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丑三つ時の怪奇






 その夜、俺は得たいの知れない恐怖と不安でなかなか寝つけなかった。

 当たり前だよっ! だって家に正体不明の赤の他人がいるんだもんっ!

 あのあとも俺は必死になって母さんに言い続けた。

 イオリくんは俺の従兄なんかじゃないって、全然知らない人だって。

 でもなぜか冗談を言ってるって思われて、まったく取り合ってもらえなくて、そうこうしてる内に寝る時間になってしまった。


「ううー、また留守電だ。父さん、まだ仕事してんのかな…」


 母さんがダメなら父さんに相談しようと思って、でもまだスマホは買ってもらえてなかったから家の子機をこっそり自分の部屋に持ち込んだ。

 けど電話をかけても父さんには繋がらなくて、他に誰に相談すればいいかも分からなくて…。


 母さんがあまりにも自然にイオリくんを受け入れてるから、俺の方がおかしいのかなって悩んだ。

 けどいくら考えても母さんの親戚に俺の従兄なんて存在するはずなくて、ってなるとアイツは誰だって話になるわけで…。

 ううーん、いったい何がどうなってんだ?

 ううーん、ううーん。

 ううー…ん……。



――ギシッ…

「――…?」


 うんうん悩んでる内に、いつの間にか眠ってしまってたらしい。

 ふすま越しに廊下の床がきしむ音が聞こえて、俺はふと目を覚ました。


(…? 今、誰か部屋の前を通った…?)


 目をむにむにと擦って、上半身を起こす。

 時計を見れば深夜の2時を回ってて、母さんももうとっくに寝てる時間だ。

 気になった俺は布団から出ると恐る恐るふすまを開けた。


 そっと顔を出す。

 暗い中目を凝らして見れば、廊下の突き当り。ばあちゃんの部屋に入っていくアイツの…イオリくんの姿が見えた。

 こんな時間に、ばあちゃんの部屋に何の用だ…?

 まっまさかアイツ、ばあちゃんに何かするつもりじゃ…!?


「っ…」


 怖かった、めちゃくちゃ怖かった。

 けどばあちゃんを心配する気持ちの方が大きくて、俺は勇気を振り絞って部屋を抜け出した。


 何か武器になる物が欲しかったけどちょうどいい物が何もなくて、仕方なく持ち物の中で一番固いアルミ製の筆箱を手に取る。

 音を立てないように忍び足でばあちゃんの部屋の前に。

 少し開いたふすまの隙間から中を覗きこんだ。


(…居た、なっ何してるんだアイツ…?)


 部屋は完全に暗くはなくて、窓の障子越しに薄ぼんやりと月明かりが入っていた。

 介護ベッドでキヨばあちゃんが寝てる。

 アイツはそんなばあちゃんの、すぐ傍に立っていた。

 ばあちゃんの顔を覗きこむように上半身を屈めて、ブツブツと何かを呟いてるようだった。

 その時…


「うーん…、うーん…」


 キヨばあちゃんが、苦しそうにうめき声を上げるのが聞こえたんだ。

 ばっばあちゃんが苦しんでる…!

 まさかアイツ、ばあちゃんを殺そうとしてるんじゃ…!?


「っ、ばあちゃんから離れろ!」


 俺は意を決して部屋に飛び込んだ。

 俺の登場にイオリくんは何かしてたのをピタリとやめると、上半身を起こしてゆっくりとこっちを振り返った。


「…やあ孝太くん、こんな遅くまでまだ起きてたのかい? 悪い子だなぁ。夜中にそんなに騒ぐと佳世お母さんに怒られてしまうよ、早く部屋に戻って寝なさい」

「っ…!」


 イオリくんは夕飯の時に見たのと変わらず、好青年で爽やかな笑顔を浮かべてた。

 電気もついてない、月明かりだけが照らす薄暗い部屋の中で、平然と微笑む高校生。

 それが却って異様に見えて、黒い学ランがまるで死神の衣装のように思えて。

 俺は身体がすくみそうになるのを必死に堪えて筆箱を前につき出した。


「おっお前の方こそこんな夜中に何してんだ、悪者め! お前が俺の従兄なんてウソだ! 母さんはだませても俺はだまされないからな!」

「……」


 青ざめながらもキッとにらみつければ、優しい笑顔を浮かべていたイオリくんはスッと無表情になった。

 そして今度はニヤリとした、嫌な笑顔を浮かべたんだ。

 それは最初にツバキの木の傍で見たのと同じ、あの意地悪そうな顔だった。

 と、その時…!


「わっ!?」


 突然ビュオッ!と、窓も開いてない部屋に起こるはずのない風が吹いた。

 床の間の掛け軸が落ちて、花瓶やテレビが倒れて、棚の上に飾られてた人形なんかが吹き飛ばされた。

 強い向かい風にブワッ!と全身が包まれて、思わず目を閉じる。


(なっ何で急に風が!?)


 両腕を顔の前でクロスして、何が起こってるのか見ようと目を凝らす。

 けど目を開けた俺が見たのは、イオリくんの顔のドアップだった。

 息がかかるくらい近くにある顔に驚いて飛び退こうとしたけど、それより先にイオリくんにガッ!と首を掴まれてしまった。


「あぐっ!?」


 そのままダンッ!と壁に押し付けられる。

 イオリくんは片手で軽々と、俺の身体を自分の顔と同じ高さまで持ち上げた。

 カシャンと筆箱が床に落ちる。


「ハッ、ガキが。大人しく寝てればいいものを」

「…がっ! …あっ!」


 打ち付けられた後頭部が痛いって感じる間もなく、ギリギリと絞まる首にパニックになる。

 息ができない、何で、苦しい、痛い、怖い。

 恐怖と息苦しさで涙がにじむ。


 しっ死ぬ…! このままじゃ死んじゃう…!

 首を絞める手を必死にはがそうともがいたけど、イオリくんの手はビクともしなかった。


「だがちょうどいい、必要な分はお前からいただくことにしようか」


 いた、だく…?

 って、いったい何を…?

 息ができずクラクラと目がくらみ始めた中、イオリくんの瞳がまるで猫みたいに縦にキュッと細くなったのが見えたような気がした。

 口から覗いた舌は真っ赤で、歯は人間ではあり得ないくらい尖って見えた。



「――…俺が欲しいのは、お前の血だ」



 こ、殺され…る……。



 そこで俺の意識は、ブラックアウトした。





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