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お山の祠






 工事中のこのお山は、俺が住んでる区内じゃ一番大きい山だ。

 高さはそれほどでもないけど緑豊かで、散歩やランニングに訪れる大人も多いみたい。

 頂上までは登ったことないけど、俺も何度か遊びに来たことがある。

 けどいつもはお山の正面…って言っていいのかな?

 一番大きな山道がある側の林で虫取りとかして遊ぶことが多くて、こっち側…お山の裏手に来たのは初めてだった。

 正面の山道とは別に何本か道が通ってるのは知ってたけど、この入り口から山に入るのも初めてだ。


 何かちょっと…ううん、かなり気味が悪いかも。

 道は細くてデコボコしてて、左右には大きな木が生い茂ってる。

 まだ日も明るいのに、山の中は静かで薄暗かった。

 なっ何かオバケ出そう。

 やだなー、怖いなー。


「ん…?」


 おっかなびっくり心臓をドキドキさせながらイオリくんの背中を追っていたその時、ふと道の脇に小さな神社があるのが目に入った。

 ううん、神社っていうほど大きくない。

 これ、あれだ。ほこらってやつだ。

 小さな祠は木と木の間にひっそりとたたずんでいて、長い間雨や風にさらされてたんだって分かるくらいボロボロだった。

 供えられてる花も枯れてしまってる。


 そんなふうにほんの一瞬だけ祠の方に注意をそらしてしまった俺が再び前を見た時、イオリくんの姿はどこにもなかった。

 えっ、やばっ!


「ど、どうしよう…! 見失っちゃった…!?」


 最後にイオリくんの背中が見えた場所まで慌てて駆け上がる。

 けどそこからちょうど左右に道が分かれてて、イオリくんがどっちに行ったのか分からなかった。

 おっ俺のバカバカ! まぬけー!


「うぐぐっ、せっかくここまで追いかけて来たのにいいい…!」


 初めて来た場所、初めて通る道。

 これ以上進んだら、迷子になるかもしれない。

 でも俺は諦めきれなくって、このままズコズコ引き返したくなくって。

 どっちに行こうか迷った末、勘で右の道を選んだ。


「急げばまだ追い付けるかも…!」


 緩やかな山道を駆け足でのぼる。

 見失って一分も経ってないもん、足の速さには少し自信があるし今から行けば追い付けるはず…!

 けどいくら行ってもイオリくんの姿は見えなくて、段々不安がつのっていった。

 こっちの道じゃなかったかなぁ。左にしとけばよかったかなぁ。失敗したかも。

 ハアハアと息を荒くしながら走っていた俺は、目線の先に“ある物”を捉えて思わず走るスピードを緩めた。


「あ、あれ…?」


 見つめる先にあったのは、ついさっき見たあの小さな祠だった。

 あれ、元の場所に戻って来ちゃった…?

 自分じゃ真っ直ぐ進んでたつもりだったけど、気づかない内にぐるっと回りこんじゃったのかな…?

 ん? でもずっと上り坂だったよな…?

 上に上って行ってたのに、何で元の場所に…。


「……今度は、左に行ってみよう」


 少しおかしいなって思ったけど、俺はさっきの分かれ道まで進むと今度はもう一方の道を駆け上がった。

 右は一本道で、誰にも会わずにぐるっと元の場所に戻ってきた。

 ならイオリくんは絶対左に行ったはずだ。

 そうやって急いで左の道を進むこと数分、俺は呆然と立ちすくむことになった。


「……うそ、なっ何で?」


 また、あの祠の前に戻ってきてしまった。

 似たような、別の祠じゃないかって一瞬思った。

 でも祠のボロさも、木の位置も、枯れた花も、全部…おんなじ。


「また気づかない内にぐるって回りこんじゃった、とか…?」


 あえて口に出して言うことで、自分自身を誤魔化そうとする。

 けど不安は消えてくれなくて、走ったせいで激しく動いてた心臓の音が別の嫌なドキドキに変わっていく。

 かいた汗がヒヤッと冷たくなって、ブルッと悪寒が走った。


 ザアアアア。

 山の中、風が吹いて周囲の木を不気味に揺らす。

 ケラケラ、ケラケラ。

 音がこだまして、まるで誰かが笑ってるみたいに聞こえた。


「もっ、もう帰らないと…。遅くなると、母さんに怒られるし…」


 誰に言うでもなく、自分自身に言い訳するように独り言。

 今更ながらすごく怖くなって、もうイオリくんのことなんかどうでもよくなって。

 ランドセルのショルダーをグッと握りながら、ボロい祠からジリジリと後ずさった。

 …と、その時だった。


「おにいちゃん、何してるの?」

「うひゃあっ!?」


 突然、真後ろから声をかけられて俺はすっとんきょうな悲鳴を上げて驚いた。

 わたわたと慌てながら振り返れば、そこには俺より小さい女の子がきょとんとした目でこっちを見上げていた。


 び、びっくりしたー! 何だ、女の子か。

 どこから現れたんだろ、全然気づかなかったや。

 見た感じ小学校三年生くらい。

 明るい茶色のロングヘアーに黄色のワンピースを着た、可愛い顔の女の子だった。

 俺はホッと安心するのと共に女の子の前で変な悲鳴を上げたのが恥ずかしくなって、それを誤魔化すように話しかけた。


「こっこんにちは、君こそこんなところで何してるの? ひとり? 立入禁止なのに入ってきちゃダメじゃんか」

「おにいちゃんだって入ってるじゃない」


 いちおう年上ぶって注意してみたけどクスクスと笑われてしまった。

 たっ確かに、俺が言っても説得力ないよな…。


「おにいちゃん、まいご?」

「うっううん! 違うよ!」


 本当は迷子になりかけてたんだけど、女の子に格好悪いところは見せたくない男心で必死に否定する。

 それと同時にその子に会えたことで、さっきまで変な世界に迷いこんじゃったんじゃないかって独りでビビりまくってた気持ちが、ちょっとだけ和らいだ。


「ちょっと人を探しててさ。あっそうだ、この辺で男子高校生見なかった? 黒髪で黒い学ラン着てて、背はこのくらいで…」


 もしかしたらって思って聞いてみたけど、ふるふると首を横に振られてしまった。


「その子、おともだち?」

「いいや、そいつはすごく悪いやつなんだ。俺の従兄だって嘘ついて母さんやばあちゃんを騙してる、詐欺師なんだ」


 思わず、ぽろりと。

 安心して気が緩んだ俺は、初めて会ったその子にイオリくんのことを話してしまっていた。


 ずっとずっと一人で抱えてた悩み。

 大人は誰も分かってくれない話でも自分より小さい子どもなら信じてくれるんじゃないかって、素直に聞いてくれるんじゃないかって思ったんだ。

 もちろんその子に悩みを解決してほしいとか思った訳じゃない。

 ただ聞いてもらいたかっただけ。


「ふーん、変な子だね」

「だろ? 変っていうか怪しすぎるよなアイツ、絶対俺が正体をあばいてやるんだ」


 今日は失敗しちゃったけど、絶対アイツの尻尾をつかんでやる!と、グッと拳を握って決意を新たにする。

 そんなふうに使命感に燃える俺をジッと見ていた女の子は、クスッと笑うとまたふるふると首を振った。


「ううん、変って言ったのはそっちじゃなくて…」

「?」


 ヒラリとスカートの裾をひるがえすると、俺の顔をのぞきこむ。

 可愛い顔が近くなって、思わず頬が赤くなった。

 けど俺はすぐにギョッと目を見開くことになったんだ。


「お前のことを言ってんだよ、お前の。変なガキだな、なーんでお前には俺様の術がかかんねぇのかね?」

「……へ?」


 目の前の女の子の口から発せられたのは、女の子のものとは思えない低い男の声だった。

 空耳かと思った、聞き違いかと思った。

 可愛い顔の女の子と低い男の声が全然一致しなくて、ちぐはぐなアテレコを聞いてるみたいで、俺は一気に混乱した。


「キヨや佳世にはバッチリかかったんだかなぁ、ガキでバカだから逆に騙しにくいのか?」

「なっ何言って…?」


 幼かった口調もガラッと変わって、乱暴な言葉づかいに。

 一体何がどうなってるのか分からず混乱する俺を見たその子は、ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべた。


 ケラケラ、ケラケラ。

 さっきまで止んでた笑い声が、山にこだまする。

 笑ってるのは目の前の、女の子だ。

 ケラケラ、ケラケラ。

 細い三日月みたいに口角を上げて、心底愉快そうに笑う女の子。

 それがものすごく不気味に見えて思わず後ずされば、次の瞬間信じられないことが起こった。


「なっ…!?」


 明るい茶色だった女の子の髪の毛が、黒く染まり始めたんだ。

 その上ロングヘアーだったのがまるで逆再生するみたいに、どんどん短くなっていく。


 それだけじゃない。

 手足が伸びて、身体がどんどん大きくなって、服のデザインも変化する。

 そして瞬く間に、学ランを着た男子高校生が現れた。

 そう、“俺の従兄”の…イオリくんが。


「なっ、ななな…!?」


 腰が抜けてドサッ…と地面に尻餅をついた。

 自分の見た光景が信じられなくて、また夢を見てるのかと思った。

 けど地面についたお尻は痛くって、これが現実なんだって分かった。


 にっ人間じゃない! 人間のできることじゃない!

 コイツ、詐欺師じゃなくて化け物だったんだ!





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