2つの事件と美少年の受難
「あれ? なあオヤジさん、シロはいねぇの?」
雄大がキョロキョロと店の中を見回す。
シロっていうのは子猫の母猫で、この店の飼い猫のことだった。
名前の通りの白猫だけど、両耳と尻尾だけ薄茶色になってるのがチャームポイントの美人さん。
近所でも人気の看板にゃんこだ。
そういやシロいないなー、この時間はいつもレジ横の座布団の上で丸くなってんのに。
「ああ。実はシロのやつは今、入院してるんだ」
「「「え!?」」」
オヤジさんの告白に、俺達三人は目を見開いて驚いた。
にゅっ入院…!? って、何かの病気とか!? どこか身体の具合が悪いとか!?
「昨日腹から血を流して帰ってきてな。最初は近所の野良猫と喧嘩でもしたのかと思ってたんだが、獣医の話によるとどうやら鋭いナイフか何かで傷つけられたらしい」
「そっそれって人間がやったってこと!?」
「恐らくな」
ギョッと目を見開く俺にオヤジさんも険しい顔で頷いた。
ナイフで傷つけたって人がやったってこと…!? 動物虐待ってやつ…!?
ひっひどい、シロにそんなことするなんて…!
「おじさん、シロは大丈夫なんですか?」
「ああ、幸い傷は浅かったからな。明後日には退院できる」
眉を八の字にして心配する春に、オヤジさんはバサッと新聞を捲りながら笑みを浮かべた。
ただオヤジさんが言うには、最近この近所じゃ犬や猫が刃物で傷つけられるって事件が起きてるらしく中には殺された子もいるらしい。
ひどい、そんなひどいことするやつが居るなんて…。
「おかしなやつらが多い世の中だ、お前達も変な奴には気をつけろよ」
「「「…はーい」」」
暗い気持ちになった俺達三人とは反対に、子猫と二体のあやかしは箱の中で楽しそうにころころと転がっていた。
「事件って言えばよ、最近うちの学校でも起こってるよな」
駄菓子屋のすぐ近くにある公園。
鉄棒にぶら下がったり逆上がりしたりしながら遊んでた中、雄大が思い出したようにそんなことを言い出した。
「それって例の盗難事件のことか?」
雄大が言ったのは、最近うちの小学校で多発してる盗難のことだ。
俺と雄大の会話に、今度は春がこてんと首を傾げる。
「でも盗難って言っても、本当に盗まれたのか分からないんでしょ? ただ失くしただけなのかもしれないし」
「あー、確かにそうだよなー。最近多いなって思うけど、盗まれたって言っていいのかビミョーだもんなー」
春の疑問に俺もうんうんと頷く。
失くなった物は鉛筆や消ゴム、色ペンやキーホルダーなんかの小さな物。
みんながよく失くしそうな物ばかりで、盗まれたって証拠はどこにもない。
ただ学校で何か失くしたら大抵落とし物コーナーに届けられるんだけど、どれもまだ見つかってなくて。
最近そんなことが多くなって、先生達からも「落とし物には気をつけましょう」って注意があったけど、俺達生徒の間じゃ誰かが盗んだんじゃないかって噂が流れ始めていた。
「な、俺達で犯人捕まえようぜ!」
「捕まえるったって、どうやってだよ。そもそも犯人が居るかどうかも分からないのに」
「それは…こっこれから考えるんだよ!」
相変わらず雄大はアバウトだなー。
それから俺達は盗難事件についてあれこれ話し合ったけど、特にいい解決法は浮かばなかった。
カラスがカアカア鳴きながら、夕焼けに染まり始めた空を飛んでいく。
ぐるん!っと逆上がりして鉄棒の上で止まっていた雄大が、何かを思い出したように声を上げたのはその時だった。
「あっ、やべぇ! 母ちゃん今日パートで遅くなるから、洗濯物取りこんどけって言われてたんだった! 俺帰るな、また明日学校でなー!」
「おう、またな雄大」
「雄くん、ばいばい」
慌てて駆けていく雄大を見送ると、俺と春も帰ることに。
途中まで帰り道が一緒だから、二人並んで歩き始めた。
そんな中、いつもほわほわしてる春が何だか暗い顔をしてるのに気がついて俺は春の顔を覗きこんだ。
「どうした、春? 具合いでも悪いのか?」
「ううん…あのね、さっき駄菓子屋さんで危ない人の話聞いたでしょ? 僕、何だか最近誰かに見られてるような気がするんだ…」
きょろっと周りを見た春につられて俺も辺りを見回す。
けど道には誰も居なくて、夕日が俺達の長い影を写してるだけだった。
「誰かって、不審者ってこと? どんなやつ?」
「それが、姿を見たわけじゃないんだ。ただ時々視線を感じて…。僕の気のせいかもしれないけど、お母さんに言ったらコレ持っておきなさいって」
春がポケットから取り出した財布についてたのは、キーホルダータイプの防犯ブザーだった。
うちの学校でも男子女子関係なく、ランドセルの横のホルダーにつけてる子も多い。
特に春は美少年だから、春のお母さんも心配になったんだろうな。
別れ道になって、俺も春のことが心配で春の家のある方をチラッと見た。
「うちまで送ってこうか?」
「そこまでしなくても大丈夫だよ、女の子じゃないんだから」
春のサラサラした金茶色の髪が風に揺れる。
ふふっとおかしそうに笑った姿は正直クラスのどの女子よりも可愛いと思った。マジで。
けどそのことを前に一度ポロッと母さんに言ったら、呆れた目で見られて「間違っても春くんやクラスの女の子の前でそんなこと言っちゃダメよ、全員から無視されるわよ」って注意された。
分かってるよ、俺にだってデリカシーくらいあるし。
友達の春は笑って許してくれそうだけど、女子は集団になると怖いからなー。
「じゃあね孝くん、ばいばい」
「おう、また明日な」
春に手を振り返して、俺は自分ちのマンションへ。
歩きながら駄菓子屋で買ったお菓子の箱から小さくて丸いカラフルなチョコを二粒取って、俺は肩の上のひとつ目のあやかしふたりに差し出した。
「はいふたりとも、いい子にしてたご褒美にあげるね」
「ありがとうコータ、それにしてもユーダイもハルも素直で元気な子達だったわね」
「ありがとうコータ、しかしながらハルもユーダイも健康的で愛らしい子らだったな」
ハムスターみたいに頬を膨らませて美味しそうにチョコを頬張るみーちゃんとひーくんに、俺も笑みを浮かべながら舌の上にチョコを一粒。
その時だった。
正面からザアッと一筋の風が吹いて、俺の前髪を揺らしたのは。
ただそれだけのことなのに何だか変な感じがして、俺は思わず立ち止まった。
(…? 何か今、肌がザワッてした…?)
身体の毛が逆立つような、背中がフワッとするような、そわそわと落ち着かなくなる嫌な感じがしたんだ。
何気なく、本当に何気なく。
俺は、後ろを振り返った。
そしてすぐにザッと顔を青くすることになったんだ。
「――っ!? は、春っ!?」
「んー…! んんー…!」
道の奥。
サラリーマン風の男の人が、手で春の口を塞いでどこかに連れて行こうとしてるのが見えた。
「だっ誰かー! 誘拐です! 助けてください誰かー!!」
俺はとっさに大声を上げながら、春を抱き抱えて連れ去ろうとしてる男を追いかけた。
誘拐犯は人気のない横道に入って、俺の叫び声にも振り返らずにズンズンと進んでいく。
大人の歩幅と俺とじゃリーチに差があったけど、足の速さに自信があった俺は誘拐犯の男にすぐ追い付くことができた。
けど…
(って、どうやって止めたらいいんだよコレ!?)
大人と子供の圧倒的な体格差。
自分の倍以上の背丈がある大人をどうやって止めたらいいのか分からなくて、俺はたじろいだ。
けど、このままじゃ春が…! 春が…!
「はっ春を離せえええ!」
ものすごく怖かったけどこのまま春をどっかに連れていかれてしまう方がもっと怖くて、俺は無我夢中で誘拐犯の腕に飛びついた。
けどすぐにブンッと乱暴に振り払われて、ズササッと地面に倒されてしまう。
その拍子に春の口を塞いでた男の手が外れて、春がぷはっと息を吐いたのが見えた。
「いってぇ…!」
「こっ孝くん…!」
地面で手の平や足が擦れて、痛みが走る。
そんな俺を案じるように悲痛な声を上げた春は、男の手から逃れようと必死に身をよじった。
けど男はガッシリと春を抱き上げたまま、決して腕の力を緩めようとはしなかった。
「ひ、ひひ。おっ俺のもんだ、俺の…ひひひ」
サラリーマン風の男は何やらブツブツと呟きながら気味の悪い笑みを浮かべていた。
目の焦点が合ってなくて頬が痩けてて、まるでドラマや映画に登場するヤク中ってやつみたいに異様に見えた。
「だ、だ、誰にも邪魔させねぇぞ。ひひっ」
「ひぃっ!?」
そう言って腕の中の春に顔を寄せると、ベロォッと長い舌で春の頬を舐め上げた。
ゾワワッ!と。
それを見た俺が生理的な悪寒に襲われたのは当然のことだけど、当事者の春は顔を真っ青にして怯えてしまった。
「はっ春、ブザーだ! 防犯ブザー!」
俺の言葉にハッとした春は、震える手でポケットから垂れてる防犯ブザーの紐を何とか掴んだ。
けど恐怖で身体が固くなってしまっていて、紐を引っ張ろうにもなかなか上手くできない。
それを見た俺はまた変質者の男に飛びかかると、春の手の上からブザーの紐を握って一緒に思いっきり引っ張った。




