ゆびきりげんまん
今回も少し長めです。
それから転校生のヤマトとは、学校でちょくちょく話をするようになった。
ヤマトはいつも同じ、少し汚れた服で。いつも一人で居て。
だからなのか、いつも俺が一人の時に声をかけてくることが多かった。
「…コータ、おはよ」
「あ、ヤマトおはよう」
この日も、俺が朝の水やり当番でいつもより少し早く学校に来たところにヤマトはひょこっと現れた。
同じ当番の子は遅刻っぽい。クラスの花壇の前には俺とヤマトの二人っきりだった。
「早いな、ヤマトも何か当番?」
「…ううん、そうじゃないけど。今日はちょっと、早く目が覚めたから。…手伝う、よ」
「お、ありがとー」
ヤマトは引っ込み事案な性格だったけど優しくてよく気が利いて、何かと俺を手伝ってくれた。
二人で水やりをしたから早く終わって、じょうろを元の場所に戻す。
まだ朝のHRのチャイムまで時間があったから、俺達はすぐ近くにあった飼育小屋の前にしゃがみこんだ。
もひもひと鼻を動かしながら1匹のウサギがとっとこ俺達の前までやって来る。
「…可愛い、な」
「なー」
飼育小屋は網目のフェンスで囲まれてて手は入らないけど指は何本か入るから、フェンスの傍で丸くなった茶色のウサギを指2本ででうりうりと撫でた。
「何かコイツ、ヤマトに似てるな」
「え…?」
ウサギの黒くて丸い目を見て、隣のヤマトを見る。
赤茶の髪と黒目がちな目、少し引っ込み思案なところがウサギにそっくりだなって思った。
ヤマトは長い前髪の奥で目を丸くしたあと、少し恥ずかしそうに頬を赤くしてしまう。
「…おれ、こんなふわふわじゃないよ」
「そっかー? ヤマトの髪も結構触り心地いいと思うけどなー」
軽いスキンシップのつもりで、ウサギにするみたいにうりうりとヤマトの頭を撫でてみる。
ヤマトは特に嫌がることなく、また少し恥ずかしそうにしながらされるがままだった。
同じ5年生だけど何だか弟ができた気分。
ヤマト見てるとついつい構いたくなっちゃうんだよな。
それこそウサギ的可愛さがあるっていうか、うりうりしたくなる。
だから雄大や春、他の友達にもヤマトのことを紹介したかったけど俺が誘ってもヤマトは少し寂しそうな顔で「また今度」って断ってばかりだった。
(転校してすぐ塚地達に目をつけられて嫌な思いしたから、新しい友達作るのに臆病になってんのかもなー…)
何かきっかけがあれば、ヤマトも一歩勇気が踏み出せるかもしれないよな。うーん…。
あ、そうだ!
「なあヤマト。来週の遠足さ、俺達と一緒に弁当食べようぜ」
「遠足…?」
フェンスごしに人差し指で優しくウサギを撫でていたヤマトに、俺はそう言って切り出した。
黒目がちなクリクリしたウサギみたいな目が、不思議そうにぱちぱちと瞬く。
「あれ? 担任の先生から聞いてない? 来週、隣町にある大きな森林公園に5年生みんなで遠足に行くって」
校外学習ってやつで、学年ごとに遠足に行く場所は変わって、俺達5年生は森や湖なんかがある隣町の公園に行くことになっていた。
行き帰りはクラスごとに行動しなきゃいけないけど、お昼と自由時間は違うクラスでも仲良し同士で集まっていい時間だった。
明日にはもう6月に突入、遠足も来週に迫っていた。
「みんなで食べたらきっと美味しいからさ。あっ、それとももう誰かと食べる約束してる…?」
「…ううん、してない…けど」
ヤマトはどうしようか迷ってる様子で、もじもじと服の端をいじっていた。
このままじゃまた断られるって思った俺は、少し強引に誘わなきゃダメだって思ってズイッと身を乗り出した。
「なら俺達と食べよ、な? 約束、指きりげんまん」
「約、束?」
小指を差し出した俺に、ヤマトはまた目をぱちくり。
けど頬を赤くすると、また少し照れ臭そうにしながら俺と小指を結んでくれた。
「…ん、約束」
「へへっ、約束」
ヤマトは嬉しそうに指切りした手を胸に抱くと、「…じゃあ、またな」って言って校舎の中に戻っていった。
ヤマトの背中を見送った俺は自分も教室に戻ろうとした時、ふと飼育小屋の前に何かが落ちてるのに気がついた。
「あれ、さっきまでこんなの落ちてなかったよな…?」
落ちてたのはキラキラした星形のキーホルダーと、なぜか1個のドングリの実だった。
飼育小屋の近くにドングリの木なんかなくて少し不思議に思ったけど、それよりもとキーホルダーの方を拾う。
キーホルダーには鈴がついててチリンと小さく音を立てた。
このキーホルダー、もしかしてヤマトが落したのかな?
追いかけようかと思ったけどもうすぐチャイムも鳴るし、俺も教室に行かなきゃ遅刻扱いになっちゃう。
かといって次いつ会えるか分からないし、うーん…。
「…放課後、4組に行ってみようかな」
いつもヤマトが俺に会いに来てくれる。
だから今度は俺から、ヤマトに会いに行ってみようかなって思った。
「これ返すついでに、一緒に帰ろうって誘ってみよっと」
ヤマト動物好きみたいだし、オヤジさんの駄菓子屋に誘って子猫を一緒に見に行こう。
そんなふうに少しわくわくしながら拾ったキーホルダーをポケットにしまうと、俺は靴箱へと向かった。
この時俺は、ヤマトに纏わるあの嫌な噂をすっかり忘れてしまってたんだ…。
**
「雄大、春、早く早く!」
「待てよ孝太、そんな慌てんなって」
放課後、ランドセルを背負った俺は雄大と春を誘って一目散に4組の教室へと向かった。
せっかくの機会だからと思って、遠足前に雄大と春をヤマトに引き合わせようって考えたんだ。きっと二人もヤマトのこと気に入るはずだもん。
4組の前に着いて、キョロキョロと教室の中を見回す。
違うクラスの教室に入るのはダメっていう暗黙のルールみたいなものがあるから、中には入らずに前の扉のところからヤマトを探した。
けどなかなか見つからなくて、そんな中俺達に気づいた女子グループの1人が声をかけてきた。
「あれ、春くんじゃない。うちのクラスに何か用?」
「あ、坂井さん。あのね、転校生ってまだ居る?」
どうやら春とその子、坂井さんは知り合いみたい。
春の質問に坂井さんは不思議そうに首を傾げたけど、すぐにあっさりと教えてくれた。
「あの子ならチャイムが鳴ってすぐに帰っちゃったわよ、いつもそうなの」
「ええっ! マジで!?」
坂井さんの言葉にガックリ肩を落とす。
結構急いで来たつもりだったのに、ヤマトのやつもう帰っちゃったのか…。
一緒に帰れるかもって楽しみに来たのになぁ、やっぱり昼休みに来た方がよかったかなぁ。
俺は落胆のため息をつきながら、すぐに渡せるようにって思って教室を出てからずっと手に持ってたキーホルダーを見下ろした。
その時…
「それ、私の!」
「え…?」
坂井さんと一緒に居た女子が、驚いたように俺の手の中のキーホルダーを指差したんだ。
突然のことにその子とキーホルダーを交互に見て狼狽える俺の前で、坂井さんがその子に問いかけた。
「もしかして、美樹ちゃんが先週無くしたって言ってたキーホルダー?」
「うん、間違いないわ」
確信を持って頷く美樹って子が、なぜかキッと俺を睨んできた。
女子にそんなふうに見られるとかどうしたらいいか分からなくて、俺はますますたじろいだ。
そんな俺を見た春が今度は間に入ってくれた。
「でも孝くん、それ転校生のって言ってたよね?」
「…や、本人に確認したわけじゃないんだけどさ。今朝会ったあと、飼育小屋の前で拾ったんだ」
飼育小屋の前に落ちてたキーホルダー。
俺とヤマトが来る前に落ちてたならしゃがんだ時に気づいたはずだから、てっきり俺はヤマトが落としたんだって思ってたんだけど…
「美樹ちゃん、どこでキーホルダーを無くしたか覚えてる?」
「…教室の中よ、それに最近飼育小屋には行ってないわ」
坂井さんの質問に、美樹って子の勢いが少し弱まる。
そんな俺達のやり取りを後ろで見てた雄大が口を挟んだ。
「じゃあ違うキーホルダーなんじゃねぇの? 似たようなのと間違えてんだろ」
「ううん、絶対私の。返して!」
ずいっと手を出されて戸惑う。
そんなこと言われても、雄大の言う通り同じようなデザインの物なんていくらでもあるし。
キーホルダーを渡さない俺に、その子は焦れたように星のチャームを指差した。
「証拠ならあるわ、星の裏にわたしのイニシャルが入ってるはずよ。春休みの旅行先で買った時に、記念に彫ってもらったんだもの」
「イニシャル…?」
言われた通り星形ストラップの裏を見れば、そこには“M・M”の文字が刻まれていた。
ここにきて俺はヤマトの上の名前を聞いてなかったことに気がついた。
けどヤマトの苗字が何にせよ、どっちか一方は“Y”じゃなきゃおかしくて…。
「おい孝太、どうなってんだよ?」
「孝くん…?」
俺の表情を見て雄大と春はキーホルダーが転校生のじゃないって分かったようで、二人とも心配そうに声をかけてきた。
半ば呆然とする俺の手から美樹って子は奪うようにキーホルダーを取ると、大切そうにギュッと胸に抱いた。
「転校生が私のキーホルダー持ってたってこと? 信じられないっ、やっぱり噂通りあの子が犯人だったのね」
「っ!」
“犯人”っていうのが最近起きてる盗難事件の犯人って意味だって分かって、俺はとっさに言い返した。
「そんなわけない! 勝手に決めつけるなよ!」
「だっ、だってみんな言ってるもの」
俺の剣幕に、美樹って子が怯えた顔で涙目になる。
それを見て険しい顔をした坂井さんが、友達のその子を庇うように前に出た。
「東雲くんだって、転校生の物だって思ったからキーホルダーを届けに来たんでしょ? そう思うような状況で、これを見つけたってことよね?」
「そ、それは…」
坂井さんの言い分に口ごもる。
その時、厄介なやつが俺達の会話に入ってきた。
「おいお前ら、うちのクラスで何騒いでんだよ?」
「あ、塚地くん!」
ゲッと顔をしかめる俺の一方で、美樹って子がパッと顔を明るくして塚地に駆け寄った。そして俺が止める間もなく、塚地に事情を話してしまったんだ。
話を聞いた塚地が得意気に鼻を鳴らして、まだ教室に残ってるクラスメートに聞こえるように声を張り上げた。
「やっぱりな、俺の思った通りだ! 転校生のやつがみんなの物を盗んでた犯人だったんだ!」
「だから決めつけるなってば!」
俺が拾ったキーホルダーのせいで、まさかこんな展開になるなんて思ってもなくて。
単に俺が見落としてただけで、もっと前から飼育小屋の前に落ちてただけかもしれないのに。
だって、盗むとか。
あの優しいヤマトがそんなことするはずない。
なのに俺のせいでヤマトが犯人にされてしまうかもしれないって焦って、俺は必死に否定した。
「何でお前が転校生を庇うんだよ東雲、まさかお前も窃盗犯の仲間なのかよ」
「おい塚地、孝太に変な言いがかりつけてんじゃねぇよ」
「武内は関係ねぇだろ、引っ込んでろよ!」
今度は雄大と塚地がバチバチと睨み合う。
塚地の後ろに仲間の取り巻きが集まり出す。
険悪な空気が流れ始めたのを見て、温厚な性格の春が仲裁に入ろうとした。
「ねっねぇみんな落ち着こう、ね」
「オカマは黙ってろよ!」
ドンッ!と塚地に突き飛ばされた春を俺は慌てて受け止めた。
それにキレた雄大が塚地の胸ぐらを掴んで迫った。
「テメェ春に何しやがる! 謝れ!」
「はあ? 何で俺がオカマなんかに謝んなきゃなんねぇんだよ!」
むきになった塚地も雄大の胸ぐらを掴み返す。
たった1個のキーホルダーのせいで、今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうになったその時。
騒ぎを見てた他の生徒が先生を呼んだらしく、廊下の向こうから先生が駆けつけてきた。
「おい、武内に塚地! お前達何してるんだ、離れなさい!」
先生が間に入って二人を引き離す。
そうして何とか殴り合いの喧嘩にならずに済んだけど、これが原因で雄大と塚地の親が学校に呼び出される事態にまで発展してしまった。




