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存在しない存在


令和一発目の更新。

引き続きおキツネさまをよろしくです。







「って、イオリくんが調べてくれるんじゃなかったのさ!?」


 週末の土曜日、俺は自転車を漕いで同じ市内にあるキヨばあちゃんの家に来ていた。

 ばあちゃんの家は俺の通う小学校を挟んで、俺ん家のマンションとは正反対の場所にある。親戚はみんな他の県に住んでて、近くに住んでるのは俺達の家族だけだった。

 つい最近そのばあちゃんが死んで、家は俺の母さんが管理してるけど今は誰も住んでいない。無人の屋敷になっていた。


 そんなばあちゃん家の裏庭にある古い蔵の2階、秘密の部屋で。

 イオリくんやみーちゃんひーくんと一緒に、俺は雲竜さんの持ち物を漁っていた。


「ああん? 何だお前、自分のダチのことなのに全部ヒト任せにする気か。友達甲斐のねぇやつだな」

「そっそういうわけじゃないけど…!」


 ぶっちゃけ、てっきりイオリくんが一から十まで調べてくれるんだって思って甘えてた。

 確かに俺から頼んでおいて全部任せっぱなしってのは無責任な考えだったかもしれないけど、ちゃんと昨日いなり寿司3個買ってきてイオリくんに渡したのにっ。

 そんな報酬なんかなかったみたいに容赦なく俺をこき使うおキツネさまに、不満の1つも言いたくなるよ。


「つべこべ言ってねぇでそこの棚にあるノートを持ってこい、“退魔”や“封印”の字が表紙にある物から重点的にな」

「退魔や封印…って、それって雲竜さんが倒したあやかしの記録ってこと? オオヌマみたいな」


 雲竜さんっていうのは昔あやかし退治をしてた法力の強いお坊さんで、俺のご先祖さまだ。

 オオヌマをお山の岩に封じたのも雲竜さんで、この蔵の2階にある資料は全部雲竜さんの遺した物だった。


「雲竜が封じたのは何もオオヌマだけじゃない、現にあのお山には今も色んなやつが眠ってる」

「え!? そうなの!?」

「…相っ変わらずヒトの話を聞いてねぇガキだな。お前のその脳みそはいったい何なら覚えてられるんだ」


 そっそんな話、聞いたっけ…? 

 思い出そうとしたけど覚えてなくって、しらーっと呆れた目で見てくるイオリくんにえへへと笑って誤魔化す。


「じゃっじゃあ今回も、お山に封じられたあやかしが出てきたのかもしれないってこと?」

「可能性の1つだ。違ったとしてもこれだけ記録がありゃ、何かしら役に立つ情報の1つや2つ出てくるだろ」


 そう言うとポンッという音と共にイオリくんの真っ白な身体が煙に包まれた。

 そして瞬く間に、学ラン姿のイケメン男子高校生が姿を現した。


「わっ、その姿のイオリくん久々に見たや…」


 イオリくんが化けたのは、高校時代のタツオじいちゃんの姿だ。

 俺ん家のマンションに住み始めてからイオリくんはずっとおキツネさまの姿のままで、他の人に変化へんげすることは一度もなかった。

 つい数週間前のツバキの木の前での不思議な出来事が思い出されて、思わずイオリくんの顔をマジマジと見てしまう。

 ただ俺にとってイオリくんは最初からずっとこの・・顔だったから、特に違和感なんかは感じなかった。


「ノートを読むには人型の方が都合がいいからな」


 イオリくんは素っ気なくそう言うと、どかっと床にあぐらをかいて近くにあった雲竜さんのノートをパラパラと捲り始めた。

 まだ習ってない漢字が使われてたり流れるような達筆ばかりで、俺には難しくて読めないからイオリくんに読んでもらうしかなかった。


「ところでお前、糸以外に何か気づいたことはなかったのか? 匂いや音なんかで変わったことはなかったのか?」

「え? う、うーん。特に何も」

「チッ、使えねぇガキだな。右目左目、お前らは何か見なかったのか?」

「ごめんなさいイオリさま、わたしたちも糸以外見てないの」

「すまぬイオリさま、おれたちも糸ばかりに気を取られてしまったのだ」

「そうか、なら仕方ねぇな」

「ちょっ、俺の時と対応が違い過ぎないイオリくん!?」


 俺には舌打ちでみーちゃんとひーくんには仕方ないで済ませるイオリくんに抗議しながら、俺は言われた通りにノートを運び始めた。


 よいしょっと、ノートを持ちながら考える。

 おかしなこと、おかしなこと…か。

 うーん、やっぱり何度思い出しても糸以外に変なことなんてなかったよなー。

 ……あっ、そうだ。


「関係ないかもしれないけど、春が拐われそうになったあの近所で最近犬とか猫とかが刃物で傷つけられるって事件が起きてるんだって」

「…ほう?」


 それは駄菓子屋のオヤジさんから聞いた話。

 刃物で動物が傷つけられるって事件が起きてて、中には殺されてしまった子もいるらしい。

 誘拐とは直接の関わりはないけれど、人を操って悪さをするあやかしがいるならって思って一応イオリくんに話してみた。

 うーん、あとは…そうだなー。


「あっそうそう、最近うちの小学校でみんなの持ち物がよく失くなるんだよね。盗難事件かもって騒がれててさ、雄大なんか犯人探すぞ!って張り切っちゃってて…」

「それを聞かされて俺にどうしろってんだ、犬みてぇに匂い嗅いでガキの落とし物を探せってか。無駄口叩いてねぇで働けバカガキ」


 イ、イオリくんが変なことはないかって聞いたから話したんじゃん。

 まあ確かに、学校で落とし物が多くなったとかあやかしとは全く関係ないだろうけどさー。


 粗方ノートを運び終えた俺はイオリくんが読み終えるまですることがなくて、その間雲竜さんの部屋を探検することにした。

 イオリくんのキツネ火で2階にあるランタン全部に明かりが灯ってたから、暗くて先が見えないなんてこともなかった。

 ここに入るのはまだ2回目、先月初めて入った時以来だ。

 だからまだ物珍しくて思わずキョロキョロしてしまう。


「あ、雲竜さんの錫杖。ちゃんとここに戻ってたんだ」


 壁に立てかけてあったのは、俺の身長よりも大きい1本の錫杖だった。

 イオリくんが戻してくれたのかな?

 それとも不思議な力が働いて、自分で戻って来たのかな?

 錫杖の傍には破魔矢の入った筒も置かれていた。

 これを使ってオオヌマと戦ってからまだ1ヶ月ちょっとしか経ってないのに、何だか懐かしく感じてしまう。


「でもこれ、弓がないからもう使えないよな…」


 筒から破魔矢を1本取り出し、ポツリと独り言。

 オオヌマ退治の時に、矢の相方である破魔弓は真っ二つに折れて壊れてしまった。

 雲竜さんみたいな法力がない俺でも唯一使える武器だったのにとシュンとしていれば、肩の上のみーちゃんとひーくんが揃って首を横に振った。


「あら、そんなことないわコータ。確かに矢を射ることはできないけれど、刺すことはできるもの」

「ああ、使えないことはないぞコータ。確かに弓がない分威力は半減するが、矢にも魔をはらう力はあるからな」

「え、そうなんだ」


 刺すっていうと、手に持って前に突き出すって感じかな? それとも振りかざして上から突き刺すって感じかな?

 こうかな、それともこうかな?と、みーちゃんひーくんと矢の使い方についてあれこれ話していれば、こっちをチラッと見たイオリくんがフンッと鼻を鳴らした。


「そんな羽の方を持って使ったって、途中で折れるのがオチだ。持つなら矢尻寄りを、もっと短く持て」

「こ、こう?」

「ああ、つっても弓なしに使ったところで威力はたかが知れてるがな。まあないよりはマシだろ、持っとけ」

「えっ!」

「…えって何だ、えって」


 不思議そうに眉を寄せたイオリくんに俺はキョドキョドと目を泳がせたあと、おずおずと口を開いた。


「や、やっぱり俺が退治するの…?」

「…ハッ、何だ怖じ気づいたのか? ま、やりたくねぇってんなら放っておけばいいんじゃねぇのか? お前のダチがどうなってもいいってんなら、な」

「そっそういうわけじゃないけど…! イオリくんも手伝ってくれるんだよね? ね?」


 意地悪な顔でニヤニヤ笑うイオリくんに俺は必死にすがる。

 春を守りたいって気持ちはもちろんあるけど、相手がどんなあやかしか分からないのに、自信満々で「退治してやる!」なんて言えないよ。


 オオヌマの時は雲竜さんの錫杖やイオリくんの助けがあって、何とか倒せたけど。

 またあんなやつが相手だったらって思うと正直怖い、だって俺には何の力もないんだもん。

 怖じ気づく俺の一方でノートを読み漁っていたイオリくんはあるページをジッと見つめたあと、パンッとそのページを叩いた。


「大体の検討はついてたが、やっぱりコイツが1番有力か」

「なっ何か分かったの?」

「ああ、糸の主はおそらく“ヤツユビ”と呼ばれるあやかしだ」

「ヤツユビ…八指?」


 名前から、8本の指が糸を操ってマリオネットみたいに人間を動かすイメージが頭に浮かんだ。

 人間の指が両手合わせて10本だから、左右で1本ずつ少ない指を持つあやかしなのかな…?

 いったいどんなあやかしなのか聞こうとした時、イオリくんが何だか難しい顔をしてるのに気がついた。


「どうかしたのイオリくん?」

「…オオヌマと違ってコイツはお山に封じられちゃいない、というよりあのお山には居ないあやかしなんだよ」

「…? えっと、なら他の場所に封印されてたの?」

「違う、コイツは封じられちゃいない。退治されたんだ」


 一瞬、何がどう違うのか分からなくて首を傾げる。

 けどイオリくんの持ってたノートの表紙に“退魔”の字があったのを目にして、ようやく意味を理解した俺にイオリくんは畳みかけるように宣言した。


「――…コイツはとうの昔に雲竜に退治されたあやかし、つまりもうこの世には存在しないあやかしなんだよ」






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