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祟られた血筋






「あのお山には俺だけじゃなく、昔から数多あまたのあやかしが住みついている。大抵は害のない小物だが、中にはタチの悪いのもいてな。その内の一匹がさっき見たアイツ、人間達からは“オオヌマ”と呼ばれてたな」

「オオ、ヌマ…」


 俺はランドセルを背負ったまま屋根の上に体育座りして、イオリくんから説明を受けた。

 普段ならこの高さにおっかなびっくりしてただろうけどジェットコースター飛行を体験したあとだったから、感覚がマヒしてて屋根の上もあんまり怖く感じなかった。


「あやかしって、妖怪のことでいいんだよね…?」

「妖怪、あやかし、物の怪、魔物、バケモノ、怪異に魑魅魍魎ちみもうりょう。人が人には理解できない人あらざる者たちにつけた名だ、好きに呼べばいい」


 俺、妖怪とかあんまり詳しくなくて。

 というかホラーとか怪談全般苦手で。

 怖いからそういうのを信じないようにしてた、オバケなんか居ないさって。


 けどキツネに変身したイオリくんやさっきの黒モヤを見てしまったら、もう信じる他なかった。

 よっ妖怪とか、ホントに居るんだ…。


「あんまり悪さばかりするんでその昔、名のある坊主がアイツを岩に封じたんだが…。それを最近工事に入った人間達がよく調べもせずに、オオヌマが封じられてた岩を邪魔だからって理由で砕いちまったのさ」


 イオリくんが言うには、オオヌマの封印が解かれたのは今月の頭のことらしい。

 え、待って。今月の頭って…


「ばあちゃんの持病が悪化したのも、その頃だ…」

「人のやまいのことは詳しくねぇが、十中八九アイツのせいだろうな。この数週間、身体からじわじわと精気を吸い取り苦しめて、最後に魂を食らおうとキヨに取り憑いたんだ」


 持病って言ってもそんなに重くなくて、それまでばあちゃんは元気だった。

 なのに急に入院することになって、今は家で寝たきりの状態になってしまった。

 それもこれも全部、あの黒モヤのせいだったんだ…!


「そんなっ…! よりによって何でばあちゃんが狙われなきゃなんないんだよ!?」

「自分を封じた憎き坊主の玄孫やしゃごだからさ」

「…? やしゃごって…?」

「孫のそのまた孫ってことだ」


 孫の孫…?

 ってことはあの黒モヤを倒したのは、俺のご先祖さまってこと…?


「封印から解かれて復讐しようと坊主を探したが、もうとうの昔に死んじまってた。だが坊主の気配が、血が、この世にまだ残ってた。その中で坊主に一番血縁の近いキヨの魂を食らうことで、憂さ晴らしをしようとしてるのさ」


 オオヌマは昔から陰湿でしつこい奴だったと、イオリくんは鼻で笑った。


「まあ図体ばかりでかくて頭はあまりよくないからな、あんな身代わりにも簡単に騙されるんだが」

「身代わりって、さっきの紙のこと? 血で名前を書いただけの紙が身代わりになるの?」

「紙じゃなくしろと言え。単に血だけじゃなく一緒に精気もひと欠片抜いて、あの依り代に宿してある。本当はキヨ本人の血が一番なんだが弱ってるキヨからこれ以上精気を抜くのは危ないからな、孫のお前で代用だ」


 そういえば、あの夜も言われた。

 欲しいのは、俺の血だって。


 殺されるって思って、そのまま気を失っちゃったけど。

 じゃああの時もイオリくんはばあちゃんの身代わりの依り代を作って、黒モヤを追い払ってくれたってこと…?


「だが依り代を使う手はもう限界だな、いくらアイツが愚鈍でもこれ以上は騙されねぇだろう。キヨの身体も弱りきってるし、あと一度でもオオヌマに精気を吸われたら終わりだろうな」

「終わりって、それってばあちゃんが死んじゃうってこと!?」


 まさかそんな危機的状況だなんて思わなくて、俺はイオリくんに向かって身を乗り出した。

 イオリくんは依り代を飛ばした時に言ってた、今回はもって5日だって。

 つまりアイツが戻ってくる五日後、ばあちゃんは殺されちゃうってことで…


「そんなっ、どうにかできないの!?」

「手遅れだな。俺にできるのはせいぜいキヨが死んだ瞬間にキツネ火を焚いてオオヌマの目を眩ませて、アイツに食われる前にキヨの魂を天に送ってやることくらいだ。まあ輪廻の輪から外れずに済むんだ、上々だろ」


 打つ手はないとあっけらかんと言い放つイオリくんに、俺は衝撃で口をパクパクさせた。

 そんな、ばあちゃんが死ぬなんて…!

 いやだ、そんなの絶対にいやだ!


「イ、イオリくんはばあちゃんを守るためにうちに来てくれたんだろ!? なのにそんな簡単に諦めちゃうのかよ!?」

「…お前、俺様がこんな面倒なことをボランティアでしてやってると思ってんのか?」


 寝転んだままふんっと皮肉っぽい笑みを浮かべるイオリくんに、俺は戸惑った。

 えっ、違うの…?

 だってばあちゃんはいい人で、それを神様も知ってくれてて。

 だからこうして神様の使いのイオリくんが、助けに来てくれたんじゃ…?


「あのお山は住宅地にするとかで近々なくなる、俺の祠も壊される。住む場所がないんじゃ総本山の稲荷山に帰るしかないが、手ぶらで出戻りなんざ肩身が狭いだけだ。そこで善人の魂を一人救ってやったって功績でも作りゃあ、少しは箔がつくだろ?」

「そっそんな理由で!?」


 ばあちゃんを助けるのは善意からじゃなく自分の武勇伝のためだって言う神様の使いに、俺は開いた口が塞がらなかった。

 確かにさっきからずっとニヤニヤ笑ってふざけてる感じで、完全に他人事ひとごとって態度だったけど…! けど…!


 うっ薄々気づいてた!

 薄々気づいてたけどこのおキツネさま、めちゃくちゃ性格が悪い!


「ところでお前、キヨの心配ばかりしてていいのか?」

「? それ、どういう意味…?」

「キヨが死んで俺がキヨの魂を天に送れば、あのオオヌマはさぞかし不満だろう。復讐したくて堪らないアイツは、すぐ次を狙うだろうよ。それも近場にいるやつをな」

「それって…」


 自分を封じたお坊さんの、孫のそのまた孫であるばあちゃんが狙われた。

 なら、その次に狙われるのは…


「まさか、母さん…!?」

「キヨがダメならお前の母親、その母親の魂を食らっても満足しなけりゃ次はお前を狙うだろうな」

「お、俺も…!?」


 自分の家族が得たいの知れない化け物に次々狙われる恐怖に、俺はブルッと身体を震わせた。

 どうすればいいか分からなくて、思わず目の前の存在にすがる。


「たっ助けてよイオリくん!」

「ぶあっはっはっ! 何で俺が!」

「だ、だってイオリくんは神様の使いなんだろ!? だったら…!」

「あーやだねやだね、これだから人間ってやつは。神様って言葉がつきゃ困ってる人間を助けてくれて当然と思ってる。厚かましくて浅ましくて、ヘドが出るね」


 俺の必死のお願いをイオリくんはゲラゲラと笑い飛ばす。

 笑ってるけど目の奥はすごく冷たくて、俺はたじろいだ。

 分かってはいたけど俺は改めてイオリくんが人間とは違う生き物なんだって、あやかしなんだってことを再認識した。


「お前の言う通り、俺様は稲荷神の使いであって人間の便利屋なんかじゃねぇんだよ。そんなに母親や祖母が大事なら自分で守るこったな、お前がアイツを退治すりゃいい」

「俺が!? むむむ無理だよそんなの! 俺は普通の小学生でイオリくんみたいにあんな術とか使えないしっ、妖怪なんてどうやって倒したらいいか分からないしっ!」

「ならキヨはあと五日以内に死ぬしかないな」


 俺はぐっと唇を噛む。

 いやだ、ばあちゃんが死ぬのはいやだ。

 母さんだって危険な目に合わせたくないし、俺だって化け物に命を狙われるなんて怖い思いしたくない。

 でも、俺一人で化け物を倒すなんて。

 一体どうしたらいいんだよ…!?


「…ま、確かにただのガキのお前が身一つでアイツに立ち向かっても食い殺されるのがオチだろうな。だが曲がりなりにもここはあの坊主の子孫の家なわけだ、となると…」


 イオリくんは起き上がると、平均台みたいに細い瓦屋根のてっぺんに器用に立って周囲を見渡した。

 その目がついっと俺の後ろを向く。

 つられて俺も振り返れば、そこにはまた別の瓦屋根があって…


「あそこになら、何か使えるもんが残ってるかもしれねぇな」


 そう言ってイオリくんが指差したのは、裏庭にあるあの古い蔵だった。





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