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尾行開始!






 パチッと目が覚めた時、俺は自分の部屋の布団の中に横になっていた。


「……へ? あ、あれ…? 朝…?」

「こら孝太ー、いつまで寝てるのー!? 早く起きないと遅刻しちゃうわよー!」

「も、もう起きてるー!」


 台所の方から大きな声で母さんが呼ぶのが聞こえて、ガバッと飛び起きながら条件反射でいつもの返事を返した。

 カーテンからは太陽の光がもれてて、チュンチュンとスズメの鳴き声が聞こえた。


「い、生きてる…?」


 混乱しながらも、両手をグーパーと動かして自分の身体が動くことを確かめた。

 何がどうなってるのか分からなくてしばらく布団の上で呆然としてたんだけど、ハッと我に返ると部屋を飛び出した。


「ばっ、ばあちゃん…!」


 寝間着のままバタバタと廊下を走って、ばあちゃんの部屋に駆け込む。

 でも俺が心配してたようなことはなくて、ばあちゃんは介護ベッドの上で安らかな寝息を立てて眠っていた。

 よ、よかった。

 ばあちゃんも無事だ、生きてる。


「昨日のって、夢…だったのか?」


 ばあちゃんの部屋を見回す。

 掛け軸も花瓶もテレビも、棚の上の人形も元通りに飾られてて、いつものばあちゃんの部屋の光景が広がっていた。


(そっか、そうだよな…。部屋の中で、窓も開いてないのに風が吹くなんて、あり得ないよな)


 俺もばあちゃんも無事で、怪我もしてないし。

 きっと夢だったんだ、あれは。

 ほっと息をつきながら、俺はばあちゃんの部屋をあとにした。

 ただ夢だって分かっても、最後に見たイオリくんの異様で恐ろしい顔を思い出してブルッと背筋が震えた。


『――…俺が欲しいのは、お前の血だ』


 無意識に手で首を擦る。

 苦しかったし怖かった、すっごくリアルな夢だった。

 きっとイオリくんのこと怖いって思いすぎたせいで、血に餓えた殺人鬼なんて夢を見ちゃったんだな…。


「あれ…? でもどこからが夢だったんだろ…?」


 とてとて廊下を歩きながら首を傾げる。

 もっもしかして、昨日会った“従兄のイオリくん”の存在そのものが俺の空想だったんじゃ…!

 そんな期待をしながら台所に顔を出せば、母さんを手伝ってテーブルにご飯を配ってるイケメン高校生と目が合った。


「おはよう孝太くん、昨日はよく眠れたかい?」


 …夢じゃ、なかった。




**



 俺と母さんとキヨばあちゃん、そして存在するはずのない俺の従兄――イオリくんの、四人の奇妙な生活が始まった。

 イオリくんは何の違和感もなく俺の家に馴染んで、母さんやばあちゃんも当たり前のようにイオリくんを受け入れていた。


「佳世さん、トイレットペーパー切れそうだったので買っておきました。ちょうど安売りしてたので、纏めて四つほど」

「まあっ、ありがとうイオリくん! 助かるわー、本当に気が利くわねぇイオリくんは」


 イオリくんは母さんをよく手伝って、ばあちゃんを親身になって世話して、俺にも優しく接し続けた。

 和やかな雰囲気の家の中にいると、俺の方がおかしいんじゃないかって何度も思いそうになった。

 その度に頭をぶんぶん横に振って、必死に自分に言い聞かせた。

 おっ俺は騙されないぞ!

 俺にはあんな従兄なんていないんだ!


「きっと母さんもばあちゃんも、俺のいない間にアイツに洗脳されちゃったんだ…!」


 散々考えた末、俺がたどり着いた結論がそれだった。

 暗示とかマインドコントロールとかいう、テレビやネットで騒がれてるあれに違いないって思ったんだ。

 きっとアイツは詐欺師か何かで、高校生ってのも多分ウソで。

 たまたまどこかで自分とタツオじいちゃんの顔が似てることを知って、それを利用してこの家に入り込んで。

 母さんやばあちゃんを洗脳して信頼させて、お金を騙し盗ろうとしてしてるんだ。そうに決まってる。


 俺一人だけが分かってた。

 イオリくんが得体の知れない、危険なやつだってことを。

 でも…


「本当、イオくんはタツオさんに生き写しねぇ。男前だわぁ」

「ありがとうございます、キヨさんもいつまでたっても若々しくてとても素敵ですよ」

「ふふ、まあ嬉しい。ありがとうイオくん」


 イオリくんを見て嬉しそうに、そしてなつかしそうに笑う寝たきりのばあちゃんを見てしまったら、俺はそれ以上イオリくんの正体について口に出して大っぴらに騒ぐことができなかった。


 父さんは仕事が大変みたいで全然捕まらないし。

 学校の先生やお巡りさんに相談しようかとも思ったけど。

 母さんが“俺の従兄のイオリくん”を完全に信じてるんじゃ、子供の俺が何を言ってもムダな気がした。

 先生も警察も母さんを信じる、つまりイオリくんを信じる。

 そうすると俺がウソつきってことにされてしまう。

 こうなったら…!


「俺が自分の手で、証拠を掴むしかない…!」


 二人を守れるのは俺しかいないんだ。

 イオリくんは俺の従兄なんかじゃないって、詐欺師だって証明してやる!

 そうやって意気込んでいた俺に、チャンスは意外とすぐに訪れた。




「ばいばい、孝くん」

「おー、また明日なー」


 奇妙な生活が始まって数日経ったある日。

 夕方、学校が終わって下校途中。

 友達と別れて、一人になった俺が信号待ちをしていた時だった。


(あっ、イオリくんだ…!)


 向かい側の歩道を、黒い学ラン姿のイケメン高校生が横切るのを見つけたんだ。

 イオリくんは俺に気づいた様子はなくて、そのままばあちゃん家とは反対、商店街のある方に進んでいった。


「ハイらっしゃいらっしゃい! 今日は大根が安いよ安いよー!」

「お待ちどおさま、アジの三枚下ろし四尾ね。毎度あり!」


 夕飯前の買い物で賑わう、近所の小さな商店街。

 イオリくん、また母さんにおつかいを頼まれたのかなって思ったけど。

 イオリくんは商店街の入り口を素通りすると、そのまま一本先の裏道に入っていってしまった。


「ど、どこに行くんだろ…?」


 ごくりとツバを飲み込む。

 俺は気合いを入れるようにランドセルのショルダーを背負い直すと、こっそり尾行を開始した。

 イオリくんは後ろを振り返ることなくスタスタ歩いていく。

 歩幅の大きさが違うから、俺の方はどうしても小走りになってしまう。

 見失わないよう、けど気づかれないよう注意しながら必死にあとを追った。

 そうやってイオリくんを追いかけて細い裏道を何本か抜けたあと、急に視界が開けた。


(え、ここって…)


 目の前に広がったのは、緑生い茂る大きな山だった。

 このお山は住宅地にするとかで最近工事が入って、今は立入禁止になってる場所だ。

 けどイオリくんはそんなの関係ない様子で、スタスタとお山の中に入って行ってしまった。


「ど、どうしよ。入って大丈夫かな…?」


 辺りには誰もいなかったけど、遠くの方から工事の音が聞こえてきていた。

 まだここまで工事は進んでないみたいで、山道の入り口に簡単なロープが張ってあるだけ。

 けど大きく出てる“立入禁止!”の看板を見ると、勝手に入るのは悪い気がして尻込みしてしまう。


 でももしかしたらこの先にイオリくんの詐欺師仲間がいて、これから落ち合うつもりなのかもしれない。

 悪いやつらが集まる、アジトがあるのかもしれない。

 その場所が分かれば、警察に通報して捕まえてもらえるかも…!


(ええっい! 男は度胸と根性だ!)


 俺は少し迷ったあと、思いきってロープの内側に入った。






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