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雷とドングリ






「…春のやつ、おっせぇなー。もうみんな帰っちまったぞ」


 靴箱にはいつの間にか俺と雄大の二人だけになっていた。

 今日は部活動も全部休みになったからグラウンドも静かで、さっきまで下校の生徒や迎えの親が居た校門にも人影はなかった。テレビ局の車ももう帰ったみたいだ。


 さっきよりも黒く厚い雨雲が空を覆って、電気のついてない校舎の中は薄闇に包まれていった。

 今にも降りだしそうな空模様を見ながら、俺はザワザワとした不安が背中を這い上がってくるのを感じた。


(こっこんなに遅いなんて、やっぱり変だよな…?)


 少しの間だから大丈夫だろうって思ってたのに、全然戻ってこない春に焦りが募っていく。

 あと少し待ってみよう、あと少し待ってみようって思ってる内に時間はどんどん過ぎていって、俺は自分の優柔不断さを後悔し始めていた。


 学校も終わり際で、俺も気が抜けてたのかもしれない。

 少しの間だからって油断して、春を一人で行かせてしまった。

 イオリくんからも言われてたのに、春から目を離すなって。


(もしかしたらまたヤツユビに、拐われたんじゃ…)


 ヤツユビの好物は美形な子供で、また前みたいに春を先にキープしておこうって思って襲っても不思議じゃないんだ。

 おっ俺のバカ! 何で付いてかなかったんだよ!


「っ、俺ちょっと見てくるよ!」

「あっ待てよ孝太!」


 居ても立ってもいられなくて、俺は靴を脱ぎ捨てると校舎の中へ。

 上履きも履かずにバタバタと廊下を走ると、一段飛ばしで階段を駆け上がる。

 3階、階段を上がってすぐの5年1組の教室に飛び込んだ。


「春っ、居るか!?」


 ドアをガラッと開けながら声をかける。

 でも中はシン…と静かで人気はなくて、念のため春の席と教室の後ろにある荷物置きの棚を見たけど春の折りたたみ傘は見当たらなかった。

 傘がないってことは、春は教室に来たってことだよな…?


「いったい、どこに行ったんだよ…」


 教室を出て、左右の廊下を見る。

 当たり前だけど誰も居なくって、どんどんと不安が大きくなっていく。


 ダメ元で同じ階にある教室を一通り見てみようって思って、まだ誰か残ってたら春を見たか聞けるかもしれないって思って、俺は廊下を駆け出そうとした。

 けど、その直前…


――パシッ

「わっ!?」


 突然後ろから誰かに手を掴まれて、グンッと引き留められた。

 ビックリして振り返れば、最初に目に入ったのは赤茶色の長い髪。

 そして前髪の間から覗く、黒目がちな目。

 それは昨日の朝ぶりに会う、4組の転校生ヤマトの姿だった。


「なっ何だ、ヤマトか。びっくりした」


 ホッとした俺は手を掴まれたままヤマトと向き合う。

 ヤマトは黒目がちな目を大きく見開いて、まるで信じられない物を見るような目で俺を見ていた。


「コータ、何で居るんだ…? みんなもう、帰ったのに…」

「ヤマトの方こそ、まだ残ってたんだ?」


 静かで薄暗い廊下。

 窓の外じゃゴロゴロと雷の音がさっきよりも近づいてきてるのが聞こえた。

 そんな中他の人に…それも友達に会えたことに安心して、肩の力が抜ける。

 けどヤマトの方はなぜか緊張したようにグッと顔を強張らせると、俺の手を引っ張って歩き始めた。


「コータ、ここに居ちゃダメだ。早く、出ないと」

「え? ちょ、ちょっと待ってヤマト」


 思いの外強い力にとっとっとっとたたらを踏む。

 けど俺は何とか身体のバランスを戻すと、反対にヤマトを引き留めた。


「友達が忘れ物を取りに行ったっきり戻ってこなくて、探してるとこなんだ。春っていうんだけど、ヤマト見なかった?」

「友、達…?」


 振り返ったヤマトは少し考えるように目を伏せると、「誰も見てない」って言ってふるふると首を横に振った。

 それに少しだけガッカリしつつ、ヤマトの様子をうかがう。

 春のことはもちろん現在進行形で心配だったけど、俺はずっとヤマトのことも気にかかってて…


「あのさ、ヤマト。その、今日…大丈夫だったか?」

「…?」


 何のことを聞かれてるのか分からなかったみたいで、ヤマトは不思議そうに小首を傾げた。

 あれ、先生から何も聞かれなかったのかな…?

 罪悪感のある俺は片手で後頭部をかきながら、それでも正直に昨日ヤマトが居ない時に起こった出来事を話し始めた。


「昨日、ヤマトと会ったあと星形のキーホルダー拾ってさ。俺てっきりそれをヤマトの物だと思って、放課後に4組まで届けに行ったんだ。そしたら何か変なことになって…」


 先生には誤解だって説明したけど、塚地達は不満そうにしてた。

 今日は朝から飼育小屋の事件があってみんなそっちに大騒ぎしてたけど、4組の教室じゃ何が話題に上がってたか俺は知らない。

 だからキーホルダーのことで、塚地達に何か嫌味を言われなかったかずっと心配してて…


「ごめん、俺のせいでヤマトに変な疑いが…」

「…おれが盗った」

「え?」


 ポツリ、と。

 廊下に零された呟きは、水面に広がる波紋みたいに静かに響いた。

 ハッキリと聞こえたのに、俺は自分が聞き間違えたって思ってヤマトに聞き返した。


「ごめん、今何て?」

「…星の、キーホルダー。おれが盗ったって、言った」


 長い前髪の奥から、真っ黒な目が俺を射抜いた。

 ヤマトは少し引っ込み思案な性格をしてるけど意外と表情豊かで、はにかんだり微笑んだり優しい表情を見せることが多かった。

 でも今は俺がどんな反応をするのか観察するみたいに、無表情でジッと俺を見つめてきてて…


「コータは、いやか…? 盗っ人とは、友達になれないか…?」

「ヤマト…?」


 無表情なのに、どこか切羽詰まったような声のトーンに戸惑いを覚える。

 俺はヤマトを落ち着けるように手をギュッと握り返しながら、念押しで確認した。


「…ホントに、ヤマトが盗ったの?」


 コクン、と小さく頷かれる。

 そっか…と吐息混じりに呟いた俺は、ヤマトの顔をそっと覗きこんだ。


「何か、理由があったのか?」

「……」


 無言でうつむくヤマトに、俺は考える。

 昨日俺は塚地達の前で必死に否定した、ヤマトがそんなことするはずないって。

 そんなふうに信じてた友達から盗みをしてたって告白されたら、普通はショックだったり怒ったり、裏切られたって悲しんだりするのかもしれない。

 実際俺も今すごくビックリしてる、けど…


「ヤマト、俺ヤマトのこと好きだよ」

「!」


 パッと顔を上げたヤマトに、俺はニッと笑いかけた。

 友達が何か悪いことをして、その1つの悪いことだけで悪者だって決めつけて友達を止めるのは簡単なことだと思う。


 けど俺は、ヤマトのことが好きだから。

 最近出会ったばかりだけど、弟みたいに可愛いって思ってるから。

 理由があるなら聞きたいって思うし、やり直せるなら、まだ取り返しがつくなら、傍に居て支えてあげたいって思うのが本当の友達だって思うから。


「だから何か事情があるなら話してくれないかな、俺でよけりゃ相談乗るからさ。で、そのあとはあの美樹って子に謝りに行こう。俺も一緒に付いてくからさ」


 黒目がちな瞳が微かに揺れる。

 ヤマトの無表情が崩れて、辛そうな、悲しそうな、寂しそうな表情が浮かんだ。

 そうしてキュッと唇を咬んだヤマトが何か言おうと、口を開こうとした時だった。


「おーい、孝太ー」

「あ、雄大」


 遅れて階段を上がってきた雄大が、俺達の前に現れた。

 雄大の方に顔を向けた俺は、その時ヤマトの肩が怯えたようにビクッと跳ねたのを見逃してしまった。


「春居たか?」

「や、それが見当たらなくてさ」


 春のことを忘れた訳じゃなかったしすぐに探しに行きたかったけど、ヤマトをこのまま放っておくことはできなかった。

 俺は一旦空気を変えようって思って、ヤマトと手を繋いだままもう片方の手で雄大を指差した。


「そうだヤマト、紹介するよ。コイツ、俺の幼なじみの雄大。雄大、こっちは4組に来た転校生のヤマト」

「…はあ?」


 ヤマトを紹介した俺に、なぜか雄大はすっとんきょうな声を上げた。

 そんな雄大の反応を不思議に思うと同時に、反対側にクンッと手が引っ張られた。


「コータ、手…離して」

「ヤマト、どうしたんだ?」


 繋いだ手を引いて、後ずさりしようとするヤマトに首を傾げる。

 人見知りだから初めて会った雄大のことが怖いのかもしれないって思って、俺は安心させるように明るく声をかけた。


「大丈夫だってヤマト、確かに少しがさつな性格してるけどいい奴だからさ。ヤマトともすぐ友達に…」

「おい孝太、お前さっきから何言ってんだよ。からかってんのか?」

「? からかってるって、何が?」


 雄大の方に顔を向ければ、なぜか眉を寄せて怪訝そうに俺を見ていた。

 きょとんとする俺と目を合わせた雄大は少し戸惑ったような顔をすると、突然変なことを言い出した。


「…転校生って、孝太が友達になったって言ってた奴のことだよな? どこに居んだよ?」

「はあ? どこってここに居るじゃん、目の前に」

「目の前って…」


 ヤマトの方を見た雄大は俺に目線を戻すと、はっきりと言ったんだ。




「居ねぇじゃん、誰も」




 ……え?

 雄大が何を言い出したのか分からなくて、一瞬固まる。

 けどすぐに言われた内容を理解して、今度は俺の方が戸惑った。


「ゆっ雄大の方こそ、何言ってんだよ。居るだろ、ここに」

「止めろよ孝太、全然オモシロくねぇって。それとも脅かそうとしてんのかよ? そんなんで俺が怖がるわけねぇだろ」


 不機嫌そうに腕を組む雄大。

 雄大とは幼稚園からの幼なじみで、その性格もよく知ってる。雄大がウソついたらすぐ分かるくらいに。

 だから雄大がふざけてるわけじゃないって、本当のことを言ってるんだってすぐに分かった。


 雄大にはヤマトが、見えてない…?

 なっ何で、だってヤマトはちゃんとここに…。


「ヤマ、ト…?」


 ゆっくりとヤマトを振り返る。

 細い手足、赤茶色の髪の毛、少し汚れた服。

 最初に出会った時と変わらない、ヤマトの姿がそこにあった。

 俺を見つめる、きれいな黒目がちな目。

 それが潤んで、くしゃっと泣きそうな顔が現れた。

 と、次の瞬間――…


――ドッシャーン!!!

「わっ!?」


 窓の外がピカッ!と光って、雷の落ちる大きな音が響き渡った。

 ビックリして思わず目を瞑った俺が次に目を開けた時には、ヤマトの姿は忽然と消えてしまっていたんだ…。


「ビビったー。すっげぇ、めちゃくちゃ近くに落ちたな今の」


 雄大の驚く声を背中に聞きながら、俺は誰も居なくなった廊下を呆然と見つめた。

 雷が落ちる直前、最後にヤマトが言い残した言葉が耳に残っていた。


『ごめん、コータ。ごめん、なさい…』


 ヤマトと繋いでた手をそっと開く。

 そこにはなぜか、1個のドングリの実が残されていた…。





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