油断大敵雨あられ
「何それ何それ何それ!? こここの学校に人間に化けたヤツユビがいるかもしれないってこと!? そんな話聞いてないよ!」
「だから今言っただろうが」
「なっ何で今までそんな大事なこと黙ってたのさ!?」
「そうやってお前が騒ぐって目に見えて分かってたからだ、いいから落ち着け」
トイレの個室で大絶叫。
誰も来なくて本当によかったってあとで思ったけど、この時の俺はそれどころじゃなかった。
おっ落ち着けって言われても…!
そんな重大な話聞かされてパニックになるなって方が無理あるよ…!
「昔雲竜と戦ったヤツユビが、それまで退治されずにこれた理由がその狡猾さにある。アイツは自ら人に化けることで人を欺き、殺し、生き血を啜ってきた。更に糸を使って人を操り、手駒として使い、悪事を繰り返してきたんだ」
イオリくんによると、雲竜さんのノートには過去ヤツユビが起こした事件の調査結果も書き記されてたらしい。
その内一つに、こんなことがあった。
とある土地を治める領主の美しい一人娘に目をつけたヤツユビは、逞しい若武者に化けて娘さんを虜にし、油断したところを殺して血を啜った。
それだけに留まらずヤツユビは殺した娘さんに化けて成り代わり、更には領主を糸で操って領民に自分達の子供を屋敷に召し上げるよう命令を下したらしい。
そうして屋敷の奥深くで、年端もいかない子供達の生き血を啜って殺していった。
周りがおかしいと気づいた時には後の祭り。
領民が一揆して屋敷に詰め寄せた時にはヤツユビはまんまと逃げておおせたあとで、屋敷の奥にはミイラ状態の子供の死体が山のように残されてたって話だった。
なっ何その極悪非道エピソード、めちゃくちゃ怖すぎるんだけど…!
「ま、人間に化けるにも経験とコツがいる。生まれたばかりのヤツユビにそこまでの芸当はまだできねぇだろうが、いちおう頭に入れておけってだけの話だ」
「だけの話…って」
軽い調子で話すイオリくんに呆気に取られると同時に、少しだけ肩の力が抜ける。
でも、そっか、確かに。
今のは雲竜さんが戦った親のヤツユビの話で、子供のヤツユビがしたことじゃない。
生まれたばかりのヤツユビ相手に、そこまで怯える必要はないの…かな?
(…ん? あれ?)
その時また何か引っ掛かって、首を傾げた。
何だろ、何か見逃してる気が…。
モヤモヤとした違和感が胸を襲う。
けどその正体を確かめる前に、イオリくんが話を先に進めてしまった。
「仮に蜘蛛から人に変化できたとしても、力をつけなきゃ他の人間に見えないのは変わらない。だがお前みたいに見えるやつを騙して近づくには打ってつけだろ」
「騙して、近づく…」
蜘蛛の姿だったら見てすぐに分かるけど、人に化けられたら…。
そこでようやくイオリくんがヤツユビの新情報を教えてくれた理由が分かって納得。たっ確かに知っておいた方がよかったかも、万が一に備えてさ。
悪趣味な骸骨蜘蛛の姿も嫌だけど、人間に化けられたら更に厄介だ。
ならやっぱり、ヤツユビがこれ以上力をつける前に倒さなきゃ…!
「ヤツユビのやつも大勢の前でお前を襲うようなバカはしねぇだろうが、油断はするな。あと念のためお前の美形なダチからも目を離さねぇこった、分かったな」
「らじゃ!」
思わず敬礼のポーズを取る。
それまで黙って俺達のやり取りを聞いていたみーちゃんとひーくんが俺の真似をして、小さな手でびしっ!と敬礼をしたのが可愛くて少し癒された。
**
職員会議のあと体育館で全校集会が開かれて、飼育小屋の件が伝えられた。
警察にも通報して、警官が裏庭だけじゃなく学校内を見回って確認したけど怪しい人は隠れてなかったから安心するようにって話だった。
この件に関して何か話したいことがあったら担任の先生や、保健室のカウンセラーの先生に相談するようにって校長先生がみんなに勧めてた。
家にも学校からメールで連絡が回って、特に低学年の子は親に迎えに来てもらう子が多いみたいだった。
「帰宅したら学校に連絡するよう親御さんに伝えてあるから、寄り道せず真っ直ぐ家に帰るようになー。習い事や塾に直行する子は、何時頃家に帰るか先生に教えてくれー。あとでこっちから確認の連絡入れるからなー」
5時間目の授業が終わって、帰りの会に突入。
先生から色々と注意事項が伝えられる中、ひとまず何事もなく学校が終わりそうでホッと息をついた。
全校集会が終わった頃にはもう給食の時間になってたから、今日はほとんど授業らしい授業ってのはなかったんだけど、何かどっと疲れた。
だってどこにヤツユビが居るか分からないからさー、ずっと気張ってたんだもん。
(イオリくん達、ヤツユビ見つけられたかな…?)
悪さをしたあと身を隠すっていう心理は人間もあやかしも大して変わらないっていうのは、イオリくんの談。
だからイオリくんはヤツユビが好みそうな、暗くて湿った場所を探すって言ってた。
俺も早く合流して手伝わなきゃって思いつつ、ふと違うことに意識が逸れる。
ヤツユビの他にもう1つ、俺にはすごく気がかりなことがあって…
(ヤマトのやつ、大丈夫だったかなぁ…?)
そう、昨日のキーホルダーの一件がどうなったかずっと気になっていて俺を悩ませていた。
ヤマトの様子を見に行こうって思ってたけどヤツユビのことでバタバタしてて、あと春が心配で傍を離れられなくて4組に行く余裕もなかったし…。
ヤマト、大丈夫だったかな…? 塚地達に、いじめられなかったかな…?
今日の飼育小屋の事件がヤマトの噂を打ち消して、うやむやになってればいいなって思う俺は、少しズルいかな…。
「校門のとこにテレビ局のカメラが来てるらしいぜ、たなやんが見たって」
「飼育小屋のこと、もうニュースになってるんだね」
帰りの会が終わった放課後。
ランドセルを背負った雄大と春が話すのを聞きながら、俺は窓の外を見た。
校門から出ていく生徒や迎えに来た親の中に、雄大の言ってたテレビ局のカメラらしきものが見えた。
何かインタビューしてるっぽい。
いつもならテレビが来てるって聞いたら珍しくてちょっぴりソワソワしただろうけど、さすがにそんな気になれないや…。
「何か天気悪くなってきたなー…」
ふと空を見れば、いつもならまだ明るい時間帯なのに曇り空で薄暗かった。
遠くの方でゴロゴロと雷が鳴ってるのが聞こえる。
俺の呟きを聞いた春が、こてんと首を傾げた。
「天気予報じゃ、今日は午後から雨が降るかもって言ってたよ?」
「えっ、マジで? 俺、傘持ってきてないんだけど」
遅刻しそうで慌てて家を出たから、傘がいるって知らなかったや。途中で雨降ったらどうしよ。
「しょーがねぇな、雨が降ったら俺の傘に入れてってやるよ」
「お、ありがと雄大」
担任の先生から下校は家が同じ方向の友達と一緒に帰るか、親に迎えを頼むか、それ以外は集団下校のグループに入るようにって言われた。
俺は家が近所の雄大や春と一緒に帰ることに。
帰ったら破魔矢を持って、また戻ってこないとなー。
「…あれ?」
「ん、どうした春?」
下校する生徒で混み合う靴箱。
上履きからスニーカーに履き替えていれば、手さげバッグの中を探ってた春が困ったように眉を下げた。
「僕、教室に折りたたみ傘置いてきちゃったみたい。ごめん、取ってくるね」
「おう、俺と孝太はここで待ってんな」
「うん、すぐ戻るね」
「あ…」
雄大の言葉に頷いた春が、パタパタと校舎の中に戻っていく。
一瞬付いて行こうか迷って片手を上げて春を呼び止めようとしたけど、教室は2つの上の階で階段上がってすぐだからそんなに遠くはない。
忘れ物を取って戻ってくるなら5分もかからないし、まだ廊下や教室にも人目があるし。
(ほんの少しの間だし、大丈夫だよな…)
そう思ってそのまま春の後ろ姿を見送った。
そうやって俺は、油断してしまったんだ。
事態は俺が思うよりももっと深刻で、悪化してることにも気づかずに…。
ストックが無くなったので更新ペースが少し落ちます。
次回更新までどうぞしばしお待ちください。




