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右目左目






 イオリくんに小脇に抱えられて屋根から降りた俺は、裏庭の蔵を前に尻込みしていた。

 夕日に染まる古い蔵は相変わらず不気味で、入り口の扉はちょうど日陰になっててより一層恐ろしくって…


「うううー」

「唸ってねぇでさっさと進め」


 どんと背中を無慈悲に押される。

 そんな言われてもー、俺苦手なんだよこの蔵ー。

 へっぴり腰になりながら扉の前へ、恐る恐る手を伸ばす。

 けど扉に手をかける前に、いかにも頑丈そうな南京錠がかかってるのに気がついたんだ。


「あっイオリくん、鍵がかかってる!」


 思わずホッとしてしまう。

 入らなきゃいけないのは分かってたし、ばあちゃんの為に何か行動しなきゃって気持ちももちろんあった。

 けど、さ。まだ心の準備が、さ。

 多分鍵は家の中のどこかにあるはずだから、探して見つけるまでの間、少しは心の準備をする時間が取れるって思って喜んだ。


 けどその時、イオリくんが人差し指を宙にかざして、くるんと小さな円を描いた。

 するとガチャンという音と共に、蔵の南京錠が簡単に外れてしまったんだ。


「外れたぞ」

「…うぐぐ」


 まるで手品みたいですごいって感心するよりも、フッと笑って俺を見下ろす俺様ギツネに憎らしさがわいた。


――ギイイッ…


 不気味な音を立てて開かれるさびた金属製の扉に、ゴクリと喉を鳴らす。

 蔵の中は埃っぽくて天井の隅にはクモの巣も張られてて、床や棚には物が雑に置かれていた。

 一応天井には電気が付いていたけど、裸電球一つだけ。

 この蔵がどれくらい昔に建てられたのかは知らないけど、多分電気は後付けで取り付けたんじゃないかな。

 スイッチを付けてもあまり明るくならなかった。


「な、何を探せばいいの?」

「何か使えそうなもんだ」


 …それが何か、もっと具体的に教えてほしかったんだけどな。

 イオリくんの不親切な説明に肩を落としつつ、俺はランドセルを蔵の入り口に置くと、今まで一度も入ったことのない蔵の中を怖々探り始めた。

 俺様ギツネは暇そうにアクビを零しながら入り口近くの壁にもたれ掛かってて、こっちを手伝ってくれそうにない。

 …うん、もう分かってたけどさ。


「何か、思ってた以上にごちゃごちゃしてるなー」


 すぐ目についたのは昔の古い掃除機や扇風機。

 捨てようと思ってひとまず蔵に置いてたのを、そのまま忘れてしまったって感じだった。

 もう動いてない古時計や、多分母さんが子供の頃に遊んでたような古いおもちゃなんかもビニール袋に包まれて雑に置かれてた。

 それ以外の棚や床に置かれた段ボールの中を、埃にケホケホ咳き込みながらゴソゴソ探す。

 けど妖怪退治に関係してそうな物は何もなくて…。


 えっと、お坊さんは俺から数えるといち、にぃ、…六代も前の人になるんだよな。

 でもここにあるのはせいぜい、ばあちゃんの時代くらいの物ばかり。

 ばあちゃんの時代の物ですらすごく昔に感じるのに、それよりもっと前の物なんてやっぱり残ってないんじゃ…。


――カタン…

「…?」


 その時、蔵の奥から何か物音が聞こえた。

 一瞬気のせいかと思ったけど、またカタカタと物音がして、その上何かが動く気配がしたんだ。


「なっ何かいる!? イオリくん何かいる!」

「いちいち騒ぐんじゃねぇ! ええい、引っつくな鬱陶しい!」


 びっくりしてダッシュで離脱。

 イオリくんの背中にへばりついて隠れた。

 まさかもうあの黒モヤが戻ってきたんじゃ!?

 いやもしかしたらただのネズミかもしれない、それはそれでやだけどおおお!


 イオリくんの背中から顔を出しながら蔵の様子を窺っていたその時、頭上からころころと声が降ってきた。


「あら、誰かと思ったらイオリさまだわ。起きてるなんて珍しいわね」

「おや、誰かと思ったらイオリさまか。いつも寝てるのに珍しいな」


 だっ誰か居る…!?

 声のした方へ、恐る恐る顔を上げる。

 棚の上、そこに淡い光を放つ“何か”が居た。

 最初輪郭りんかくがぼやけてよく見えなかったけど、よーく目をこらせばそれが二体いるってことに気がついた。

 そう二体の、ひとつ目の妖怪が棚の上から俺達を見下ろしていたんだ。


右目左目みぎめひだりめ、お前ら山に居ないと思ったらここに居たのか」

「久しぶりね、おはようイオリさま」

「久しぶりだな、おはようイオリさま」


 イオリくんと顔見知りの様子の人型の妖怪は、顔のほとんどが目っていうくらい大きなひとつ目をしていた。

 それだけならギョッと驚いてドン引きしてしまってただろうけど、棚の上のその子達はふたりとも俺の手のサイズくらいの小さな妖怪だったんだ。


「かっ可愛い。何あれ、ひとつ目小僧ってやつ? イオリくんの知り合いなの?」

「…お前、オオヌマだけじゃなくこいつらも見えるのか?」

「え、うん。最初はぼやけてたけど今はハッキリ」


 小さくてどこか愛嬌のある顔の妖怪に俺は目を輝かせた。

 俺の答えにイオリくんは意外そうに片方の眉を上げたあと、ふーんと鼻を鳴らして頷いた。


「まだガキだから一旦俺達あやかしに目のピントが合うと、そこから五感が順応するまで早いのかもな」

「目のピントが合うって…よっ妖怪が見えるようになっちゃったってこと? なな何で突然? 霊感とか全然ないんだけど俺」

「たまたまだろ」


 自分の姿を人間に自在に見せられるイオリくんと違って、この子達は普通の人には滅多に見えない小物のあやかしだとイオリくんは言った。

 比較的子供の場合はあやかしに目のピントが合いやすいらしいんだけど、ぼんやり見えたり微かに声だけ聞こえるだけで、ハッキリと姿形が分かるのは珍しいんだって。

 俺の場合、たまたまこの子達と五感全ての波長が合ったんだろうって言われた。

 た、たまたまって…。


「あら人間、お前わたしたちの姿が見えるのね」

「おや人間、お前おれたちの声が聞けるのか」

「うっうん、こんにちは」


 大きな目を瞬かせた二体のあやかしはフワッと棚から床に飛び降りると、今度は下から俺を見上げてきた。

 俺もしゃがんでふたりと目を合わせる。

 ふたりとも前髪の短いおかっぱ頭で双子みたいにそっくりだったけど、それぞれ女の子らしい花柄の着物と男の子っぽい縦縞たてじま模様の着物を着ていた。


「イオリくん、どっちが右目でどっちが左目なの?」

「知るか、いつも一緒に居るから纏めて“右目左目”と呼んでるだけだ。そいつらもどっちが自分のことかなんざ分かっちゃいないし、いちいち気にしてもいないだろうよ」


 そ、そんな大雑把でいいのかな…?

 人間とは違う妖怪の感覚に呆気に取られつつ、俺は「見えるなんて珍しいわね」「話せるなんて珍しいな」と言ってころころと笑い合う小妖怪を見下ろした。


「あの俺、孝太っていうんだ。君達のことは、えっと…“みーちゃん”と“ひーくん”って呼んでもいいかな?」


 右目左目そのままじゃ名前って感じがしなくて、俺はあだ名で呼ぶことに。

 右左どっちでもいいってことだったから、ここはインスピレーションで。

 右目の“み”を取って、女の子っぽい方がみーちゃん。

 左目の“ひ”を取って、男の子っぽい方がひーくんだ。

 俺の申し出にひとつ目の小妖怪は大きな目をぱちくりさせると、ふむふむとお互いに頷いてみせた。


「分かったわ、わたしはひーくんね」

「ならば、おれはみーちゃんか」

「あ、違う違う。えっと、俺としては逆のつもりだったんだけど…」

「あら、ならわたしがみーちゃんなのね」

「おや、ならばおれがひーくんか」


 ポンポン素直に受け答えしてころころ笑う小さな妖怪に、俺も思わず笑顔になる。


「コータはイオリさまとここで何をしてるの?」

「コータがイオリさまをここに連れてきたのか?」


 みーちゃんとひーくんは大きな目をくりくりさせながら、俺とイオリくんを見比べた。

 それに俺が答える前に、イオリくんがふたりに質問する。


雲竜うんりゅうの持ち物を探してる、何か残ってねぇか?」

「? イオリくん、雲竜って?」

「坊主の戒名、名前だ。お前の先祖だろうが、それくらい知っとけバカガキ」


 そっそんなこと言われても、俺ついさっき自分のご先祖さまのこと知ったばかりだし!

 ていうかイオリくん、俺のことバカバカ言いすぎだと思うんだけど!


「それなら二階ね、あっちに階段があるわ」

「それなら二階だな、さあこっちだぞ」


 みーちゃんとひーくんはお互いに手を繋ぐと、奥に向かってととと駆け出した。

 床に置かれた荷物を避けながらあとをついていけば、何もない蔵の壁までたどり着く。

 …? えっと、階段なんてどこにもないけど…?


「なるほどな、隠し扉か。あの坊主の好きそうなこった。おいガキ、そこの竜の彫り物に触れてみろ」

「彫り物?」


 イオリくんに促されて蔵の壁をよーく見てみれば、小さく竜の模様が刻まれているのが見えた。


「こ、こう…?」


 恐る恐る模様の上に手を置く。

 するとどういうわけか手の中が淡くぼわんと光って、まるで穴が開いたように壁の一部がぽっかり消えてしまった。

 その奥に、二階に続く急な階段が姿を現したんだ。


 す、すごい。何だかゲームの隠し部屋みたいだ。





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