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イオリくんの正体






「ひっひいいい!」


 尻餅をついたまま地面をズリズリ後ずさる。

 服や手が汚れるなんて気にする余裕もなかった。

 今すぐ立ち上がって逃げ出したかったけど、腰が抜けて足に力が入らなかった。

 助けを叫んでも誰にも聞こえない山の中に化け物とふたりきり、絶体絶命の大ピンチだ。


「くっ来るな! 来るなよ!」


 必死に逃げようとする俺を見下ろし、ニヤニヤ笑いながら一歩一歩近づいてくる化け物。

 恐怖でガチガチ歯が鳴って、目に涙が浮かぶ。

 何をされるのか分からなくて、このまま殺されるって思って、混乱しながら俺はこれまでで一番の疑問を叫んでいた。


「おっお前、一体何なんだよ!?」

「俺か? 俺は――…」


 こっちに向かってスッと片手を上げたのに対して、大げさなくらいビクッと身体を震わせた。

 捕まってそのまま頭から食われるんじゃないかって、思わず身構える。

 けどイオリくんはそのまま俺の後ろにあるボロい祠を指差したんだ。



「俺はその祠を住み処にしてる、稲荷神社のおキツネさまさ。ガキにはお稲荷さんって言った方が分かりやすいか?」



 ……は?


「キ、キツネ…? お稲荷、さん…?」


 てっきりもっと怖い名前のオバケを想像してたのに、意外な内容に俺はポカンと呆気に取られた。

 稲荷神社って、キツネの像がある神社のことだよな…?

 キツネ…? イオリくんが、キツネ…?


「でっでも、人間の格好して…」

「化けてるからな」


 次の瞬間、ポンッ!という音と共にイオリくんの全身が煙に包まれた。

 そして俺はそれまでの恐怖も忘れて目を輝かせることになったんだ。


「わあ…!」


 現れたのは、真っ白なキツネだった。

 普通のキツネよりは二回りくらい大きくて、座ってる俺と目線の高さがほぼ同じ。

 ふわふわで、目がキリッとしてて、耳が大きくて、尻尾は三つに分かれていた。

 真っ白な毛はキラキラしてて、銀色に光って見えた。

 すっごく、綺麗だ…。


「か、かっこいい」

「美しいと言え」


 ふんっと自慢げに鼻を鳴らすイオリくん。

 キツネが、しゃべってる。

 そんなあり得ない光景に、いつもならパニックになってただろうけど。

 小さな女の子から男子高校生に変身した時のインパクトの方がすごくて、俺はむしろ落ち着きを取り戻していった。

 えっと、つまり…


「イオリくんは、化け物じゃなくて…神様ってこと?」

「神様じゃなくその使い、眷属けんぞくだ。まあ人間からは、似たような存在として扱われることが多いがな。区別のできねぇやつらにとっちゃ、稲荷神も仕えてるキツネも“お稲荷さん”なんだろ」


 ケッと小馬鹿にするように吐き捨てるキツネはすごく人間臭くて、危険な感じはしなくて、俺はゆっくり肩の力を抜いていった。

 人間の言葉をしゃべる真っ白なキツネに、警戒心よりも好奇心の方が上回る。


「使い…? って、召し使いってこと?」

「せめて部下と言え。普段天界から下りてこれない神様に代わって、俺らキツネが神社や祠に控えて人間の悩みや愚痴に耳を傾けてやってるのさ。窓口係みたいなもんだ」


 へー、そうなんだ…っと地面に座り込んだまま感心した。

 そう言われて普通なら疑うとこだったのかもしれないけど、俺はイオリくんの話をすんなりと信じてしまった。

 男子高校生の姿のままだったら信じなかったかもしれないけど、真っ白で綺麗なおキツネさまの姿で言われると説得力があった。


 それに俺、猫とか犬とか好きなんだよね。

 ふわふわした大きな耳につい目を惹かれる、さっ触ってみたいな。


「えっと、そのお稲荷さんの使いがうちに何の用があって来た…んですか? おっお供え物が欲しいとか…?」

「んなもんいるか、俺の目的はキヨだけだ」

「キヨばあちゃん…?」


 そこでハッと、あの夜のことを思い出す。

 午前二時、ばあちゃんの部屋。

 突然吹いた風、絞められた首、間近で見たイオリくんの顔。

 猫みたいに縦に細くなった目、尖って見えた歯。

 感じた痛み、苦しみ、恐怖。


 そっそうか、あの夜のあれは夢じゃなかったんだ…!

 ってことは、あの時やっぱりイオリくんは…!


「かっ神様の使いが人殺しなんかしていいのかよ!? ばあちゃんは神様に怒られるような悪いことなんてしてないぞ! なのに、とっ取り憑いて殺そうなんて、そんなこと…!」

「いつ誰がそんなことをすると言った」


 呆れたようにため息をつくキツネに、俺はあれ?っと首を傾げた。

 ちっ違うの? てっきりそうだと思ったんだけど。

 だ、だって俺の首絞めたじゃん。めっちゃくちゃ苦しかったし怖かったんだけどっ。


 そう文句を言おうとした時、イオリくんの大きな白い耳がピルルッと動いてその鼻先が空へと向けられた。


「――…チッ、早いな。もう戻ってきやがったか」

「え…?」

「しかたねぇ。おいガキ、一緒に来い」

「うっ、うわああああ!?」


 突然、俺の全身を竜巻みたいな風が包んだ。

 身体をグンッと上に無理やり引っ張られるような感覚に、思わず目をつむる。

 超高速エレベーターに乗ってるのようなGがかかって、ビュンビュン風の音が耳元で聞こえた。

 最後に強烈なフワッと感と共に、全身が解放される。


 なっ何が起こったんだ…?

 俺は、恐る恐る目を開けた。


「へっ…? そっ空…?」


 俺の視界いっぱいに、綺麗な夕空が広がっていた。

 山の中に居たはずなのに、高い木で囲まれて空なんて見えてなかったのに、何で…?

 ふと下を見れば、俺の住んでる街がまるでミニチュア模型みたいに小さく見えた。

 …って。


「!!??」


 おっ俺、空飛んでるうううう!?


「たっ高い高い高い! 怖い怖い怖い! イオリくんっ、落ちっ落ちるううう!」

「ぎゃっ!? このバカガキ! 尻尾を掴むな!」


 キツネのイオリくんと俺はお山の上空に浮かんでいた。

 掴まる所がどこにもなくて、このまま真っ逆さまに落ちるんじゃないかって怖くなって。

 思わず目の前にあったふさふさの尻尾にしがみついたけど、すぐに苛立たしげにパシッと振り払われてしまう。


「何これ何これ何これ!? どうなってんの何で俺空飛んでんの!? 飛んでるっていうか浮いてる!? 何これどうなってんのイオリくんんんんん!」

「………」


 パニクりながら両腕をバタバタ上下に動かして、鳥みたいに必死に飛ぼうとする俺をイオリくんは呆れた目で見ていた。

 そして仕方なさそうにため息をつくと、空中でポンッ!とイケメン高校生の姿に変わって俺を荷物みたいに脇に抱えたんだ。


「これなら文句ないだろ、行くぞ」

「いっ行くってどこ…にいいいいい!?」


 ギュンッ!と加速。

 まるでジェットコースターに乗ってるみたいに空を移動し始めた。

 またビュンビュンと風の音が聞こえたけどどうしてか顔や身体に風は当たらなくて、目を開けたままでいることができた。

 それを不思議に思うよりも、ジェットコースター飛行に顔が引きつる。


「速い速い速い! 速いよイオリくんんんん!」


 俺の叫びを完全無視したイオリくんは、徐々に下降し始めた。

 上から街を見下ろすことなんて滅多にないから最初気づかなかったけど、見覚えのある近所の家や道の光景に、イオリくんはばあちゃん家に降りようとしてるんだって気がついた。


 ……って、え!?


「なっ何だよあれ!? うちの屋根に何かいる!?」


 俺はギョッとした。

 だってうちの屋根の上に、自動車くらいの大きさのモヤモヤとした何かがへばりつくように乗っかってるのが見えたんだ。


「あん? お前あれが見えるのか?」

「うっうん、何か灰色っぽい…いや黒っぽいもやみたいな…!」


 最初はもやみたいに薄かったけど、よく目をこらすにつれてだんだん濃くなっていって灰色じゃなく黒いってことが分かった。

 屋根から20mくらい上空に浮かぶようにイオリくんは止まると、俺を脇に抱えたままクイッとあごで黒モヤを差した。


「取り憑いてるのは俺様じゃなく、あれだ。キヨの魂を狙ってる」

「ばあちゃんの魂を!? 何で!?」

「その話はあとだ、先に手を出せ。早くしろ」

「う、うん!」


 言われるがままに手を差し出す。

 イオリくんは俺の手の平に自分の親指を押し当てると、尖った爪でピッと横に切り裂いた。

 びっくりしてヒュッと息を飲んだけど想像してた痛みは全然やってこなくて、それどころか手の平の傷はすぐにふさがっていてスッと消えてしまった。


「いっ今、何したの…?」

「血をもらっただけだ」


 そう言ってイオリくんは学ランのポケットから人の形をした真っ白な紙を取り出すと、俺の血を使って親指の爪でばあちゃんの名前を書いたんだ。

 イオリくんがその紙をフッと吹けば、紙は落ちずに紙飛行機みたいにスイッと空へ飛んでいった。


 うごうごしていた黒モヤはピタッと動きを止めると、屋根からフワッと離れてその紙を追って行ってしまったんだ。


「…お、追い払ったの?」

「あれはオトリだ。今回はもって五日ってところだな、すぐにまた戻ってくる」


 さっきまで黒モヤのいた屋根に、イオリくんはすとんと下りた。

 その腕から解放された俺はまた腰が抜けてしまって、そのまま屋根にへなへなと座りこむ。

 一方のイオリくんは俺の隣でごろんと横になると、肘をついて青い顔の俺をニヤニヤと覗きこんできた。


「さーて、一体どこから話してやろうか」


 そこには俺の従兄を演じてた時の優しい笑顔はもはや欠片もなくて、心底愉快げな俺様ギツネの顔があった。







ようやくわちゃコラの始まりです。



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