市立烏間小学校七不思議(前)
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――…一週間後。
朝から晴れ渡る青い空。
日に日に日差しが強くなって夏に近づいてるんだなって感じるけど朝はまだ空気がひんやりしてて、パーカーを一枚羽織っての登校。
先週の雷雨がうそのように、今週はずっとカラッとした晴天が続いていた。
そんな空と同じ色のランドセルを背負いながら、いつもの通学路をとことこ進む。
「ふわぁ~…」
うー、ねっむい。
同じ方向に登校する子達の元気な話し声を聞きながら、ここ最近少し寝不足気味の俺は大きなアクビを一つ。
校門を潜ったその時、後ろからお馴染みの声がかかった。
「よっ、孝太」
「おはよう、孝くん」
「わっ、とと。ゆっ雄大、春、おはよ」
二人の声に振り向くよりも先に、雄大にガシッと肩を組まれてたたらを踏む。
反対隣には春がピッタリと並んできて、二人にみちっと挟まれた形に。
えっと、あの、二人ともちょっと狭いんだけど…。
昔から仲のいい俺達だけれど、何だかここ最近今までにないくらい近過ぎる二人の距離感に俺はちょっと戸惑い気味で…。
特にジーッと俺の顔を間近で見てくる雄大に、俺は顔を後ろにそらした。
ちょ、マジで顔近いって。
「なっ何だよ雄大」
「孝太、お前怪我はもういいのかよ」
「…何回同じこと聞くんだよ。もうとっくの昔に治ってるって、ほら」
パーカーの袖を軽く捲って腕を見せる。
ヤツユビの糸によって傷つけられた手足の切り傷は、カサブタが取れてもうほとんど消えかかっていた。
一週間前の、あの日。
あのあとの話を、少しすると。
日が暮れて、すっかり夜になってしまった学校で。
校舎の外に寝かせたままにしてた雄大達の元に急いで戻った俺は、ちょうどみんなを起こしていたところを巡回中の先生に発見された。
何だどうした君達大丈夫かって慌てる先生は、まず身体のあちこちに怪我をこさえた俺に目を丸くして。
雄大も首にアザを、塚地も鼻を怪我してたからひとまず保健室に連れていかれることになった。
保健室で手当てを受けたあと、俺達の怪我がそれほど大きなものじゃないってことが分かってホッと息をついた先生は、すぐにキッと目尻を吊り上げた。
「こんな時間まで何してたんだ、今日は早く帰りなさいって言われてただろう!」
「「「ごっごめんなさい…」」」
俺は俺で正直に「学校で妖怪退治してました」なんて、言えるわけもなく。
俺以外のみんなの記憶もあいまいで、首を傾げながらお互いに顔を見合わせていた。
子供ヤツユビに操られてた塚地達は、保健室に行ったところまでは覚えてたけどそれから先の記憶がなくて。
雄大と春も、あの金平糖の影響のせいで記憶が混乱してるみたいで思い出せないことが多かった。
ただ塚地達に春がロッカーに閉じ込められたってことは全員覚えてて、前日に雄大と塚地が掴み合いしてたこともあって。
話を聞き終えた先生は俺達がまた喧嘩して、怪我も原因もそれだって思ったみたいだった。
「ったく、どれだけ心配かけたと思ってるんだお前達は…」
「まあまあ、とにかく見つかってよかったですわ」
「ああ早く保護者に連絡を、全員無事だったって伝えないと…」
疲れたようにため息をつく先生や、安堵の笑みを浮かべる先生に、急いでどこかに電話をかけはじめる先生。
どうやら俺達が家に帰ってこないことを心配した親達が学校に連絡したみたいで、あと一歩のところで警察に通報するとこだったらしい。
その一方で俺は、佐伯先生だけじゃなく他に先生がまだこんなに残ってたんだってことに内心で驚いていて…
「あの親にも、さすがにここの大人全員を操るのは無理だったんだろうよ。だから操りやすい一人を選んで、他の奴らは術をかけて眠らせるかして放置してたんだろ」
っていうのがイオリくんの推論。
結果、春をいじめた塚地達は個別で先生と親から大目玉を食らうことになって、俺達も俺達で遅くまで帰らずに心配をかけたことをそれぞれの親からお説教されることになった。
そうして俺の学校での大立ち回りは、誰にも知られることなくひっそりと幕を下ろした。
一緒にヤツユビと戦った雄大や春の記憶がないのは少し寂しかったけど、二人のためを思えば仕方ないことだった。
(ただ、覚えてないはずなのに、あれから二人が何か…俺に対して過保護っていうか)
雄大にモップで殴られた時についた頭の傷は実はまだ残ってたけど、髪で隠して二人からは見えていない。
サッカーで転んで怪我なんかしょっちゅうなのに、今までにないくらい過剰に心配する幼なじみにタジタジしつつ、何だか少しむず痒かった。
「そっそれよりさ、二人とももうおやつ買った? 別々の種類持ってきてさ、明日交換して食べようぜ」
「おう、俺は徳用のでっかいポテチ買ったぜ」
「僕はお母さんがクッキー焼いてくれるっていうから、それ持っていくね」
二人の注意を怪我からそらそうとして話題に出したのは、明日に迫った遠足のことだった。
先週、飼育小屋の動物達が殺されるっていうショッキングな事件が起こって、犯人も捕まってない中生徒達を学校の外に出すのは危ないんじゃないかって意見が職員会議で出たらしいけど。
遠足が取り止めになったら更に子供達がショックを受けるだろうって結論になって、予定通り決行されることになった。
学年ごとに日にちを変えて順番に。
今日は六年生が水族館に行ってる。
俺達五年生は明日、目的地は隣町の森林公園だ。
「んあ? なんだぁ、何か集まってんな」
「あ、ホントだ。2組の前だ、何してんだろ?」
靴箱で上履きに履き替えて三人で教室に向かっていた道中、雄大が隣のクラスの2組の前に小さな人集りができてるのに気がついた。
廊下側の窓が開いてて、そこから2組じゃない違うクラスの奴等が教室の中を覗き込んでる。
俺達もその間からひょこっと顔を出してみれば、輪の中心にいたのは知ってる顔の人物だった。
「おっ、たなやんじゃん。どうしたんだ? いったい何の騒ぎだよこれ?」
「あ、武内おはよう。東雲と四宮も」
雄大の声に反応したのは、2組の友達のたなやんだった。
たなやんの机は廊下側の窓際にあって、席に座ってるところを2組のクラスメートに囲まれていた。
教室の中と外から注目を集めるたなやんは、俺達三人にもその話題の的になっている物を掲げて見せてくれた。
「それが、失くなったシャーペンが戻ってきたんだ。んで、見てよこれ。俺のにも付いてたんだ、例のあれが」
少し興奮気味のたなやんの手にあったのは、なんの変哲もない普通のシャーペン。
けどクリップ部分に細い三つ編みの紐が…いわゆる組紐っていうやつが巻き付いてて、その先でツヤツヤしたきれいな木の実が揺れいてた。
それは携帯ストラップみたいな、ドングリのチャームがついた小さなキーホルダーだった。
「なんか他のクラスの女子のポーチも戻ってきたらしくって、おんなじようにこれがついてたって」
「わたしの弟も一個下の学年なんだけど、失くなった消しゴムがいつの間にか机の中にあって、一緒にドングリのキーホルダーが置いてあったって」
そう、今俺達の小学校じゃ例の盗難多発事件が急展開を迎えて大きな話題になっていた。
失くなった物が次々と見つかっただけじゃなく、戻ってきたそれらに見覚えのないドングリのキーホルダーが添えられてたんだ。
簡単な組紐とドングリで作られたキーホルダーは売り物にしては少し不恰好で、俺達小学生にも作れそうな物で。
けどツヤツヤしたドングリの実はきれいで、まるで宝物を見付けたみたいな気分になって、みんなの子供心をくすぐって自然とテンションを上げていく。
明らかに手作りって分かるキーホルダーに、いったい誰が作ったんだいったい誰の仕業なんだ何でこんなことをとわいわい話が盛り上がる中。
俺はゴクリとツバを飲み込んで喉を潤すと、少し声を張り上げながら口を開いた。
「そっそれさ、俺ちょっと小耳に挟んだ話があって。母さんの知り合いの子供の友達の親がこの小学校の卒業生でさ、昔にも似たような不思議な事件があったらしいんだけど…」
俺の前置きにその場にいた男子女子みんなの注目が一斉に集まる。
その多さにたじろぎそうになるも、意を決して本題を切り出した。
「何でもうちの学校に昔からある、七不思議の一つらしいぜ」
「「「七不思議…!?」」」
驚きと好奇心に満ちた周りの視線を一身に集めながら、俺は“母さんの知り合いの子供の友達の親から聞いた話”を語り始めた。