勒くんのSNSだったらしい。
「正直私はうちが呪師の家系だとか言霊だとか、それが本当かどうかなんてどうでもいいんです。あやかしや幽霊の類いも見たことがないので、赤烏さんの発言の真偽も判断がつきません。ですが息子に会えるなら、その可能性が少しでもあるならと…っ」
ポロッ…と。
藍村さんの頬を一筋の涙が伝う。
それまでどうにか気丈に振る舞おうと感情を堪えながら話していたのが、ついに溢れてしまう。
隣の加賀美さんが気の毒そうな顔で胸ポケットに入れてたハンカチをそっと差し出した。
お礼を言ってハンカチで涙を拭った藍村さんは何とか落ち着こうと深呼吸を繰り返すと、心の底から振り絞るように切なる願いを口にした。
「あの子が今も父と一緒にいるのなら息子を…セツを返してほしい、私の望みはそれだけです」
セツ――それがあの、転校生の名前。
そう思ったところでハッと我に返り、首を横に振る。
いやいや、まだ藍村さんの子供って決まったわけじゃないんだよな。
ただ話の内容に圧倒されて引き込まれてしまった。
弥勒くんから親を騙るニセモノかもしれないって言われてたけど、話の内容に矛盾はなくてすごく真実味があるように感じてしまう。
そんなふうに気づかぬ内に話に聞き入っていた俺とは反対に、隣の天狗さまはふむふむと軽く頷いているだけだった。
「つまり藍村さんの場合、ご子息は人間であると」
「え、ええ。あやかしの血を継いでると言い伝えられていますが、さっきも言ったように本当かどうかは定かでは…」
弥勒くんの確認に藍村さんが戸惑いながらも頷き返す。
…こんな話聞いたあと普通聞かないと思うんだけど、「あなたの子供人間ですか」なんて。そりゃ藍村さんも面食らうよ。
弥勒くんのノンデリ発言が出たところで、店員のお兄さんが注文の品を持ってきて会話が途切れる。
アイスコーヒーとクリームソーダが置かれ、ついでに水も新しいのに取り替えられた。
そういや藍村さんの旦那さん…子供の父親の話は全然出てこなかったな。シングルマザーなのか、それとも旦那さんも他の親族の人達みたいに非協力的なのかな。
そんなちょっとした疑問を抱いたところで、店員さんを見送った弥勒くんが引き続き話を進行しはじめる。
「あなた方お二人は見たところ普通の人間。しかしあの投稿内容が読めるまたは読める友人がいるということは、あなた方はこちら側にある程度の縁がある。藍村さんの方はおそらく血筋でしょう、あやかしが直接見えずとも感知する潜在能力があるといったところでしょうか」
この時まで俺は知らなかったけど、SNSに投稿したあの内容はある程度の霊力がないと読み取れないものだったらしい。
藍村さんの話が終わり、弥勒くんが加賀美さんに顔を向ける。
サングラスの奥の目が何かを観察するように細められたのが横から見てて分かった。
「加賀美さんは私のカミングアウトに驚かれこそすれ、あまり疑われてはないご様子でしたね」
「それは…」
加賀美さんは少し考える様子で視線を横に流すと、ノンフレームの眼鏡を軽くかけ直しながらどこか言いづらそうに口を開いた。
「僕のおっ…パートナーはその、不思議なヒトで。赤烏さんの同類といえば分かりやすいでしょうか。あのヒトとの間に、二人の息子を授かりました」
「えっ…!」
思わず驚きが声に出てしまって慌てて口を閉じる。
パートナーってつまり奥さんってことだよな?
弥勒くんと同類ってことは、あっあやかしと結婚したってこと…!?
「つまり加賀美さんの場合、ご子息は人間ではないと」
「あのヒトは混ざり子と呼んでました。人とあやかし両方の性質を持つが故に力の所在が不安定で、生み育てるのは難しいと言われていましたが、幸いなことに二人とも健やかに育ってくれていました」
藍村さんの時とはまた違った衝撃に驚きつつ思わずレンくんを見れば、パチッと目が合ったレンくんは片眉を上げたあと否定することなく軽く頷いて見せた。
失礼承知で改めてまじまじとレンくんを容姿を観察。
軽く外はねしてる黒髪に色黒の肌、アーモンド型の二重の目元には小さなほくろが縦に二つ。
いやもうどっからどう見ても普っ通の人間にしか見えないんだけど。
全体的な顔立ちは加賀美さんとはあまり似てなくてお母さん似なのかなっては思ってたけど、まさか相手があやかしだなんて。
な、なんかすげー。
「けれど混ざり子である以上人間とあやかし両方の在り方、力の使い方を学ぶ必要があるとのことでした。そのために義父が…パートナーの父上が、忙しいあのヒトに代わってあやかしの世界についてのいろはを教えてくれていました。息子達もとてもよく懐いていて、僕も義父に甘えて二人の世話を任せっきりにしてしまって…」
パートナーの父親ってことは、当然そのヒトもあやかしってことになるよな。
加賀美さんとそのパートナーのヒトは共働きらしく、仕事の間は義理のお父さんに二人を預けていたらしい。
けれどある日突然、事件は起こった。
いつものように義父の元に息子二人を迎えに行った加賀美さんの目に飛び込んできたのは、大きな血溜まりの中で横たわる義父の姿。
忽然と姿を消してしまった二人の兄弟。
懸命な捜索の結果、見つかったのは…一人だけ。
「あれからもう、七年になります。義父は未だ意識不明で、息子もまだ幼くて物心がつく前の年頃だったので何も覚えておらず、いったい何があったのかは分からずじまいで…」
どこか遠くを見つめる加賀美さんの表情は一見凪いだものだったけど、瞳の奥に今なお抱える深い悲しみが見てとれた。